第九章 リメイクは別世界線を描き出す
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
本話をもちまして、第一部は一区切りとなります。
当初は三人を中心とした物語で終わらそうとしましたが、文字数的に不完全と感じ、「まだ終われない」と二部構成にしました。
武沢たちの物語は今回で一つの結末へ辿り着きます。しかし、この世界そのものに残された謎は、まだ何一つ解き明かされていません。
そのため、本作以降から第二部へ突入します。
第二部では舞台もキャストも一新し、新たな主人公たちの視点から、この物語の本当の核心へ迫っていきます。
第一部の出来事が、どんな意味を持っていたのか。
ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
また変わらず読者の方には、誤字脱字の指摘、ストーリーの矛盾点がありましたら遠慮せず仰ってください。
みなさんと作り上げしょう!
天玉駅前のロータリーは、家路を急ぐサラリーマンやルーズソックスを履いた女子高生たちの喧騒で満ち溢れていた。
薄暗い街灯の下、緑色の公衆電話ボックス。その狭いガラス張りの空間の中に、僕は一人で立っていた。
ジリリ、と背後で駅の案内放送が鳴る。
手元の腕時計の針は、午後七時四十五分を指そうとしていた。
計画のタイムリミットだ。今頃、あの木造アパートの一室では、松木と遠藤が息を潜めて僕からの「シグナル」を待っているはずだった。熊谷の死体は、彼女たちの手によって、発見が数時間遅れるような絶妙な工作が施されている。
「……ふう」
一つ、深く息を吐き出して、僕はポケットから一枚のテレホンカードを取り出した。
度数は残りわずか。磁気レーンに刻まれた【2】の数字が、夕闇の中で頼りなく光っている。これが僕に残された、この世界を書き換えるための最後の弾丸だ。
ガチャリ、と重い音を立ててカードをスロットに差し込む。
受話器を耳に当て、ツーーという発信音を確認すると、僕は迷わずにプッシュボタンを押し始めた。
狙うのは、熊谷洋平が持っていたあの「不発のポケベル」の番号。
プッシュ音が、受話器の向こう側へと吸い込まれていく。
ピ・ポ・パ・ポ・ピ・ピ・パ――。
繋がった。電子の海を渡り、僕の指先が、あの凄惨な密室へと直通する。
続いて入力するのは、警察の捜査の目を完全に欺き、僕たち三人以外の「架空の犯人」を仕立て上げるための、偽装の暗号だった。
『 8181(バイバイ) 』
『 093(ヤクザ) 』
『 4949(シクシク) 』
あらかじめ松木から聞き出していた、熊谷が裏で繋がっていた街の不良グループのコードと、あいつが最後に怯えていたとされる闇組織の影。それを暗示する数字を、交互に、かつ正確に打ち込んでいく。
警察がのちにこの端末を回収したとき、彼らは必ずこの通信履歴に着目する。熊谷は死ぬ直前、何者かによって脅迫され、呼び出されていたのだと。そこに「武沢」という平凡な高校生が介在する余地は、一文字たりとも存在しない。
最後に、僕はもう一つの番号へダイヤルを切り替えた。
僕自身の、ポケットの中で静かに眠っているポケベルへ宛てて。
プッシュ音を響かせる。
打ち込むのは、僕から僕への、そして僕たちをここまで狂わせたこの時間跳躍という名のシステムへの、最後の「アップデート」のメッセージ。
『 0510(おーと) 』
『 39(さんきゅー) 』
『 1515(いこいこ) 』
――0510391515(アップデートは、もう終わりだ。さあ、行こう)。
シャコン、と小気味いい音がして、公衆電話からテレホンカードが吐き出された。
磁気レーンに刻まれた数字は、完全にゼロへと変わっていた。
度数は尽きた。僕のタイムリープの旅は、今、この瞬間に文字通り「終幕」を迎えたのだ。
受話器をフックに戻し、電話ボックスのガラス扉を押し開ける。
夜の冷たい空気が、火照った僕の頬を撫でた。
「……終わったのね、武沢」
街灯の影から、静かに姿を現したのは遠藤美佳だった。
彼女はもうカッターナイフなんて握っていなかった。いつものように少し不機嫌そうな、けれどどこか晴れやかな瞳で僕を見つめている。
「ああ。これで全部、上書き完了だ。警察は明日、あの部屋を見つける。だけど、そこから先は僕たちの知らない歴史が始まるはずさ」
「そう。……ねえ、武沢。あたしたち、これからどうなるのかしら。未来は変わっちゃうのよね? あたしが知っている、あの三十年後の、あんたがゴミ溜めで死んじゃう世界は、もうどこにも無くなっちゃうのよね?」
「無くなるさ」
僕は笑ってみせた。
「これからは、ダンボールハウスも、二十三年の実刑も、何もない。ただの退屈で、だけど当たり前の平成の終わりが、僕たちを待っているだけだ」
ふと、駅の階段の方を見上げると、そこにはいつもの気だるげな表情に戻った松木奈々が立っていた。彼女は僕たちと視線が合うと、小さく、本当に小さく、一度だけ頷いて、そのまま人混みの中へと消えていった。
彼女もまた、自分の犯した罪の重さを背負いながら、けれど今度は「誰の身代わりでもない自分の人生」を歩き始めるのだろう。
チカ、チカ、とポケットの中で、僕のポケベルが静かに点滅した。
液晶画面に浮かび上がっているのは、先ほど僕が公衆電話から送った、あの最後の数字の羅列。
送信失敗の文字はない。
今度は、ちゃんと届いていた。
「行こう、遠藤」
「ええ、行きましょう。武沢」
僕は遠藤の手をとり、明るい光で満ちた駅の改札へと歩き出した。
ポケットの中の電子の箱は、もう二度と鳴ることはない。
僕たちは、不完全で、愛おしい、この新しい歴史の1ページ目を、今ここから踏み出していく――。
第一部、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
武沢、松木、遠藤――三人の物語は、一つの区切りを迎えました。
ですが、この作品はまだ終わりではありません。
書き進めるほどに、「この世界にはまだ語るべき真実がある」と感じ、予定を変更して第二部を描くことにしました。
第二部ではキャストを一新し、新たな登場人物たちが登場します。
一見すると第一部とは別の物語に見えるかもしれませんが、伏線は散りばめられおります。
読み進めるほどに点と点が線となり、やがて第一部で残された伏線や謎へと繋がっていきます。
「あの数字は何だったのか。」
「タイムリープの正体とは何なのか。」
「すべての始まりはどこだったのか。」
その答えを描くための第二部です。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
それでは、第二部でまたお会いしましょう。




