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蓮花の少女03

 

 振り返ったそこには、女将が立っていました。見慣れた小綺麗な着物ではなく、足捌きの良い旅装に身を包み。背負子(しょいこ)に括られた荷物や小物も、妙に年季の入ったものばかり。

 ……いかにも、『旅慣れしています』と言わんばかりの服装に、違和感を抱けた時間は一瞬。


「こんの……ッ! バカ娘が! 勝手に出ていっちまいやがったと思ったら、結局こんなところで足止めくらって」


「ひ、ひぇっ」


あの子(・・・)もなんだい、連れ出すなら面倒見ろって再三伝えただろうに、手こずりやがって!」


 大股で地面を踏み歩き、接近。かの鬼奴王(きなおう)も涙目になりそうな形相で迫ってきた女将に、ワタシは身をすくめてしまいましたが。


「──ほんっと、バカな子たちだよ」


 抱きしめられてしまっては、動くことができません。力強く、温かい抱擁と同時に感じたのは、旅装から漂うツンとした除虫粉のにおいでございました。


「……。女将、ごめんなさい」


「何に対して謝ってるんだい、バカ娘。多少の面倒なんてね、あんたを引き取った時点でとっくに覚悟してたんだよ。ご足労がどうこうと言うくらいなら、初めから夜逃げなんてしてんじゃない」


 乱暴な抱擁から解放され、突き飛ばし。よろめくワタシを差し置いて、女将ははきはきと言葉を紡ぎます。


「今回の件は、伝話(でんわ)ごしにできる話じゃない。便利だけどね、アレは内容が筒抜けなんだから。こういう時は、なんだかんだで対面で話すのが手っ取り早いのさ」


 当時の伝話は、伝話交換手が配線を確認しながら、話したい者同士の接続を行う手法でございましたから。何を話しているかは、確かに筒抜けでございました。


「時雨様まで。このような身なりでお目汚しを」


「そういうの、いいから。杏華ともっと話してあげて」


 めんどくさそうに袖を振る時雨ちゃんに、きっちり一礼。女将は、髪を背中に流しました。


「あんた、このあと時間は」


「問題ございません」


「じゃあ少し待ってな。荷物を置いてくるから」


 静かに頷くと、女将はサッと宿ののれんをくぐりました。他の宿泊客の邪魔にならぬよう、壁際に寄って女将を待ちながら、ワタシは首を傾げます。


(……女将、こんなにガサツでしたっけ?)


 元から、愛想のある方ではなかったとはいえ。着物をきっちり着込み、奉公人達にテキパキと指示していた姿とは、随分と印象が異なりました。


「待たせたね。個室がある店を知っているから、そこに行こう。ついてきな」


「え、あ、ハイッ!」


 全く待っておりませんが。というツッコミはさておき、女将の背を追い川沿いの通りへ。迷いのない足取りで女将が向かったのは、美しく整備された水路沿いの建物でございました。

 水車が回る小屋の戸を開ければ、意外や意外。中は異国かぶれの喫茶店でございました。

 木の壁には皿がずらり、店主の背後にも、茶器が並んだ硝子棚が置かれています。客の間をすり抜けて、我々の前に立った従業員に、女将は口を開きます。


取り置き(・・・・)の蓮花茶を三杯、景色込み(・・・・)で注文したいんだがね」


 その言葉は、何かの合図だったのでしょう。ぴくり、と眉を上げた店員は、我々を客がいない二階に案内しました。開放的で、かつ美しい蓮池が見える個室。そこが、我々に示された席でございました。


「少し待ちな」


 口を開こうとしたワタシを遮り。女将が取り出したのは一枚の護符です。女将が護符を口元に押し当て、ふうと息を吹きかければ、それはふわりと溶けて見えなくなりました。


「女将、今の」


「人払いさ。見慣れているだろう、この程度なら」


 ええ、確かに見慣れておりました。月牙様が、人の出入りが多い宿で話をする時に、盗聴防止の術を使う様子を見たことがあります。しかし、その技を女将が堂々と使うとは思ってもみなかったのです。


「あの。女将は……旅館の女将以外に、お仕事をしておられるのですか」


「私は、頼池様の部下だよ」


 淡々と、ひと言。たじろいだワタシに、女将は続けます。


叢雲(むらくも)もね、頼池様の部下だったんだよ。今のご子息と同じさ。紫玖家領地の情報を集める役だったんだ」


「では、月牙様があの日、かぜひら亭にいらっしゃったのも」


「偶然じゃない」


 女将はスパッと言い切りました。


「頼池様への報告書の受け渡しや、情報収集の為にいらっしゃったのさ。風生獣(カマイタチ)が建物に入り込んじまったのは、想定外だったけどね」


「そうだったのでございますね……月牙様は、師父の事もご存じで」


「あの御方は、叢雲にたいそう懐いていらっしゃったからね。叢雲の息災についてもお尋ねになられていた……訃報を聞いて、たいそう気落ちしていらっしゃったよ」


「……」


 そうだったのか、と。胸の中で浮ついていた何かが、水を吸って沈むような納得感に満たされ。ワタシは、口を閉ざしました。女将は、そんなワタシを見て苦笑します。


「あんたの方は、完全に忘れていたようだけどね。月牙様は、あんたの事も元々ご存じだったんだよ。まだほんの子供の頃だけどね。お前ったら、あの御方を勝手に市場に連れ回して、大騒ぎになったんだから」


「エッ」


「叢雲や頼池様がとりなして、大事にはならなかったけどね。首を跳ねられていてもおかしくなかった。それが、今じゃあの御方の旅の(ともがら)だって言うんだから……」


 手の付けられない子だよ、あんたはさ。女将のその言葉は、どこか遠くから聞こえた気がしました。


「お待ちください。ワタシ、過去に月牙様にお会いしたことが」


「そうでなければとっくに引き離すようご命令があっただろうし、私もお前を預けようなんて思わないよ」


「そんな事、一度も月牙様から言われた事は!」


「お前が忘れているから、わざわざ言わなかったんじゃないかい」


 これには正直、大混乱。改めて言われましても、全く心当たりがございませんでした。

 『見ず知らずの男に付いてきた時点で、たいそうな無鉄砲娘ではありませんか』と何度か鼻で笑われた事はあれど、それ以外で、月牙様がワタシの事を知っているようなそぶりは──


「……ン?」


 ──脳内記憶を大検索。月牙様との邂逅から、直近の記憶までを、総ざらいにしたワタシが思い出したのは、月牙様ではなく頼池様のそぶりでございました。

 ワタシとの別れ際、彼は唐突にコンコンと、狐を揶揄するような動作をなさっていました。ワタシが理解できないのを見て、「忘れなさい」と仰っていたそのしぐさ。

 この時、思い出しました。夜の山を追いかけてきた私に向かって、月牙様(・・・)も、父親と同じ仕草で唐突にからかってきたという事を。


「あの、女将。もしかしてなのですが。ワタシって、こういう動作をしていた事は?」


 コンコン、と。ケモノの耳を模した手を、自分の頭の横に添えてみれば。女将はあぁ、と頷きました。


「子供の頃に、やっていた気はするね。経緯までは知らないが」


「……ッ!」


 つまり。月牙様は、ワタシが昔よくやっていた動作を真似る事で、ワタシの記憶の有無を探ろうとして。余裕が無かったワタシに半泣きで怒られたものだから、それ以降、言及してくることがなかった……と。

 では、月牙様が、ハクバイの街で『自分とて、誰彼かまわず、気を回すようなことはしない』と拗ねていらっしゃったのも。この街に来たときに、ワタシの好物である『泡葡萄』を迷わず買って来たのも。もしや。もしかして。


(子供の頃の記憶を、向こうは、全て覚えていらっしゃったと)


 衝撃でしかございません。驚愕でしか、ございません。

 『もしかして、月牙様にめちゃくちゃ申し訳ない事をしていたのでは?』という疑念、『いや、言われてないものは分からないでございますね』と真っ当な正論で返す理性。脳内議論が急展開を迎えましたが、ぶっちゃけ、覚えていないものは仕方ございません。その上で、月牙様には身分も隠されていたのですから、察しようもございません。

 

「月牙様のおバカ……」


「紫玖家のお膝元で、さらっと不敬罪かますんじゃないよバカ娘。人払いしてなきゃ、速攻で首跳ね案件さね」


 頭を抱えるワタシを眺めつつ、茶をすする女将。素知らぬ顔で、お菓子を食べ続ける時雨ちゃん。二人に挟まれながら、無意味に叫びたくなる気持ちを抑え、ひと通り悶絶した後。


「ワタシの身柄の話が、これほど問題になっているのは……その、過去の事が、理由なのでございますか?」


 もうひとつ。ワタシは女将に、質問を重ねました。

♢泡葡萄ジュース

 『異国の異国の機巧 05』で登場した、ハスノハの街の特産品。泡が発生する葡萄を使った飲み物、という事になっているが、シャインマスカットの炭酸漬け & 白葡萄の炭酸ジュースを使えばおそらく再現可能。

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