笹森に潜むモノ 前編05
「生け捕りの手伝い、ですか。僕が原因の一端ではありますし……少しの間なら大丈夫です。手伝いましょう」
「すんませんっす。オレら、あんまり捕獲上手くねぇから」
「土地も違いますからね。仕方ありません。ひとまず──」
振り返り、指差し。背中に立派な笹を生やしたシシを示して、月牙様はキリッと問いました。
「この笹猪は、持ち帰って食べる方向で良いですか?」
「その方向で」「お願いしますッ!」
合掌平伏、和気あいあい。笹猪に盛り上がる面々を見て、ワタシは首を傾げました。
「美味しいのでございますか、それ」
「ほぼブタですから。焼豚に肉の煮付け、しょうが焼きに、味噌鍋……あと、厨房や調味料も揃っていますからね。昨日食べたカレエも作れますよ」
捕獲しちゃったから仕方ない。あー仕方ない。わざとらしい言い訳と鼻歌を奏でつつ、青年は振り返りました。
「怪ノ垣の近くで解体するのはさすがに忍びないです。別のケモノが寄せられても嫌ですし……最低限の下処理をしたら、そのまま持ち帰りましょう。博物院で、解体に使える場所は借りられますか」
「大丈夫っす」
「分かりました。お前たちは調査地の整地に専念しなさい。笹猪を動かす準備は、僕たちの方で済ませます。杏華、手伝いなさい」
「はい」
鞄を下ろし、袖をまくりながら仕留めた笹猪に近付きます。弾けた肉片、焼けた脂肪の漂う空気はベトついて、唇を苦く湿らせました。
「見事に吹っ飛ばしましたね。次は一……いや、一と半目盛り、術矢の発射圧を下げなさい。矢そのものがひしゃげてしまっては、不発率を上げる恐れがあります」
「承知でございます。あの、下処理ですが……血抜きは首から?」
「……。いや、心臓側に穴を開けなさい。焼き潰れている部分もあるので、うまく血が抜けないかもしれない。いったん、首の切断面は凍らせます」
術式が当たった時の軌道をケモノの傷から確認し、反省会を手短に終了。行うのは、『血抜き』と呼ばれる工程でございます。肉の中に溜まった血を、心臓をポンプ代わりに排出する事で、肉の臭みを抜くのです……まぁ、本当は心臓が動いている間に行うものなのですが。
笹猪の腕を掴んでひっくり返し、のど骨から指を撫で下ろして、胸と腹の境目を探します。胸骨がなくなり、指が沈んだみぞおちのあたりに当たりをつけると──
「よっと」
怪物医から貰ったナイフを、心臓に突き立てました。ごぽっ、と吹き出すのを確認して身体を揺り動かし、たまに足で軽く周辺を踏んで出血を促します。見ていて気持ちの良い作業ではないでしょうに、学徒達はパッと笑顔になりました。
「うまいもんっすねぇ!」
「道中で少しずつ教えていただきまして」
「つっても、センパイの教え方、わりと大雑把じゃないすか。君自身の筋が良いのもあると思うっすよ」
「ちゃんと教えていますよ。その娘、やれ情報が多すぎる、説明が分かりにくいと文句が多かったので、僕も合わせる努力はしたのです」
「ホントっすかぁ〜? あだっ」
学徒様の後頭部をポコリ。頭を抑える後輩の後ろを、月牙様は鼻を鳴らして通り過ぎました。
「杏華。笹猪の背中の植物はたてがみです。売れるので、綺麗に根本から刈り取って下さい」
「どのような効果があるのですか?」
「水に深く浸かると、笹の一種──火笹のにおいを強く発します」
「……。エッ、それだけ?」
「それだけです」
笹の束を掴んだまま、首を横に傾けます。
「それ、どのような効果が? 水の中だと、においも流れてしまいますよね」
「だからこそ、とも言われています。この地域の笹猪が『火笹』を生やすのは、蛟避けの名残りと考えられているのです」
火笹のにおいを蛟は嫌うから、と。ワタシから受け取ったたてがみを束ねながら、月牙様は続けました。
「蛟は川で獲物を待ち構えて、下から襲う習性があったと言われています。においを発することで、川辺に近寄る際の蛟避けをしていたのでしょう。昔は、人間も笹猪のたてがみを船にくくり付けたり、守り袋に使っていたそうです」
「へぇ……」
感心しつつ、麻袋に入れたケモノを荷台に乗せ。周辺の血やら調査器具やらを片付けてから、全員で撤収します。森を抜け、街路に入れば人通りも増え。すれ違う人々も多くなります。
買い食いをする女学徒たちの視線を無視して博物院に戻り、笹猪を麻袋から引きずり出せば、解体の始まりでございます。
「場所に余裕がありますから、吊るして作業しましょう。杏華、君が主導で解体しなさい」
「承知でございます」
頷いて、ワタシは笹猪の後ろ足に縄をかけました。月牙様の手を借りて笹猪を吊るし、逆さ吊りになったソレを洗った後。柔らかな腹を浅く、縦に捌きます。
「内臓は、全て下のたらいに落としてよろしいですか?」
「必要な臓器はティル達が選り分けるでしょう。まず落としてしまいなさい」
「はい」
鳥と四つ足のケモノでは、少し解体の順が異なります。初めて教わった長尾鳥の解体では、最低限の内臓を尻からかき出した後、羽をむしるという手順でしたが。
笹猪をはじめとする四つ足のケモノでは、血抜きの後、逆さ吊りで血を落としながら内臓を全て外して体外へ。身体の内にある空洞、体腔の淵に沿って膜を外していけば、すべての臓器を簡単に外すことが出来ます。
「内臓、外せました」
「では、皮を剥きましょう。支えます」
「はい」
毛皮、と呼ばれる皮膚の層。脂肪の層、肉の表面。三層並んだ境界線、刃を差し入れるのは皮膚と脂肪の境目です。なるべく脂肪が肉側に残るよう、皮膚との隙間に刃を撫で入れて行きます。
毛皮を掴んだ月牙様が、支えて下さる境目を、ひたすらに撫で広げていけば、あっという間につるりんぱ。毛皮が剥け、白っぽい塊となった笹猪は、一気に食材じみて参ります。
「もも肉、美味しそうでございますねぇ」
「焼豚と……移動中の干し肉にしますか」
切り離したもも、前足を受け取った月牙様が、肉を小分けにしていく間。くず肉を白鼻丸に投げてやりつつ、肋骨周辺についた肩肉を外します。ひと通りの肉を取り終えて、それぞれを竹皮に包んで分けているうちに、調査機材を片し、食材を買いに行っていた学徒達が戻りました。
「えっ! もう解体終わったんですか!」
「お前たちの買い出しがのんびりしているからですよ。臓器、必要なものは自分達で回収しなさい」
「っす。取り敢えず、頼まれてた食材は買ってきたっすよ」
「休憩したら焼豚を仕込みましょう。数日保つので、弁当が作りやすくなります」
小分けの肉を厨房に運び込み。整理する月牙様の背後で、茶を沸かそうと急須を探します……が、全く手が届かず。足場を探していると、月牙様が横から急須を取って下さいました。
「くっ……!」
が、月牙様にとってもかなり高い位置だったらしく。全力の背伸びで取った直後、澄まし顔で渡された急須に、ワタシは口端をつり上げました。
「イリス様といいあの二人といい。異国の方は背が高いでございますね」
「全くです」
鼻を鳴らし、肉の整理に戻りつつ。月牙様は、ふと柔らかい口調で言葉を落としました。
「君、解体の腕を上げましたね」
見上げた笑顔そのものは、あまり柔らかいものではなく。「認めてやってもいい」とでも言いたげな、やたら偉そうな不敵な笑みでございましたが。
「ワタシとて、いつまでも無能ではございませんよ」
ふふんと鼻を鳴らし返すワタシの笑顔も、上品なものではなかったでしょうからおあいこです。お菓子の缶を漁る時雨ちゃんにおやつの選択は任せつつ、注ぐ紅茶は鮮やかな琥珀色。
全員で卓を囲み、ひと息つけたその頃に。
「それで、生け捕りの罠には何を使うつもりですか」
月牙様は、学徒達に問いを投げかけました。
◇食肉解体
毛皮の汚れ、胃や腸の内容物の汚れが肉に付かないように肉を分けていく。意外と皮剥ぎにカッターが便利。




