第50話:はざま村・全次元合同大運動会 〜全宇宙がフォークダンスを踊る日〜
はざま村の朝は、いつも通りだった。
ポチが、庭に迷い込んだドラゴンの尻尾を甘噛みして遊び、池ではピピさんが、その手のひらサイズの青い体をくねらせて、周囲の水を聖水へと昇華させている。
そんな光景を縁側で眺めていたソラは、ふと、隣で胃薬を飲んでいる勇者アレンに声をかけた。
「アレンさん。最近、皆さん家事や掃除ばかりで、ちょっと体がなまってませんか? たまには親睦を深めるために、運動会でもしませんか?」
その一言が、宇宙の因果律が悲鳴を上げる合図だった。
アレンは持っていた10円の胃薬を喉に詰まらせかけ、裏庭で雑巾がけをしていたチッチさんは、持っていたミニホウキをバキリと折り、空を見上げた。
「……嫌な予感しかしねぇ。このメンバーで運動会なんて、世界が何個あっても足りないだろ!」
アレンのツッコミもむなしく、ソラは「ちょっとそこ、片付けておきますね」と、村の裏手に広がる険しい岩山を指差した。
ソラが右手(万象創造の右手)を軽く振るい、「平らになーれ」と念じた瞬間。
轟音と共に、ヒマラヤ級の連峰が一瞬にして原子レベルで平らな更地へと変貌した。
その広さ、東京ドーム約100個分。ソラにとっては「ちょっとした空き地」だが、常識からすれば、それは新たな大陸の誕生に等しかった。
「賞品はどうしましょうか。あ、ジハンキさん。何かいいものあります?」
ソラが傍らのジハンキさんに問いかけると、ジハンキさんは重厚な駆動音と共に答えた。
『……了解シマシタ。……特別隠シメニュー、起動。……【伝説の神雫】ヲ、優勝賞品トシテ生成シマス。……ナオ、一口飲メバ、過去・現在・未来の全疲労ガ消滅シ、魂ガ虹色ニ輝キマス』
その瞬間、会場に集まっていた面々の目が変わった。
元魔王、元冥界王、聖女、元女帝、元古龍、元水龍……かつて世界を統べ、あるいは滅ぼそうとした強者たちの闘争本能が、ソラの「イチゴオレ」という名の餌によって、再点火されたのである。
アレンは、ソラから渡された「10円の笛」を震える手で握りしめ、即席の実況席に座った。
「……は、始めます。第一回、はざま村……合同大運動会、開幕です……(神様、どうか世界を壊さないでください……)」
「最初の種目は100メートル走です! ……位置について、よーい、ピッ!」
笛の音が響いた瞬間、スタートラインから音が消えた。
あまりの加速に、大気が悲鳴を上げる間もなく真空状態となり、直後に凄まじい衝撃波が会場を襲った。
一走者は、チッチさん、クロさん、ピピさん、アカさん。
チッチさんは、自らの魔力で巨大化させたハムスター車に飛び乗り、車輪の回転で時空を物理的に削り取りながら爆進する。
「チチチッ!(我こそは覇道の掃除係! ゴールまでの塵一つ、我が車輪で粉砕してくれるわ!)」
対するクロさんは、走ることすら拒否した。
「……ニャア。(……影はどこにでも繋がっておるわ)」
一歩踏み出した瞬間、クロさんの体は地面の影に沈み、次のコンマ一秒後にはゴール地点のわずか数ミリ手前に再構築される。もはや移動ではなく、空間の転送である。
しかし、それを猛追するのは、小さな二匹の影だ。
ピピさんは、その小刻みな尾ひれの動きからは想像もつかない聖なる水圧を噴射し、光の矢となって空を切り裂く。
そしてアカさんは、四肢で大地を力強く蹴り、全身から一兆度の蒼炎を噴き出しながら、純粋な推進力だけで因果律を突破しようとしていた。
「……判定不能! 判定不能です!!」
実況のアレンが絶叫する。
「ゴール地点が各員の放出する魔力摩擦で熱核融合を起こし、消滅しました! というか、100メートル走なのに、彼ら今、惑星を一周して戻ってきませんでしたか!?」
土煙……もとい、次元の残滓が晴れた跡には、焦土と化したゴールラインで「チチチ」と威嚇するハムスターと、優雅に毛繕いをする黒猫、そして涼しい顔で尻尾を揺らすトカゲと魚の姿があった。
ソラは一人、タイマー(自作)を見つめて首を傾げた。
「あ、電池が切れちゃいました。みんな速すぎて見えなかったなぁ。……ま、いっか! 全員一等賞です!」
「(……適当すぎるだろ!!)」
「次は玉入れです。あ、玉は僕が昨日の夜、作業小屋で作っておきました」
ソラが籠から取り出したのは、赤と白の可愛らしい玉。……しかし、その一つ一つから放たれる質量感は異常だった。
ソラは『世界樹の種』を芯にし、それに『虚空の魔石』を練り込んだ。結果として、一個の玉が小惑星一つ分に相当する重力値を秘めている。
「これを、あそこに立っているエリュシオンさんの籠に入れてくださいね」
籠を担当するのは、エリュシオン。現在は加湿器モードとして村に潤いを与えている彼だが、今は巨大な次元の袋を背負った神々しい姿で中心に立っていた。
「……さあ、私という聖域に、その魂(玉)を投げ入れるが良い……。全宇宙の質量を、この私が受け止めてみせよう……」
対戦するのは、エルナとベアトリクス。
「ソラ様への愛の重さ、この玉に込めますわ!」
エルナが放つ玉は、神聖魔力を帯びて黄金の軌跡を描き、エリュシオンの次元ポケットへ吸い込まれる。そのたびに、空間がミシミシと音を立てて歪む。
「ふん、重さなら私の方が上ですわ! 絶望の回転を受けてみなさい!」
ベアトリクスの玉が、空間を捻じ曲げながらブラックホールのようにカゴに突っ込む。
「(……おい、待て!! カゴが……エリュシオンの次元容量が限界だ!)」
アレンが空を見上げると、溢れ出した余剰魔力が大気を神格化させ、雲が七色に輝き、空には2重3重どころか、100本近い虹が重なって架かっていた。
「エリュシオンさんが白目を剥いてるぞ! 聖域の中に、銀河が三つ分くらい収まるエネルギーが凝縮されてるじゃないか!」
ポコポコッ! と、審判席のぬか床さんが泡を吹く。
『……ポコポコッ!(……あぁ……眩しい……。我のぬか床が、玉入れの神気で極限まで精製され、もはや薬を通り越して不老不死の霊薬になってしまう……!)』
結局、カゴが「これ以上は宇宙が入りません」と物理限界を告げて終了。ソラは「あー、たくさん入りましたね! 綺麗だなぁ」と虹を見上げて拍手を送った。
すべての種目が終わり、点数はなぜか「全員同点」となった。
「最後はみんなで踊りましょう。運動会といえば、やっぱりこれですよね」
ソラが作業小屋から取り出してきたのは、見たこともない黄金の蓄音機だった。
ソラが針を落とすと、そこから流れてきたのは、既存の音楽理論を嘲笑うかのような、宇宙の鼓動そのものを奏でる旋律だった。
聴く者すべての心から争いの文字が消え、魂が強制的にデフラグ(最適化)されていく。
「あ、アレンさんも。ハクさんも一緒に!」
隣町から様子を見に来ていたハクさんも、ソラの呼びかけに「……マスターノ、仰セノママニ」と答え、巨大な脚をリズムに合わせて揺らし始めた。
中心にソラが立ち、その周りでチッチさん、クロさん、エルナ、ベアトリクス、アカさんとピピさんはソラの肩に乗り、鎧を脱ぎ捨てた勇者が、全員で手を繋ぎ、輪を作った。
その瞬間——。
はざま村を中心に、半径数万光年を覆い尽くす【超・平和結界:マイッカ・ワルツ】が発動した。
その強大すぎる癒やしの波動は、地殻を突き抜け、次元の壁を溶かし、天界の最奥にある『大いなる光(最高意思決定機関)』へと直撃した。
『……報告します……。……報告……。……大運動会のフィナーレにより……全宇宙の争いの意思が、ソラという男のステップに合わせて、強制的に『ま、いっか』に変換されました……』
天界の通信士が、腰を抜かしながら最高神に告げた。
『現在、戦場では剣を捨てた騎士とオーガが手を取り合い、地獄の亡者も、厳格なる天使も、全員がフォークダンスを踊り始めています……。……我々も、抗えません……!』
最高神は、玉座に座りながらも、無意識に足がリズムを刻んでいるのを止められなかった。
「……ま、いっか。このメロディ、案外悪くないではないか。……さあ、大天使たちよ、輪になれ! 宇宙が踊っているのだ、我らだけ座っているわけにはいくまい!」
天界、魔界、人間界。全次元の住人が、ソラの鼻歌に合わせて強制的にフォークダンスを踊らされるという、史上最も平和で、最も凄まじい暴力が完成した瞬間だった。
夕暮れ時。
空は、運動会の名残である100本の虹が薄く溶け込み、言葉では表現できないほど美しい紫金色に染まっていた。
「いやぁ、楽しかったですね! はい、みんなでお礼にこれを分け合いましょう」
ソラがジハンキさんの前に立つと、取り出し口から、人数分の黄金に輝くビンが吐き出された。
それが賞品、『伝説の神雫』である。
カパッ、と蓋を開けた瞬間、中から溢れ出したのは、銀河を凝縮したような芳醇な甘い香り。
一口飲んだ瞬間、全員の意識が白く染まった。
「……ポポポ(……ふん。……運動の後のこれは、悪くない。我が五千年の歴史の中で、最も甘美な瞬間だ)」
アカさんが、しみじみと呟く。
「ピピピッ(……お尻も、心も、細胞の一つ一つまで洗われるようですわ。……ま、いっか。私、もう竜宮城には帰りませんわ)」
ピピさんも、体をぷるぷると震わせ、幸せそうに目を細めた。
アレンは、実況で枯れた喉をイチゴオレで潤しながら、もはやツッコミを入れる気力すら失っていた。
「(……ま、いっか。……世界がフォークダンスを踊ってようが、天界がパニックになってようが、この一杯があれば……なんとかなる気がしてきたわ)」
隣では、ソラが作業小屋で新調したばかりの新しい麦わら帽子を被っていた。
帽子には、先ほどのフォークダンス中に空から降ってきた『大いなる光の羽(最高神の羽)』が、ソラの手によってちょうどいい飾りとして適当に差し込まれている。
「……あ、アレンさん。……今日って、何か特別な吉日なんですかね? ジハンキさんが、おまけで10円返してくれたんですよ。ほら、実質タダになっちゃいました」
「……ああ。……それはきっと、この世界の精霊や神様たちが、ソラさんの『お疲れ様』って気持ちに応えてくれたんですよ、きっと」
アレンの言葉に、ソラは「そうですか、それは嬉しいですね」と、曇りのない笑顔で応えた。
はざま村の大運動会は、宇宙の因果律を完膚なきまでに捻じ曲げ、全員の笑顔(と全次元の強制ダンス)と共に、穏やかに幕を閉じた。
「さて、明日は何をしましょうか。……あ、そうだ。新しい帽子の被り心地を試すために、ちょっと隣町まで台車で遊びに行きませんか?」
「……移動が遊びのレベルを超えてるんだよなぁ。……ま、いっか!」
アレンの笑い声と共に、はざま村の夜は、宇宙で最も深い安らぎに包まれていった。
50話、読んでいただき
ありがとうございます!
気づけば、はざま村も
随分と賑やかになりました。
最初はソラ一人だったのに、
今では天界が運動会で踊らされています(笑)
書いている僕自身も、
毎回どうなるんだろうと
思いながら書いています。
ソラの「ま、いっか」に
救われている人が、
一人でも増えたら嬉しいです。
これからも、
はざま村の平和(?)を
見守っていただけると幸いです。
ま、いっか!で、
引き続きよろしくお願いします。




