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笹森に潜むモノ 前編02


「背ぇ伸びましたよね? やっぱ伸びたっすよね! なぁティル。センパイの身長、百七十セルに届いたんじゃないすか」


 月牙様に馬乗りの状態のまま、子供のように振り返ったのは茶髪の青年。南国出身なのでしょうか、健康に日焼けした肌に、燦々と照る笑顔が眩しい若者でございました。


「よく見ろレル。お前は観察眼が足らないよ」


 彼の言葉に淡々と応えたのは、片眼鏡(モノクル)をクイと押し上げたもう一人の青年。くすんだ金髪に苔色の瞳は、イリス様と同じ帝国人の特徴です。彼は月牙様を無遠慮に見つめ、言葉を続けます。


「月牙先輩、いま厚底履いてるぞ。目測身長は百六十七セルのままだ。百七十セルには届いてないし、これまでの成長傾向から考えるに、これ以上の成長は──」


「やかましい!」


 月牙様、お怒り。背負い投げした南国青年を眼鏡青年にぶつけ、二人が絡み合って倒れる姿を背景に、着物の乱れを整えておられました。


「あの、時雨ちゃん……彼らは?」


「最初に飛びついてた、背の高い子がフロレル。眼鏡の子がティルゼ。二人とも、イリスと同じ学院の調査隊で、帝国から来てる。名前似てるから、ふたりまとめて『ティルレル』って言ってる」


 時雨ちゃんの紹介を聞きつつ、改めて青年二人に視線を移します。二人とも、歳の頃は十五、六といったところでしょうか。月牙様に比べると幼さが残る顔立ちでしたが、その服にはイリス様と同じ徽章きしょう──学徒の印が輝いておりました。


「月牙パイセンひどいっす〜。かわいい後輩を投げるだなんてぇ」


「かわいい後輩は、抱擁(ハグ)文化のない人間に対して、無遠慮な抱擁なぞしてこない。そう思うのですが」


「つれなーい。エンエン、俺泣いちゃうっすよ……ま、立ち話はこんなところにして、博物院まで行きましょ」


 流れるように月牙様、時雨様の荷物を取り上げた南国学徒(フロレル)さんは、スタスタと歩き出し。


「君もそれ、持つよ」


「あ、でも」


「遠慮しなくていいよ」


 眼鏡青年(ティルゼ)様も、ワタシの荷物をサッと取り上げました。流れるような動きに戸惑いつつも、ワタシは一行の後ろについて歩き出します。

 北の守りを司る街、ホングス。西のハスノハと担う役割は近けれど、全く印象の異なる街でございます。特徴のひとつが、黒々とした材で作られた家屋と石畳。よく整備された水路の作りも、石の塀に囲まれ、針葉樹の皮を壁に打ち付けたその様も、皇国の西地方を拠点にしていたワタシには見慣れぬもの。まるで、異国を訪れたような心地でございました。


「ハスノハ近辺は、漁業と蓮の生産が有名ですが。この辺りは林業や採石業が盛んです。伴って、職人も多く暮らしています」


 月牙様の説明通り。立ち並ぶ建物には、指物師(さしものし)や細工屋が多く、通り沿いには籠やザル、木製のかんざしなどが所狭しと並んでおりました。

 採石も盛んという事で、鉱石も多く採れるのでしょう。竜胆石を始めとした術石に加え、行楽客向けの装飾品も多く。華やかに着飾った女学徒たちが、小鳥のような声を上げながら、思い思いの品を手に取っておられました。


「市場も賑わっておりますね。ハスノハとは、また異なる雰囲気でございます」


「北の大斎社は、麓ではなく山の頂上にあります。ここは参拝者の宿場も兼ねていますから、参拝者の登山支援のため、店の多くに巫師の手が入っているそうです」


 薬草や保存食など、山越えに必要な食料の手配。宿泊手配や、参拝の道案内などなど。

 北方(ホングス)の巫師は、西方(ハスノハ)の巫師に比べると仕事が多く、厳しい気候で暮らしているから、真面目な人が多いらしい。間違っても、親父構文で手紙を送るような事はないだろう。頼池殿(ちちうえ)にも、その辺は見習ってほしい……などと。私情が多分に込められた月牙様の愚痴を聞きながら、毛皮商の横を通り過ぎます。


 当時、怪物の毛皮は温暖な地域の朔弥人は忌避しがちなものでございました。しかし、厳しい冬を乗り越える為には必要不可欠なもの。北の街では一般的な装備として売られており。それを売る鬼奴の狩人たちもまた、当たり前に露店を広げていたのです。

 無骨なようで繊細。質素なようで複雑な手仕事の数々を眺めつつ、たどり着いたのは洋式の建物でございました。


「ここが博物院っすよ。宿泊施設はこの建物の奥にあって、俺らはそこを借りてるっす」


 青年達に案内され、踏み入ったその場所の光景に、ワタシは息を飲みました。入り口、正面玄関。天井から吊るされていたのは、巨大な蛇のような、しかし鋭い爪を有した腕を持つ巨大なケモノの骨。牙ひとつでワタシの腕ほどもあるその姿に圧倒されていると、時雨ちゃんが呟きました。


(ミズチ)の骨だね。もう、いなくなってしばらく経つ」


「ミズチというと……蛇が転じ、竜になる前の姿という?」


「諸説あるんすよ、その辺は。神話の時代に絶滅してるケモノだから、分かってない事の方が多いっすけどね」


 ワタシと時雨ちゃんの会話に、南国学徒(フロレル)様が口を挟みました。


「このミズチは、魚の怪物が怪鬼化して生まれたものとされてるっす。当時の記録と示し合わせると、『ミズチ』って名前で記録をされているものにも、知性があるものとそうじゃないやつがあるから、その転じ方によって……」


「おい、レル。博物話は後でいいだろ。三人とも長旅でお疲れなんだから」


「っと、そうだった。その辺は後で案内するっすよ」


 話を切り上げ、通路の奥へ。行楽客が行き交う展示室ではなく、裏手に続く道へ促され、後に続こうとした時です。


「……」


 時雨ちゃんが蛟の骨の前で立ち止まり。月牙様が、気遣わしげにその姿を見ておられました。月牙様が手を差し出せば、すぐにその手を取り。何事もなかったかのように歩き出します。月牙様は、ワタシが待っていたのを見ると、少し早歩きで合流しました。

 その様子が気になりはしましたが、慣れぬ場所を案内されている最中。お二人が追いつくのを待って廊下を進めば、学徒たちは雑然とした部屋の中央で待っておられました。


「……。お前たち、散らかし過ぎではありませんか」


 長机と椅子、厨房がついたその作りから、ここは食堂なのでしょう。しかし砂の付いた機材やら、情報誌の束やら、干した草やら。あまり食事の場には相応しくない道具やガラクタが、部屋の隅に積まれておりました。


「いやー、これでも片づけたんすけどね。すんません。女子部屋は手つかずなんで、安心して下さい」


「それ、僕が入る部屋は」


「俺らと同室なんで、まあ、うん」


 学徒の苦笑いに、月牙様は嘆息しました。


「出立前にはちゃんと片付けなさいよ。管理者に失礼があってはいけません。管理者の方は……」


「今日は留守っす。皆さんは、申請書だけ書いて貰えば大丈夫ってことなんで、代表で月牙センパイ、お願いします。属性は『学院関係者』でね。三人の入山免状も、それで出して貰っているんで」


「にゅうざんめんじょう?」


 首を傾げたワタシに、ティルゼ様は片眼鏡を上げつつ応えました。


「この辺りの森林は、とても管理が厳しいんだよ。枝一本、腕の一本ってね。許可のない採取をすると、腕を落とされてしまう……って刑が、昔はあったくらいで。事前に許可を取っておかないと、すぐ武装巫師に捕まっちゃうんだ」


「巫師って、そのような荒事もなさるのですか⁈ 」


「役割次第ではね。僕だって、武器は持っているでしょう」


 しれっと答えて書類を記載、学徒たちに出した月牙様は、明日に座ったまま伸びをしました。


「情報交換は夕飯の後でも構いませんか? 一気に移動してきたので、さすがにひと息つきたいところです」


「もちろんです。近くに洋食屋ができたので、そこに行きませんか。センパイの旅の話とか……」


「バカ、ティルゼ。もっと聞くべき事があるっすよ」


 フロレル様は、チラッと振り返り。ワタシを見た後、月牙様の肩を抱き込みました。


『センパイ。女の子を拾って旅の仲間にってなんのロマン? 妄想満点恋話(アレソレホニャラカ)とか。あれば聞きたいっす』


 と、帝国語で仰っておりましたが、ワタシには普通に意味が伝わっており。


「下品です。恥を知れ」


 月牙様は冷めた口調で返し、フロレル様を振り払いました。


『ウワー!聞く余地もなく振り払われた! 無いんすか!恋バナとかそういう、甘酸っぱい話をできる機会は』


『やめろよレル。それは正直、ぼくも気になってたけどさ』


「無いですし、その娘には帝国語を教えています。異国語なら何を言っても良いなどという、安直な振る舞いは控えなさい」


 月牙様の言葉に、学徒達はギョッと肩を跳ねさせ。ワタシを振り返ると、気まずそうに顔を見合わせました。取り急ぎ、『気にしておりませんよ』の意図で微笑んだものの、なんというか。


(全体的に、言動が幼いでございますね?)


 年頃は近いはずなのですが、どうにも世間慣れをしていないと言いますか。以前、月牙様が女装で挑んだ商人のぼんくら息子に近い雰囲気を彼らからは感じておりました。微笑ましい範囲ではございましたが。


「すみません、杏華。許してやって下さい」


 月牙様に謝られ、ワタシは慌てて手を振りました。


「許すも何も、気にしていないでございます。ところで月牙様、ワタシ、お二人に正式にご挨拶をしたいのですが。ご紹介いただいても?」


 頷き、月牙様は立ち上がりました。


「この娘は杏華。僕の父の部下、叢雲の娘です。訳あって、僕と時雨の旅に同行しています。現在は『玖蓮大社』の庇護下です」


「ティルゼです。所属はチチェリット学院、魔生物調査研究室」


「フロレルっす。同じく魔生物調査研究室。魔生物ってのは、この国で言うとこの『怪物ケモノ』の事っすよ」


「どうぞよしなに。魔生物調査、ということは、この周辺のケモノについて調べておられるのですか?」


 ワタシの言葉に、二人はキラリと目を輝かせ。


「「よくぞ聞いてくれました!」」


 何やら資料を引っ掴み、机越しに身を乗り出して来たのですが。


「夕飯が先と言ったでしょう!」


 月牙様に一喝され、子犬のように尻尾を丸め引き下がるのでございました。

 さて。この時、彼らが行なっていた『調査』というものは、当時のワタシにとっで非常に興味深く。しかし我々の旅を、思わぬ方向に導いたものでございまして──

 

◇調査の手続き

 毎回の調査で提出する調査計画書の作成、保険加入、予防接種、入林届、捕獲許可の取得など、調査屋は書類手続きからは逃れられない。うっかり届出を忘れると、調査ができずにシーズンを逃し「また来年がんばろうね⭐︎」という事になり、学生なら涙の論文テーマ変更か華の留年コースである。真面目にやろう。

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