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時は夕暮れ。
後宮の外でコリンが出てくるのを今か今かとライトは待っていました。
そうしてようやく華やかな女性の笑い声が聞こえて顔をそちらに向けると、王太子妃とコリンが侍女に囲まれながら歩いてくるのが見えました。
目を細めてコリンの姿を確認してみても、特に変わった様子は見られません。
そのことにほっと胸を撫で下ろし、王太子妃が傍までやってくると頭を下げました。
「義姉上、今日はありがとうございました」
「いいえ。今日は私も楽しく過ごすことができました」
にこりと愛らしい笑みを浮かべると、王太子妃は隣に立つコリンを振り返りました。
「コリンさま、今日はありがとうございました。今度はぜひ私が開く茶会にいらしてください」
王太子妃の親しげな言葉にコリンは滅相もないと頭を下げ、
「私の方こそお礼を申し上げねばなりません。本当に今日はありがとうございました」
何度も何度も王太子妃に礼を述べました。
王太子妃はそんなコリンを一言掛け、ライトに会釈すると、静かに踵を返して後宮の中へと帰って行きました。
ライトは王太子妃の後ろ姿にもう一度感謝の意を込めて頭を下げました。
母である王妃がコリンを茶会に招くと言い出した後、ライトはすぐに兄である王太子に頭を下げて頼みごとをしました。
それは、義姉である王太子妃も茶会に参加して欲しい、というものでした。
恐らくはコリンをここぞとばかりに責めるであろう母からコリンを助けてやって欲しいということだろうと兄も義姉も理解し、それを快く承諾してくれました。
まさかライトの思惑が別にあるとは思わず。
ライトが何よりも怖れていたのは、
『コリンが自分から身を引いてしまうこと』
でした。
母に言葉巧みに諭されてライトから身を引くことを決めてしまうかもしれません。
そして茶会の後、すぐにでもライトの前から姿を消して、公爵家に籠ってしまう可能性だってあります。
そうなればきっと、父である公爵が二度とコリンとライトを会わせないに違いありません。
ライトにとってそれは何よりも恐ろしいことでした。
だからライトは、王太子妃に茶会に同席するよう求めると同時に、
『コリンを外で待つ自分のところまで連れてきて欲しい」
と頼んだのです。
コリンに逃げる隙を与えないために。
まさかライトの真意がそこにあるとは知らず、王太子妃は快く頷き、コリンをライトの元まで連れてきてくれました。
これでコリンがライトから逃げる機会は永遠に失われたと言っても過言ではありません。
後は、もしかしたら心変わりをしてしまったかもしれないコリンを宥め、再び自分の元に繋ぎ止めるか、もしくは最悪の場合は自分の部屋に閉じ込めてしまうだけです。
そう思って見つめたコリンは、静かな笑みを浮かべてライトを見上げてきました。
「待っていてくださってありがとうございます」
「いや……母上との茶会はどうだった?」
「とても楽しい時間でした。王妃陛下も王太子妃殿下も私のような者に優しくしてくださいました」
コリンの言葉にライトは目を丸くしました。
まさかこんな言葉が聞けるとは思っていませんでした。
生真面目なコリンですから、嘘をついているわけでも皮肉を言っているわけでもないことは分かります。
ですから本心から彼女は、こう思っているのでしょう。
てっきり王妃にひどい言葉を投げつけられて傷ついているだろうと思っていたライトは、拍子抜けしたほどでした。
一体どんな茶会だったのか、後で義姉に詳しく聞こうと思いながら王子はコリンに微笑みました。
「コリンが楽しかったというなら、よかった。寮まで送ろう」
軽く頬を撫でると、コリンの手を引きました。
撫でられたコリンは、頬を赤くして無言のままライトに従います。
まだまだ慣れない様子のコリンが愛しく、ライトは幸せを噛み締めました。
騎士団の寮までの道のり、手を繋いだまま歩きながら、他愛もない会話をしました。
短い道のりではありましたが、こうしてコリンと手を繋いで歩くだけで幸せな気持ちになれます。
こういう逢瀬も良いものだとは思いますが、ライトはそれよりも。
「早く、一緒に暮らしたい」
寮の入口での別れ際、そう囁いてライトはコリンに口づけました。
ぁぅ、と顔を真っ赤にして本当に小さな小さな声で呟いたコリンに吹き出しながら、ライトはやっぱり早く自分のものにしたくてたまらないと思いました。
今度は父親である王を説得しようと思いながら、ライトは寮を後にしました。
まさか翌日、あれほど反対していた王妃から
「コリン姫との結婚を認めます」
あっさりと許可が出るとは思わず。
それから僅か1か月後、ライトとコリンは婚礼を挙げたのでした。