笹森に潜むモノ 前編04
一体、何が起きたのか。説明すべく、私が弓銃を放つ前の刻まで戻しましょう。事件が起きた怪ノ垣は、学徒のお二人が見張り小屋を設置したという地点。
祠が見える位置の樹上に吊るされた小屋を見上げ、ワタシは首を傾げました。
「以前、白鼻丸の首に機巧の鏡を付けて遠方を観測するという事をしましたが。そう言った機材や、月牙様の分身神のような機巧は使えないのですか? 」
ケモノのそばで待機するのは危ないでしょう、と疑問を呈したワタシに、レル様は「それなぁ」と苦笑しました。
「そもそも写し鏡自体が、月牙センパイが協力して作った試験機らしいっすけど……アレを使うにはオレらの技術と竜沁が足らないっす。その上、時間帯の相性も悪いんで」
「と、言いますと」
「まず、写し鏡は『その場の映像を、同時時刻で見る』ものなんすよ。竜沁をずっと注ぐ必要があるし、距離が離れ過ぎると映像も見れない。その上、暗いと何が起きてるのかよく分からないっす」
ケモノが怪ノ垣を荒らすのは、薄暗い時間の事が多い。しかし夜間の無人撮影をできるほどには、機巧の性能が追い付いていない、と。レル様は悔しげに仰いました。
「術師が直接操作する分身神なら、闇夜であっても竜沁の動きで観測できるっすけど。なかなか、機巧で完全再現とはいかないっすよねぇ! 分身神の術はどう足掻いても模倣できなかったし……」
学徒二人の渋面に、ワタシも首肯を返します。
「確かに。月牙様に教わった技の中でも、分身神ほど苦労した術はございませんでした。イリス様の小鳥機巧も、分身神の為の『外装』だと仰っていたし、いろいろと難しいのですね」
ワタシの言葉に。学徒たちは、ピタッと動きを止めました。
「待って。君……分身神の術、できるの?」
「え、ええ。一応は。しかし、操作できる数は一体だけですし、ぼんやりと周囲を視る以上の事はできません。その上、分身神そのものに専念しないと操作が途切れてしまうので、自身が動く事もできず。月牙様のように自身も動くだとか、異なる術式を乗せる、といった操作はまだ」
「いやいやいやいやいやいや」
「基準おかしいから! 基準おかしいからね⁈ 」
ずびしっ!と指差された基準が肩をすくめる中、学徒たちは捲し立てました。
「月牙先輩、分身神の術師としてはたぶんこの国の頂点級だからね? 普通、分身神は本人が動きながらブンブン飛ばすモノじゃないし、飛ばせる時点で術師としての才能があるんだよ。僕たちは、分身神を目の前で浮かせるのが手いっぱいで、自分の感覚を同期させる事すらできなかったんだ」
「……。月牙様ぁ?」
振り返れば。月牙様は『ちっバレたか』と言わんばかり。ふてぶてしい表情で、手を振って見せました。
「成功した時、ちゃんと褒めたではありませんか。本体が無防備でつつき放題になっている以外は、それなりの出来だと」
「そうでございますね。発動に成功して以降、練習の度、分身神とワタシ自身に白鼻丸をけしかけられるようになった記憶がございますが……」
「センパイ、鬼かーーーーッ!」
「別に、怪我をするような指導はしていませんよ」
面倒そうに告げ。青年は片目をつむりました。
「とにかく。術師以外が遠隔の観測を行うには、まだ技術的な限界があるのです。術師として未熟な者は、直接観察するための備品に特化させた方が、まだ安価で道具を揃えられる」
「っす。双眼鏡は夜間対応だし、小屋の中にいれば隠蔽術式もかかるんで。わりと安全なんすよ。ニオイ対策とかはしてるけど」
「では、小屋の中に詰めて、この怪ノ垣に来るケモノを観察し続けている、と?」
「それだけだと、ちょっと博打すぎるからさ。もう一工夫はしてあるんだ。竜胆石と波水晶を使った、特殊な発信機で……」
と、そこまで聞いた時でございました。
白鼻丸が顔を上げ。月牙様と時雨ちゃん、ワタシが同時に振り返り。茂みからフゥ、フゥと聞こえてきた鼻息に、学徒たちが笑顔を無くしました。
「……大丈夫っす。ゆっくり下がって、怪ノ垣の方に」
怪鬼になっていなければ、向こうが引き下がる。そのように、学徒達が告げた直後です。
『ブフォオォッ!』
鼻息荒く、牙を鳴らし。笹の葉をたてがみのように生やした猪のケモノが、しげみから駆け出しました。目指す先には、既に迎撃の姿勢を取る青年が一人。
「月牙センパイがいるの忘れてたっす!」
悲鳴じみた学徒の言葉に被さるように。
『シャーッ!』
ワタシの肩を蹴るようにして、白鼻丸が飛び出しました。
「何をして……下がれ、白鼻丸!」
焦る月牙様の指示は聞かず。白鼻丸は青年の前に立ち、牙を剥いてケモノに対峙します。青年を庇い、自ら立ち向かおうと言うのでしょうか。白鼻丸の気概に驚きつつも、ワタシは素早く弓銃を装填しました。
(このケモノ、首に何か付けてる……?)
正体を確認する時間はありませんが、首を狙う事は悪手のようです。狙うは心臓、向きは横側面から。中距離想定、狙いが逸れた時に備えて、威力は高め。月牙様なら爆発からは身を守れる。そのように判断し、圧力調整の歯車を回します。
キリキリ、カチン。指の中で、歯車が噛み合う音を感じた瞬間、ワタシは叫びました。
「白鼻丸、月牙様の所まで下がって!」
白鼻丸のおかげで、狙いやすい位置取りをできました。白鼻丸が、驚きの跳躍で月牙様の肩に飛び乗ったのを確認し。引き金に触れた、その時でした。
「待っ……」「えっ」
ワタシの発射と同時。レル様が、月牙様とケモノの間に、小さな革袋を投げ入れました。
月牙様は、ギョッと目を見開いた直後。護り刀を手放し、白鼻丸を外套の内に隠します。白鼻丸を抱く青年の胸元から、小さな結界が発現すると同時に。
「なっ……⁈ 」
ほんのりと赤く色づいた霧が、革袋から一気に吹き出しました。そして、ワタシの弓銃の弾はケモノに着弾。赤い霧の向こうで、ケモノが倒れる様子がうっすらと見えました。
そして、爆風に煽られた広がった霧は──
「──ッ!」
「杏華ちゃん下がって!催涙弾だ!」
蓮葉の結界を即座に広げた時雨ちゃんと、警告を放ったティル様のおかげで、ワタシにかかる事はございませんでした。しかし、ケモノの近くにいた月牙様。革袋を投げた張本人であるレル様は、赤い霧の真っ只中。
「レル! 月牙先輩! 無事ですか!」
ティル様が叫べば、激しい咳き込みが返答を返します。ふたりともご無事なようです。
「わ……ワタシ、何かまずい事をしてしまったのでございますか」
催涙霧の影響で近付けぬまま、おろおろ目を泳がすワタシが視界に捉えたのは、月牙様の指が示す先。たった今、仕留めたケモノの状態を見ろ。そのような指示と受け取り、ワタシは弓銃を構えたまま、ケモノに近付きました。
「こっちは平気だよ。ちゃんと仕留めてる」
先に見聞していた時雨ちゃんの言う通り。その死は一目瞭然でございました。ワタシが狙いを僅かに逸らしてしまった為。また弓銃の威力を高めた為に、その首は跡形もなく吹き飛んでおりました。首の周囲に残るのは、遠くからでも視認できていた『何か』の破片。
それが、小さな歯車をこぼす『機巧』だと気付いたあたりで、激しい咳き込みが聞こえ振り返ります。
「ケモノは仕留めております! ええと、月牙様、ワタシは何をすれば」
「ゲホッ!ゴホッ!」
会話、成立せず。青年はつらそうに咳き込みながら、懐に抱えていた泡──白鼻丸が包まれた結界を、ふわりと投げてよこしました。
「……っとと!」
シャボン玉のような結界を抱き止めれば、弾けた光の中から、茶色の毛玉が落ちてきます。白鼻丸は軽いくしゃみをしたものの、身体に異常は見当たらないようです。ワタシはひとまず、安堵のため息をつきました。
(月牙様は白鼻丸を守るのに手いっぱいで、ご自身の防御が間に合わなかったのでございますか……)
催涙手投げ弾。レル様がケモノに投げ入れたのは、学徒たちが自衛のために持ち歩いていた防護の品です。人間には後遺症が残らない設計になっているものの、小型のケモノには負荷の大きな品でございました。ゆえに月牙様は、白鼻丸の防御──生存に支障がないよう、しかし確実に周囲の空気を遮断する、浄化・結界術式の複合発動──に全力を注いだのでしょう。
代償として、ご自身は咳も涙も止まらず、会話もままならぬご様子になっておられましたが。
「ティルゼ様、催涙弾の処置には」
「洗い流すのに、大量の水がいるんだ。この近くに川があるから……」
と、ティル様が言いかけ。ワタシが慌てて水を汲めるものを探すのを見て、時雨ちゃんが嘆息しました。
「いいよ、わたしがやる……月坊、レル。息止めて」
時雨ちゃんが袖をひと振りすれば、地面には二つの陣が広がります。月牙様達が「あっ」という表情を浮かべられたのは一瞬の事です。
足元から湧き上がった水柱に、それぞれが飲み込まれ、解放された二人は、ペショッと地面に叩き付けられました。
「月牙様、ご無事でございますか⁈ 」
「君と、白鼻丸は」
「無事でございます。時雨ちゃんが守って下さったので」
月牙様の表情は、すぐに緩みました。青年が大きく息を吸った直後、竜沁の光がその身の内から湧き上がり。ふわりと風が過ぎた後には、何事もなかったかのように平然とした月牙様が立っておられました。わずかに、目は充血しておられましたが。
「す、すんません……何とかしないとって必死で」
レル様はまだ咳き込みながら、月牙様に助け起こされました。ずぶ濡れの後輩を瞬時に乾かしながら、月牙様は肩をすくめます。
「君たちは非戦闘員ですから、とっさの催涙弾の使用は正解の処置ですよ。僕には不要でしたが」
「っす……それにしてもセンパイ、相変わらずのケモノまっしぐら体質なんですね。命がいくつあっても保たなそう」
「ケモノに嫌われるだけの事をしていますからね」
首を傾げる白鼻丸を一瞥し、苦笑。表情を改めた月牙様は、ケモノの死体を指差しました。
「ところで、その笹猪。お前たちが発信機を付けていた個体……ですよね?」
吹き飛んだ首。粉々に砕け散った機巧。鎮痛な面持ちになる学徒二名。気まずい沈黙に、針葉樹たちがさりげなく枝を上げ隠れようとする中。レル様は、頭の後ろをかきながら仰いました。
「こいつ、唯一データ獲れてた個体だったんすよ。その、新しい個体の生け捕り……手伝ってもらえたりしません?」
◇センサーカメラ
現代のカメラは優秀。センサーで素早く動物の動きを捉え、夜間の行動も撮影可能のため、一般的に使用されている。ただし、センサー感度や撮影角度の調整など、職人技が求められる部分もある。AI技術の導入により、特定の動物が撮影された時に通報するシステムの構築等も進められている




