第43話:世界を統べる精霊王、はざま村の加湿器になる話
その日、世界中の魔術師や賢者たちは、かつてない恐怖に震えていた。
「……消えた。世界から『精霊』たちが消えていくぞ!」
「火の精霊も、水の精霊も、みんな北の方角へ向かったまま戻ってこない! このままでは世界の魔力バランスが崩壊し、異常気象で滅びてしまう!」
混迷を極める世界。その元凶は、やはりあの場所に集約されていた。
神域と魔界の境界、今や世界最高の神気が漂う聖域——はざま村である。
「……嘆かわしい。我が愛しき精霊たちが、あのような辺境の地に拉致されるとは。……よかろう。この私が直接出向き、人間共に王の怒りを教えてやろうではないか」
天界よりもさらに高次元、精霊界の玉座から一人の男が立ち上がった。
銀色に輝く長い髪、透き通るような四枚の羽、そして見た者すべてが溜息をつくような絶世の美貌。彼こそが、全精霊の頂点に立つ主——精霊王エリュシオンである。
彼は一歩踏み出すだけで、周囲に百合の花を咲き乱れさせ、その吐息は甘い香風となって世界を癒やす。
「待っておれ、我が愛しき民よ。今、王が救い出してやる……!」
精霊王は、かつてない怒りと共に、時空を裂いて「はざま村」へと降臨した。
ドォォォォォン!!
はざま村の空が割れ、七色の光が降り注ぐ。村の住民たちが何事かと集まってくる中、光の柱の中から、圧倒的なカリスマを放つエリュシオンが姿を現した。
「……愚かな人間よ。そして、我が加護を捨てて堕落した精霊たちよ。……この地の主はどこだ。我を怒らせた報い、その身をもって——」
「わぁ、すごい! イルミネーションみたいですね!」
エリュシオンの威圧的な口上を遮ったのは、麦わら帽子を被り、手にお手製のジョーロを持った青年、ソラだった。
「あ、こんにちは。もしかして、うちの庭に集まってる光る虫さんたちの親戚の方ですか? ちょうど良かったです。最近、みんな村の居心地が良いって言って帰ってくれないんですよ。定員オーバーで困ってたんです」
エリュシオンは、絶句した。
「(……光る、虫……? この私が、最高位の精霊たちを虫扱いするこの男に、今、話しかけられたのか……?)」
「……貴様、何者だ。私の前で平然と立っていられるはずが——」
エリュシオンが『王の威圧』を全開にした。本来なら、その場にいる生物はすべて平伏し、魂を抜き取られるほどのプレッシャーだ。
だが、ソラの『不磨の聖体』と『世界からの寵愛』は、その神気を『心地よいそよ風』として処理した。
「おぉ、涼しいですねぇ。ちょうど農作業で汗をかいていたので助かります。あ、そうだ。アレンさん、ユウナさん! お客さんですよ。綺麗な人だけど、なんだか少し乾燥してませんか? お肌に元気がなさそうです」
「(……違うよ、ソラさん。その人、肌に元気がないんじゃなくて、全身が『魔力の塊』なんだよ……!)」
アレン(勇者)が胃を押さえながら心の中で叫ぶ。その横では、居候の女神ユウナが呆れた顔で麦茶を飲んでいた。
「あー、精霊王ね。懐かしいわ。……でもエリュシオン、あんたも運が悪かったわね。この村の主は、あんたの魔力なんて霧吹き程度にしか思ってないわよ?」
「……ユ、ユウナ様!? なぜ貴女様がこのような……いや、それよりも! この無礼な人間に、精霊界の掟を——」
エリュシオンが右手を掲げ、世界を再構築するほどの最高位魔術を放とうとした、その瞬間だった。
「あ、そうだ。ちょうど乾燥対策を考えてたんです」
ソラが『万象創造』の力を無意識に指先に込め、精霊王が放出しようとした膨大な魔力に、ひょいと手を触れた。
「えいっ。……最近、村の野菜たちももっと細かい霧が欲しいって言ってた気がするんですよね。……ハクさん、ちょっと手伝ってください!」
(シュンッ!!)
カザルのハクさんが、ソラの呼びかけに即座に反応した。村にある「超時空通信ポスト」とギルドの「ハクさんモデル自販機」が同期し、ぬか床のリモート呪い(浄化済みエネルギー)がハクさんのハイクオリティな変質回路を通じて、村の空気に干渉した。
『……マスターノ、御要望。……精霊王ノ魔力ヲ、粒子レベルデナノミストニ変換シマス。……美容成分、追加』
「な、なな、なんだこれは!? 我が誇り高き魔力が……細かく砕かれて、湿気に!? 湿気に変わっていくぞぉぉぉ!!」
エリュシオンが放つはずだった終末の雷は、ソラとハクさんの共同作業により、『飲む美容液レベルの超微細加湿ミスト』へと書き換えられてしまった。
「わぁ、しっとりしますね! エリュシオンさん、あなた才能ありますよ! まるで動く加湿器だ!」
「……動く、加湿器……。私が……全精霊を統べる、この私が……?」
エリュシオンは、自分の銀髪が湿気で少しフワフワになり、肌がかつてないほどプルプルに潤っていくのを感じて、膝から崩れ落ちた。
「まあまあ、そんなに落ち込まないで。遠くからわざわざ来てくれたんですから、これ、使ってください」
ソラが作業小屋で余った世界樹の端材と天衣無縫の端切れを使い、数秒で小さな箱を作り上げた。
「これ、虫さんたちのために作った『シェアハウス(高級鳥箱風)』です。中にはジハンキさんから仕入れた『炭酸ソーダ(霊泉酒)』が飲み放題のミニバーも付いてます。エリュシオンさんも、親分ならここに泊まっていけばいいじゃないですか。ま、いっかですね!」
エリュシオンは、怒りに震えながらその鳥箱を睨みつけた
。
(……ふざけるな! 我がこのような、木っ端で作った——)
だが、その瞬間。
精霊王の解析眼(王の勘)が、その箱の異常性に気づいてしまった。
「(……待て。なんだこの箱は。……中に入っているクッション、これは天衣無縫ではないか。……しかも、世界樹の香りが、精霊の魂を根源から浄化している。……さらに、このミニバー……。……これ、精霊界の最奥にある聖域よりも、数万倍居心地が良いぞ……?)」
エリュシオンの背後にいた精霊たちが、我先にと鳥箱に飛び込んでいく。
「ピピピッ!(王様、ここ最高ですよ!)」
「チチッ!(もう精霊界には帰りたくありませーん!)」
「……お、おい、お前たち! 誇りはないのか! ……あ、あぁ、だが……確かに、このクッションの弾力は……抗いがたい……。……少しだけ、視察のために、入ってみるだけだぞ……」
精霊王は、モデルのような足取りで鳥箱に足を踏み入れ……。
その一秒後、あまりの快適さに全身の力が抜け、鳥箱の窓からとろけた顔を覗かせた。
夕暮れ時。
はざま村の広場には、ソラが作った精霊シェアハウスの周りで、楽しそうに酒盛り(霊泉ソーダ)をする精霊たちと、その中心でふかふかの枕に顔を埋めるエリュシオンの姿があった。
「ニャア(……フン。また一人、この男の魔性に当てられた愚か者が増えたか。……まあ、お陰で我の毛並みも潤っておるがな)」
クロさんが、エリュシオンの膝の上に乗りながら、優雅にアクビをする。
「ポポポ!(……おい、加湿器王。我の鱗が乾いてきたぞ。もっと右の方にミストを飛ばせ)」
アカさんが、イケメン精霊王を完全に家電製品扱いして命令を下す。
「……あぁ、もう、いい。……ま、いっか。……世界の魔力バランスなど、この村の湿度に比べれば些末な問題だ……」
エリュシオンは、すっかり残念なイケメンとしての才能を開花させ、村の『美肌・保湿担当(加湿器係)』として居座ることを決意したのだった。
「よかったですね、エリュシオンさん。明日からは、エルナさんの洗濯物のふんわり仕上げも手伝ってくださいね。ま、なんとかなりますよね!」
「……あぁ。……マスターの仰せのままに……。……精霊王のプライド……? ああ、あそこの10円自販機に下取りしてもらったよ……」
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




