第21話:不磨の聖体と、微熱(?)の午後
はざま村ののどかな午後のことだった。
庭でポチの毛繕いをしていたソラは、ふと首筋に小さな違和感を覚えた。
「うーん。なんだか、今日は少し首のあたりがチクチクしますね。乾燥してるのかな」
ソラが首を傾げたその瞬間、彼の背後の空間が「パリン」とガラスのように割れた。
現れたのは、世界の理から外れた暗殺者、『終焉の執行者』。
彼は、神ですら一突きで塵に変える呪いの鎌『魂喰らい(ソウル・イーター)』を、無防備なソラの首筋に叩き込んだ。
ガキィィィィィィィンッ!!!
村中に響き渡る、硬質な衝突音。
しかし、折れたのは鎌の刃の方だった。
「……は?」
執行者が絶句する。彼の放った万物を即死させる呪いは、ソラの肌に触れた瞬間、パチパチという小さな音を立てて霧散した。
「あ、やっぱり。静電気ですね、これ。最近、空気が乾いてますから。ポチ、バチッときたらごめんなさいね」
「(……いや、ソラさん。今のは静電気じゃない! 概念を刈り取る死神の一撃だぞ!!)」
アレンが縁側からお茶を吹き出した。
執行者は混乱した。
「な、なぜだ!? 我が呪いは、因果を捻じ曲げて標的を消滅させるはず……! なぜこの男は、蚊に刺されたような顔をしているのだ!?」
彼は次々と、禁忌の魔法をソラに叩き込んだ。
数万人の命を吸い上げた『絶望の黒焔』、空間ごと肉体を捻り切る『次元裂断』。
だが、そのすべてがソラの体に触れた瞬間、心地よいそよ風や温かい日差し程度に変換されて吸い込まれていく。
これこそが、ソラの持つパッシブスキル『不磨の聖体』。
彼の肉体は普通の村人として完成されており、それを損なうあらゆる外部干渉は、宇宙の法則を書き換えてでもなかったことにされるのだ。
「うーん。なんだか、急に気温が上がりました? 暖房なんてついてないですよね…」
ソラは額の汗をぬぐう(実際には一滴もかいていないが、気分でぬぐった)。
「……ポポポッ。(おい、三つ首。あの黒装束の男、さっきからソラの背後で必死に踊ってるぞ)」
「……ガウッ。(邪魔だな。噛み殺していいか?)」
「……チチチッ。(放っておけ。ソラ殿の『聖体』を削ろうなど、針で大陸を穿とうとするようなものだ)」
チッチさんやアカさんたちが冷めた目で見守る中、執行者は最後の手段として、自らの命を捧げた究極の呪いを発動した。
「……ぐ、おぉぉ! 私の……魂を……代償に……呪えぇぇ!!」
執行者が光り輝く塵となって消えた直後、ソラは「はくしゅん!」と小さくくしゃみをした。
「……あれ。なんだか、急に体が重いような。これ、もしかして……風邪を引いちゃったかもしれません」
ソラはふらふらと家の中に入り、布団に横たわった。
エルナとプリシラが、青ざめて駆け寄ってくる。
「ソ、ソラ様!? 大丈夫ですか!? お顔が……全く赤くありませんが、熱は!?」
「氷を、今すぐ隣国の万年雪を持ってこさせますわ!!」
「大丈夫ですよ。ちょっと……鼻がムズムズするだけですから。ま、一晩寝ればなんとかなりますよ」
ソラが寝込んだその瞬間、村の周辺では異常事態が起きていた。
ソラが風邪のウイルスだと勘違いして排出した『不磨の聖体』の余剰エネルギーが、村の周囲に漏れ出し、枯れていた森が一瞬で大密林へと変貌し、怪我をしていた野生の魔物たちが全員完治して聖獣へと進化してしまったのだ。
「(……凄すぎる。風邪を引いた(フリをした)だけで、周囲の生態系を強制的にパラダイスに変えちまうのかよ……)」
アレンは、ソラの枕元で震えていた。
ソラの風邪とは、彼にとってのちょっとした不調に過ぎないが、世界にとっては再創造のエネルギーの暴走に等しかった。
翌朝、ソラはすっきりと目を覚ました。
「おはようございます! いやぁ、やっぱり睡眠は一番の薬ですね。すっかり治りました」
ソラが立ち上がると、彼の周囲に漂っていた風邪(究極の呪いの残滓)は、一晩で『不磨の聖体』に完全分解され、ただの澄んだ空気に浄化されていた。
「あ、見てください。庭の花が一段と綺麗に咲いてますよ。やっぱり、私の風邪がうつらなくて良かったです」
「(……逆だよ、ソラさん。あんたの風邪のおかげで、世界が一段階アップグレードされちまったんだよ……)」
アレンがいつものように胃を押さえる横で、ソラは元気に畑へと向かった。
死神が命を懸けて放った『終焉の呪い』は、結局、ソラの健康な朝を彩る少し深めの睡眠のきっかけになっただけで終わったのである。
「ま、なんとかなるもんですね。健康第一ですよ!」
ソラの屈託のない笑顔の影で、消滅した執行者の代わりに、冥界の台帳には原因不明の受理拒否(ソラが健康すぎて呪いが届かなかった)という記録だけが虚しく残されるのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




