第42話:生きてるギルドの名付け親と、ハクさんの超進化
隣町カザルにある規格外生物ギルドの朝は、かつてない熱気に包まれていた。
以前、ソラが更地になってしまったから鶏小屋を直すような手つきで爆速再建したこの白亜の巨塔。
今やこの建物は、ただのギルドではない。
『座るだけで腰痛が治る椅子』、『自分に最適な依頼を差し出してくる掲示板』、『不届き者を自動で射出する窓』……そんな噂が大陸中に広まり、世界中の冒険者が一度は行ってみたい聖地として押し寄せていたのだ。
だが、今日の混雑はさらに一段階上のレベルに達していた。
なぜなら、はざま村に『中央駅』が完成したことで、ギルドのロビーの一角に『超時空台車ソラ号・カザル停留所』という、時空を無視した交通インフラが接続されてしまったからだ。
「……これよ。ソラさんが村に駅を作ったせいで、このギルドが世界の中心になっちゃったのよ!」
ギルド職員の受付嬢・ミーナは、窓の外を埋め尽くす冒険者の列を見て、遠い目をしていた。
そこへ、ガコンッ! という軽快な音とともに、赤い郵便ポストの横にソラ号(台車)が滑り込んできた。
「わぁ、今日も賑やかですね! 皆さん、お疲れ様です!」
麦わら帽子を直し、ニコニコと降りてきたのはソラだ。その肩にはチッチさんが乗り、足元にはクロさんが優雅に歩いている。
「あ、ソラさん! ちょうどいいところに! あの、ギルドの建物がさっきから変な音を出して……まるで寂しがってるみたいに震えてるんです!」
ミーナの訴えに、ソラは全知全能の解析眼で白亜の壁を優しく見つめた。
「あぁ、なるほど。……そういえば、この建物さんに、まだ名前を付けてあげてませんでしたね。魂はあるのに、呼び名がないのは可哀想だ」
ソラは、かつて自分が魔除け成分を基礎に打ち込んだギルドのメイン大黒柱にそっと手を触れた。
「えーっと、白くて綺麗だし、雨宿りをするようにみんなを温かく守ってくれるから……。『白雨の守り人』……。うん、『ハクさん』って呼びましょうか! 短くて呼びやすいですし。ね、ハクさん?」
その瞬間。
ギルド全体が、これまでの比ではないほど激しく、黄金色の神々しい光を放った。
『……個体名:ハク。……真名ノ登録、完了。……マスターヨリ「存在意義」ヲ授与サレマシタ。……これより、完全自律型・超弩級拠点トシテ、全力デ皆様ヲオモテナシ(物理)シマス』
「(……ヒィィッ! 名前を付けた瞬間に、建物が神話級の守護神に完全覚醒しやがった!!)」
アレンの眼には、ギルドの耐久値が測定不能(無限)に書き換えられる光景が映っていた。
名前をもらって歓喜に震えるハクさんは、即座にソラへの忠誠を形にし始めた。
「わっ、床が動いてる!?」
行列に並んでいた冒険者たちが驚愕する。ハクさんの床が、まるで動く歩道のようにスルスルとスライドを開始し、それぞれの実力に見合った窓口へと、冒険者たちを自動で運んでいく。
さらに、天井からはソラが仕込んだリラックス効果の代わりに、ハクさん自らが生成した『超微細・神気乳酸菌ミスト』が噴霧された。
「……おおぉ……。なんだこの霧は。……古龍に焼かれてボロボロだった俺の全身鎧が、まるで鍛冶神が打ち直したかのように輝き出したぞ!」
「見てくれ! 掲示板から、今日の運勢とおすすめの晩御飯まで書かれた依頼票が飛んできた! しかも、この紙……食べると極上のカツ丼の味がするぞ!?」
「……依頼票を食べるなよ! ……それ、ハクさんが世界樹の繊維で焼いた食べられる書類……効率化の方向性がおかしいんだよ!」
アレンが絶叫する中、ハクさんの意志は止まらない。
『……現在、ロビーノ室温ヲ、ソラ様ガ一番好ム「春のひだまり」ニ固定。……皆様ノ肩コリヲ、床カラノ微弱振動デ解消シマス』
もはやここは冒険者ギルドではない。
ソラの「ま、いっか」の波動に、ハクさんの過保護な忠誠心が合体した、世界一豪華な超次元スパ施設へと進化してしまったのだ。
しかし、これほど豪華になれば、当然不届き者も現れる。
「ひっく……なんだこのギルドは! 俺様はランクAの冒険者だぞ! こんなガキの玩具みたいな台車に乗れるか!」
酒臭い大男が、列を無視してロビーに乱入し、ハクさんの純白の壁にペッと唾を吐き捨てた。
その瞬間——。
ギルド内のBGM(小鳥のさえずり)がピタリと止まり、重苦しい静寂が訪れた。
『……マスターガ、ワザワザ掃除ニ来テクレタ壁デス。……ソレヲ汚ス不届キ者ハ、不衛生極マリナイゴミト認定シマス』
壁から、石で作られた巨大な腕がニョキニョキと生え、男をゴミ箱に捨てるような手つきで鷲掴みにした。
「な、なんだ!? 離せ! このバケモノ建物が!」
『……危険物及ビ有害物質ノ持チ込ミ禁止。……オ外デ、永遠ニ反省シテキナサイ』
ドシュゥゥゥゥン!!
ハクさんの窓が自動で開き、男はまるで電磁砲のような速度で町の外へと射出された。空の彼方で「ま、いっかー!」という叫び声が響き、男は遥か彼方の未開の地へと消えていった。
その様子を、はざま村の自宅でかき混ぜられながら見ていた存在がいた。
『ポコポコッ!?(……ちょ、ちょっと待て! 今、我の呪いの出力が勝手に上がっていなかったか!?)』
樽の中から、ぬか床(元邪神)が驚愕の声を上げる。
ギルドの基礎に同期されたぬか床さんの魔除け成分(呪い)。それは今も、はざま村の本体とリンクしていた。
『(……くっ、我が村から飛ばしている「世界を腐敗させる負の波動」が……あのハクとかいう建物に届いた瞬間、すべて最高級のホスピタリティと超強力な警備用魔力に変換されておる! 我が呪えば呪うほど、あのギルドのサービスが向上していくではないか!!)』
どうやら、ソラに魂を吹き込まれたハクさんにとって、遠隔地から届く邪神の呪いは最高のワイヤレス給電でしかないようだった。
一方、そんな苦悩を知らないソラは、ハクさんの柱をポンと叩いた。
「あはは、ハクさん、今日もやる気満々ですね。ぬか床さんも、遠くから応援してくれてるみたいですよ」
「(……いや、あれ絶対に応援じゃなくて攻撃してるからな! 全部ハクさんが栄養にしてるだけで!)」
アレンが遠い目をする中、ソラが万象創造の力を込めて柱を触ると、壁の隙間から『至高の霊泉(強炭酸レモンVer.)』が湧き出した。
『……水分補給、完了。……馬力、向上。……本日ノ追加サービス、ロビーニ「全自動膝枕マシーン」ヲ設置。……並ビニ、10円自販機ノ商品ヲ、全品神格化シマス』
「さあ、ハクさんも元気になったみたいですし、帰りましょうか! ……あ、ハクさん、たまにはゆっくり休んでくださいね」
ソラが台車に乗り込むと、ハクさんの建物全体が「ザザッ」と地響きを立てて、深々とお辞儀をするように少しだけ前傾した。
『……マスター、マタノ御来店ヲ、ハク、心ヨリ、オ待チシテオリマス。……次ハ、建物全体ヲ飛空艇ニスル準備ヲ進メテオキマス』
「(……さらっと怖いこと言ったぞ今!!)」
夕焼けの中、爆速で走り去る台車を見送りながら、カザルの町の住人たちは確信した。
この『白雨の守り人』がある限り、この町は世界一安全で、そして世界一常識が通用しない場所であり続けるだろう、と。
「さあ、帰りましょう! 今日の夕飯は、ぬか床さんの美味しいお漬物ですよ。ま、いっか!」
はざま村へと帰る一行の影は、どこまでも長く、そして非常識に伸びていた。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




