第37話:村に『郵便局』という名のハブができる話
はざま村の入り口、ジハンキさんのすぐ隣に設置された、ソラお手製の『超時空通信ポスト』。
修行中のエルナへの連絡用として作られたはずのこの赤い箱が、今、とんでもない光景を作り出していた。
「……ガウッ!? ガウガウッ!(おい、ご主人! 昨日の夜から、この箱がずっと『火を吹いてる』みたいに光ってるぜ!)」
ポチが三つの首を交互に動かし、ポストから絶え間なく吐き出される光の塊に吠えかかっている。
「うわぁ、本当だ。……ポチ、火を吹いてるんじゃなくて、これ全部お手紙ですよ。帝国や隣町から、僕宛にたくさん届いてるみたいですね」
ソラがのんびりと麦わら帽子を直しながら見守る中、ポストの投函口からは、物理的な法則を無視した量の封筒や小包が、弾丸のような速度で溢れ出していた。
「(……ソラさん、のんびり言ってる場合じゃないって! これ、帝国のルシウス皇帝の親書から、ギルドのファンレターまで混ざってるぞ!? 一晩で万単位の郵便物が時空を超えて届くなんて、もはや通信の暴力だよ!)」
アレンは、溢れかえる手紙の山に埋もれそうになりながら、一通の封筒を拾い上げた。
そこには『至急!はざま村の美味しい特産品について』という、およそ国家の存亡とは無関係な皇帝の個人的な悩みが綴られていた。
あまりの郵便物の多さに、村の平和な景観が損なわれようとしたその時、隣のジハンキさんがけたたましい電子音を鳴らした。
『……警告。……郵便物ノ累積量ガ、村ノのどかさ指数ヲ、150%超過。……ソラ様ノ作業効率ヲ守ルタメ、本機ハ「臨時郵便局長」トシテ、全自動仕分けモードニ移行シマス』
「おぉ、ジハンキさん。手伝ってくれるんですか? 助かります!」
ジハンキさんのパネルが虹色に輝き、自販機の取り出し口から、無数の魔力の腕が伸びた。それはソラが建て直した規格外生物ギルド(白亜の巨塔)に備わっていた防犯用の腕、のさらに精密なバージョン。
『……スキャン開始。……「ソラ様ヘノ称賛」ハ保管箱Aヘ。……「技術提供ノ依頼」ハ即座ニ焼却。……「帝国カラノ貢ぎ物」ハ食用ト判定シ、冷蔵庫へ転送』
「……おい、ジハンキ! ギルドの重要書類を焼却判定にするな! あと、帝国の献上物を勝手におやつにするんじゃない!!」
アレンの突っ込みも虚しく、ジハンキさんは神速の事務処理を開始した。
時空を越えて届く光の塊を、空中でキャッチしては、瞬時にカテゴリー分けしていく。
その横では、チッチさんが、「(……チチチッ。この紙の質……。帝国も必死だな。ソラ殿の機嫌を損ねぬよう、最高級の羊皮紙を使っておる。……だが甘いな、この程度ではソラ殿の心は動かぬぞ)」と、落ちてきた手紙をホウキで掃き清めていた。
そこに、村を「絶対不可侵・神域指定区域」に認定したばかりの、バルガス総帥が、再び村を訪れた。彼は、村の入り口で繰り広げられている光の郵便ショーを見て、その場に棒立ちになった。
「……ま、待て。何だこれは。……我がギルドが誇る『超広域通信網』が、今朝から完全にダウンしていると思えば……。世界中の通信魔力が、全てこの村の『赤い箱』に吸い込まれているではないか!!」
バルガスは、ジハンキさんが仕分けしている封筒の一つを手に取った。
「……これは……聖天教会の教皇からの極秘電文!? なぜこんなものが、10円の自販機に仕分けされているんだ!?」
「あ、バルガスさん。こんにちは。ジハンキさんが郵便屋さんをやってくれてるんですよ。便利ですよね。ま、いっか!」
ソラがニコニコと笑い、バルガスに『ジハンキ特製・肩こりが治るお茶』を差し出した。
「……ソラ殿。……これは便利の範疇を越えている。……君の作ったこのポストは、今や世界中の情報を一手に引き受けるハブ(中心核)になってしまった。……これを止めないと、世界の既存の郵便システムが、一晩で倒産するぞ……!」
バルガスの叫びをよそに、池からピピさんが顔を出した。
「ピピピッ!(……ソラ様! 池の底にも、水没した遺跡から『神々の遺言状』が時空を越えて届いています! ついでにジハンキさんに仕分けしてもらいましょう!)」
「ポポポ!(……我も手伝おう。燃やすべき手紙は、我が鼻息一つで灰にしてくれるわ)」
アカさんが鼻から小さな火花を散らす。
結局、ジハンキさんの圧倒的な処理能力により、数万通の手紙は一時間足らずで整理された。
ソラはその中から、エルナが修行先から送ってくれた「良い洗濯板を手に入れました!はざま村に帰ります!」という手紙だけを大切に手に取った。
「みんな、いろいろ送ってくれて嬉しいんですけど、お返事書くのも大変ですね。……ジハンキさん、一斉にお返事出せますか?」
『……可能デス。……ソラ様ノ「みんな元気でね」トイウ思念ヲ増幅シ、全宛先へ幸福ノ波動トトモニ返信シマス。……切手代ハ、まとめて10円デス』
「あ、それでお願いします! ま、なんとかなるか!」
ジハンキさんがピカッと一際強く輝いた瞬間、空に舞っていた全ての郵便物の残滓が、虹色の光となって世界中へと散っていった。
その光を浴びた帝国の騎士たちは長年の腰痛が治り、手紙を出したギルド職員たちはなぜか宝くじに当たり、世界は一時的な多幸感に包まれたという。
「……アレン。もう、私は何も言わんぞ」
バルガスは、お茶を飲み干し、諦めたような顔で笑った。
「この村が世界の中心なら、ギルドの総本部もここに移転させたほうがいいかもしれん……。いや、10円でこれだけの事務処理をされるなら、私の仕事自体がもう不要だな……」
「(……総帥、しっかりしてくれ。あんたが壊れたら、誰が外の世界の常識を守るんだよ……)」
アレンが胃をさすりながら、空を飛ぶ虹色の返信を見上げる。
夕暮れ時、はざま村のポストは、再びのどかな佇まいに戻っていた。
「やっぱり、お手紙はいいですね。今度はぬか床さんにも、地下に直接届くように設定してあげましょうか」
「ポコポコ……ッ(……止めておけ! 我の寝床にそんな光る紙束を詰め込むな! ……だが、冥界のナスを注文するのには使えるかもしれぬな……)」
ソラののんびりした声と、ぬか床の不貞腐れた声が混ざり合い、はざま村の平和な一日は、今日も世界を少しだけバグらせながら過ぎていくのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




