第31話:天使たちの不法入浴と、平和を守るポチ
はざま村の朝は、天使の残骸の掃除から始まる。
ソラの自宅、世界樹のログハウスの庭一面には、純白に輝く柔らかな羽が、まるで新雪のように降り積もっていた。
普通の人間が見れば天界の加護が得られる聖遺物として一生拝み倒し、オークションに出せば小国一つが買えるほどの代物だが、この村の主、ソラにとっては少々厄介な「燃えるゴミ」に過ぎなかった。
「ふぅ。今日もまた、大きな鳥の羽がいっぱい落ちてるなぁ。……あ、チッチさん。そこ、縁側の下にも入り込んでますよ。放っておくと湿気でカビちゃいそうですね」
「チチチッ!( 分かっておる、ソラ殿! この我……衛生管理責任者ゼノン、この聖なる残骸を一つ残らず掃き清めてみせよう!)」
チッチさんは、自分より大きなミニホウキを器用に操り、猛烈な勢いで羽を掃き集めていく。
ソラの耳には「チチチッ」という愛くるしい鳴き声にしか聞こえていないが、隣で必死に雑巾を動かしている勇者アレンの『万能翻訳』には、魔王のドスの利いた本音がダイレクトに突き刺さっていた。
「(……ったく、あの羽根つき共め。我の清掃区域を汚しおって。次に現れたら、ただの掃除では済まさん。魔界の業火で焼き鳥にしてくれるわ……!)」
ゼノンの小さな瞳には、魔界の業火を彷彿とさせる鋭い光が宿っていた。だが、ソラがその背中を指で優しく撫でると、「チ、チチィ……(ふにゃっ)」と一瞬で骨抜きになってしまう。
「ははは、チッチさんは今日も働き者だなぁ…。ま、いっか!」
「……おいゼノン、お前も『ふにゃっ』じゃねえよ! 元魔王のプライドはどこ行ったんだ!」
アレンが容赦なく元魔王にツッコミを入れる。
「大体な、ソラさん。これ、ただの鳥の羽じゃないんだって。天界の偵察部隊が、この村のバグった神気に当てられて気絶して墜落した時に散った天使の羽根なんだよ。それを燃えるゴミとしてまとめさせて、こいつ(ゼノン)は不法投棄への制裁として業火で焼こうとしてる……! 常識がバグってるんだよぉ、ここはぁ!ていうかなんで天使=燃えるゴミなんだよぉ!!」」
アレンの必死の抗議も虚しく、ソラは「……?。でも、放置すると庭が真っ白になっちゃいますからね」とのんびり微笑むだけだった。
村の自慢は、以前掘り当てた総檜造りの露天風呂だ。
その湯気は、ソラが適当に掘削したせいで天界の秘宝『至高の霊泉』とダイレクトにリンクしてしまっており、その香りに誘われて、天界から不法入浴を試みる天使たちが後を絶たない。
「(ガルルルル……ッ!!)」
「ひ、ひぃぃぃっ! またあの三首犬よ! 逃げろ、噛み殺されるわぁぁ!」
ドォォォンッ!という、衝撃波を伴う咆哮。
空から温泉を狙って急降下した天使の一団が、番犬ポチの放つ冥界の威圧によって、木の葉のように彼方へと吹き飛ばされた。
ポチは三つの首を別々に動かし、「不審者は一歩も通さない!」という鉄の意志で温泉の入り口をガードしている。
「あ、ポチ。また大きなカラスを追い払ったのか。偉いぞ」
ソラがポチの真ん中の頭を撫でると、ポチは三つの口を同時に開けて、元気よく尻尾を振った。
「ガウッ! ガウガウッ!(当然だ、ご主人! あの泥棒カラスども、隙あらばお湯を盗もうとするからな! 俺が居る限り、一滴も触れさせないぜ!)」
「(……ソラさん、それカラスじゃない。さっきのは天界の『隠密入浴部隊』。あとポチ、お前が今しっぽ振っただけで、隣の山の地形が変わったぞ!?)」
アレンが必死に状況を説明するが、ソラは「あはは、ポチもやる気満々だね。でも、そんなに怖い顔しなくてもいいのに」とのんびりしたままだ。
「……ポポポッ。(……ポチ、今日の吠え方は一段と気合が入っていたな。我が沸かした湯の香りが、それほどあ奴らを狂わせるか)」
縁側で日向ぼっこしていたアカさんが、微かに鼻から煙を吐きながらポチの働きを称賛した。
その横では、ピピさんも「ピピピッ(水質は私が完璧に保っています)」と胸を張っている。
その時、空がパカッと割れ、これまで以上に強力な黄金の光が村を覆った。
「いい加減にしなさーい! 天界の宝を、人間や魔族が独占するなんて不届き千万!」
降臨したのは、天界の温泉保安官・大天使エリエル。
彼女は六枚の輝く翼を広げ、神聖な杖をこちらに突き出した。そのプレッシャーだけで、普通の人間なら魂が浄化されて消滅しかねない。
「ポチさん、そこをどきなさい! この温泉は天界が管理すべき『公共財』よ! 勝手な私物化は天界法違反、直ちに没収……あら? なんでこんなところに、魔王ゼノンの死の魔圧が……?」
エリエルの視線が、掃除中の小さなハムスターに注がれる。
「チチチッ。(フン……。羽根つきの小娘が。今の我はソラ殿の掃除係である。……これ以上騒いで我が清掃を妨害するなら、貴様の六枚羽を全てむしり、この村の堆肥にしてくれるぞ)」
「ガウゥゥ……ッ!(なんだと? 誰がどくって? 天界の偉いさんだか知らないが、ここはご主人の庭だ! 掟を守れない不審者は、俺がまとめて噛み砕いてやる!)」
チッチさんとポチの殺気が合わさり、村の空気が一気に凍りつく。
アレンは「ついに天界と魔界の最終戦争が始まる……!」と覚悟を決め、ジハンキさんの胃薬に手を伸ばした。
だが、そこに「はい、どうぞ」とソラが割って入った。
「あ、天使さん。入浴希望の方ですか? ちょうど掃除が終わって、一番風呂ですよ。……でも、勝手に入ろうとするとポチが怒っちゃうから、ちゃんと受付を通してくださいね」
「う、受付……?」
エリエルが呆然とする中、ソラは作業小屋の端材でこしらえた『看板』を指差した。
【はざまの湯・利用規約】
一、勝手に入らない(ポチが噛みます)
二、入浴料十円を払う(ジハンキさんの維持費です)
三、掃除の邪魔をしない(チッチさんが怒ります)
「じゅ、十円……? 天界の至宝に入る代価が、そんな、ゴミみたいな端金でいいっていうの……!? 正気なの!?」
「え? 十円もあれば、ジハンキさんで美味しい飲み物が一本買えますからね。十分ですよ。あ、アレンさん、天使さんも喉が渇いてるみたいだし、僕の奢りで一本どうですか?」
ソラは笑って、ジハンキさんで購入したキンキンに冷えた『神聖コーヒー牛乳』を、戦う気を失くしたエリエルに差し出した。
数分後。
そこには、十円(※天界の金貨一万枚分相当の硬貨)を支払い、正式に「お客さん」として総檜の湯船に浸かる大天使エリエルの姿があった。
「はぁぁぁ……極楽……。何これ、檜の香りと霊泉のエネルギーが混ざり合って、翼の疲れが根こそぎ消えていくわ……。天界の温泉より五億倍くらい質がいいじゃない……」
「(……ほらね、こうなると思ったよ。天使のプライド、十円で売っちゃったよこの人……)」
アレンが脱力しながら縁側に腰掛けていると、湯船の縁では、チッチさんが「(……フン、この場所は我の縄張りだ)」と言わんばかりに小さな手ぬぐいを頭に乗せてプカプカと浮かび、その横でポチが三つの鼻を鳴らして寝息を立てている。
「あはは、気に入ってくれたみたいで良かった。やっぱり、みんなで入るお風呂は楽しいなぁ。ま、いっか!」
ソラの無自覚な優しさが、種族の壁を溶かしていく。
天界の保安官、魔界の元王、そして冥界の番犬。規格外の面々が、十円という世界の理によって、奇妙な調和を保っていた。
「あ、ソラさん。あのエリエルさん、コーヒー牛乳がおいしすぎて、天界の辞表を書き始めてるんだけど……止めたほうが良くないか?」
「え? 仲間が増えるなら賑やかでいいじゃないですか。ま、なんとかなるでしょ!」
アレンは諦めて、ジハンキさんの胃薬(10円)を飲み干した。
はざま村には、今日も「ま、いっか」の鼻歌が響きわたり……
――そして天界の常識は、今日も10円で書き換えられたのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




