第53話:懐かしいメロディと、恐怖の『ラヂオ体操・シロップ』
はざま村の朝は、ソラが庭で『概念上書きスコップ』を振るう音で始まる。
ふと、ソラは手を止めて、自分の肩を回した。
「……少し、肩が重いですね。そういえば、昔どこかで……あるいは夢だったでしょうか。こういう時にみんなでやっていたことがあった気がします」
ソラの脳裏に、なぜか夏の朝の爽やかな空気と、首からカードを下げた子供たち、そしてスピーカーから流れるあの軽快なピアノのメロディが蘇る。
「そう、『ラヂオ体操』という名前だった気がします。あれをやると、不思議と体がシャキッとしたんですよね。……あ、そうだ。村の皆さんも最近、カザル遠征の準備や、ハクさんのメンテナンスで忙しそうですし……あのお手軽な健康を、皆さんに分けてあげましょう」
ソラは「ま、なんとかなるか」と微笑むと、さっそく台所へと向かった。
ソラはまず、ジハンキさんの前に立った。
「ジハンキさん、ただの炭酸水を一本。あ、10円ですね」
『……起動。ジハンキ、マスターノ健康増進ニ寄与シマス』
ガシャコン、と出てきたのは、一見ただのサイダーだ。だが、ソラがそれを受け取った瞬間、ボトルのラベルは神聖飲料へと書き換わった。
ソラは台所で鼻歌を歌いながら、庭の隅に生えていた『世界樹の若芽』をすり潰し、そこにハクさんが毎朝律儀に届けてくれる『神霊の雫』を混ぜ合わせる。
「仕上げに……あのピアノの旋律と、朝の爽やかな空気の感じを込めて……はい、完成です! 『特製:健康増進・シロップ』!」
完成した液体は、見た目こそ透き通った琥珀色だが、ビンの中からかすかに「ジャカジャカジャンジャン♪」という幻聴のようなリズムが漏れ出していた。
最初に犠牲(?)になったのは、いつものように胃薬を求めてログハウスを訪れたアレンだった。
「よう、ソラさん。……今日も胃が痛いんだ。最
近の村のインフレっぷりに、胃が『俺を殺してくれ』って言ってる気がしてさ」
「お疲れ様です、アレンさん。ちょうどいいところに。これ、昔どこかで聞いた健康法をヒントに作ったシロップなんです。炭酸で割ったので、どうぞ」
アレンは疑いもせず、差し出されたコップを一気に煽った。
「……ん? ……なんだこれ、すごく爽やか……あ、いや。なんだ、これ。全身の細胞が……勝手に、整列を始めてる……!?」
次の瞬間、アレンの体が跳ねるように直立した。
「お、おい! 体が勝手に……! 腕を前から上に上げて、背筋を伸ばす運動……っ!!」
アレンの意思とは無関係に、彼の腕がマッハの速度で頭上に振り上げられた。
「止まらねぇ! 二の腕の筋肉が『おはようございます!』って叫んでやがる! 誰か助けてくれ、俺、今から『腕を振って回す運動』に移行する気がする!!」
「あはは、アレンさん、キレッキレですね。やっぱり運動は大切ですよ」
ソラは満足げに、次なるターゲットを探しに出かけた。
広場では、ユウナと、温泉保安官のエリエルがお茶を飲んでいた。
「ユウナさん、エリエルさん。これ、新しく開発した健康ドリンクです。ぜひ」
「あ、ソラくん。ありがとう……って、ちょっと待ちなさい。その飲み物から、天界の軍歌みたいな圧が……」
ユウナが警告を発する前に、エリエルが「あら、美味しそう」と口をつけてしまった。
「……っ!? ……ふぁ……っ!?」
エリエルの6枚の輝く翼が、一斉にピンと伸びた。
「……ソラさん、これ……これ、ダメなやつです……! 吸い込むたびに、大気中のマナが全部私の肺に……宇宙が私の肺の中に収束していく……っ!!」
「エリエル!? ちょっと、翼でバタバタしながら深呼吸しないで! 竜巻が起きてるわよ!」
ユウナが叫ぶが、彼女もまた、こぼれたシロップの香りを嗅いだだけで、体が勝手に『体を横に曲げる運動』を始めていた。
「(……私……女神なのに……女神のプライドが、このリズムに上書きされていく……! ま、いっか、もう……曲がっちゃえ!)」
そこに、三首の番犬ポチが駆け寄ってきた。
「ガウッ!!(ご主人、俺にもそれ、舐めさせてくれ!)」
「はい、ポチ。三首分、たっぷりありますよ」
ポチがシロップを舐めた瞬間、はざま村の地殻が悲鳴を上げた。
「ガウッ!!(熱いぜ! 俺の三つの首が、別々のリズムで『腕を振って回す運動』を始めたぞ!)」
「ウゥゥ(俺の鼻にご主人の神気が……! 筋肉が喜んでるんだ、最高だぜ!)」
「クゥン(俺たち、三倍健康だもん!)」
ポチの三つの巨大な首が、物理法則を無視した軌道で回転を始める。発生した超重力場が、村の景色をグニャリと歪ませた。
すると、どこからともなくジハンキさんが透過して現れ、スピーカーから爆音であのメロディを流し始めた。
『……起動。ジハンキ、伴奏モード。……マスター、皆サンノ心拍数、正常範囲ヲ突破。……全宇宙、健康体ヘ移行中デス』
「…ニャア。(……我の尻尾も、このリズムに合わせて振れば……なかなか、悪くないな)」
膝の上で丸まっていたクロさんまでもが、しなやかに『体をねじる運動』に加わっていた。
一時間後。
シロップの効果が落ち着いた頃、村の面々は広場で大の字になっていた。
「……死ぬかと思った……」
アレンが、鋼鉄のように硬くなった腹筋をさすりながら呟く。
「ガウッ!(いい運動になったぜ、ご主人! 俺、今なら魔王の首も一発でねじ切れそうだ!)」
ポチがツヤツヤの毛並みを揺らしながら、満足げに尻尾を振る。
「私も……翼の羽が全部、新しい神力で生え変わっちゃったわ……」
エリエルが、より一層輝きを増した6枚の翼をパタパタと動かす。
「ソラさん。これ、天界に持って帰ったら、全天使が朝から晩まで強制体操させられることになりますよ。……報告書には『極めて危険な劇物』って書いておきますね(10円で買い占めながら)」
「そうですか。喜んでもらえて何よりです」
ソラは、新しい帽子を被り直し、カザル遠征用の台車を確認した。
「皆さん、体が軽くなったところで、出発しましょうか。隣町まで、このリズムを刻みながら歩けば、すぐですよ」
「「「それは絶対に嫌だ!!!」」」
村中に、元気いっぱいの拒絶の声が響き渡った。
ソラは不思議そうに首を傾げ、「ま、いっか」と呟くと、健康そのものの足取りで台車を引き始めた。
はざま村の朝は、今日も(強制的に)健やかに明けていく。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




