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俺、戦術AI。チートなし、スキルなし、記憶なし。これで異世界を戦えと!?  作者: 六典縁寺院


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9/10

9話「黒竜」

 天蓋柱《てんがいちゅう》――


標高、約15,000メートル。

敵秘匿航空基地まで、残り約4,000メートル。


空気は薄く、冷たく、乾いている。


吹き上げた風が枝葉を揺らし、多層外殻装甲《コンポジットシェル》を叩いた。


造伝播音センサーはノイズを除去し、正確に周囲の状況を捉えている。


それでも風は――


(うっとーしいわ……)


遮熱シートで包まれた黒竜に動きはない。


背中から降りた竜騎士《ライダー》が、相棒の頬をさすりながら何かを言った。


竜は牙の間から白い吐息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。


いくら竜人族が魔法に長けていると言っても、いくら飛竜が堅牢堅固《けんろうけんご》だと言っても、生物にとっては過酷すぎる環境。


加えて、ここには魔力もない。


(空の支配者さまも……魔力がねーとこんなモンか)


空間歪知(わいち)レーダーは、竜を第一追跡視野《プライマリ》で捉えている。


しかし、色も形もそこまで鮮明ではない。


脅威は、低い。


(こうなったら、陸生巨竜《オオトカゲ》と変わんねーよな……)


誘導灯を振る兵士の後に、竜と竜騎士が続く。


全員が格納庫へ入ると、重い音を響かせながら扉が閉まった。


やがて、うなるような低い音が地面ごしに伝わってくる。


ガコン――


格納庫が上昇しはじめる。


(あ……やば……)


管制塔へ戻っていく兵士たち。


その最後尾、ひとりの兵士が立ち止まり、格納庫のあった窪みへ向かって歩き出した。


(今だ!)


和澄《わすみ》がテンプルアンテナは兵士を指すより、ほんのわずかに早く――仲間たちは動きはじめていた。


枝を蹴り、砂が舞う。


風を切り裂きながら、黒い影が走り出す。


指揮機権限にて、無線封鎖を解除。


短い戦術宣言束《タクティカル・パケット》を飛ばす。


《アルファ1より全機。予定変更》


電磁波ノイズと変わらないほどの弱い出力。


それでも、この部隊(いつメン)になら声は届く。


《本施設の無力化、及び敵大型飛行生物を排除。その後、本来任務へ復帰する》


部隊から一機が離脱。


アルファ3――「SON-079」別方向に走り出す。


(孫《ソン》! そっちは頼んだ!)


残りの五機が昇降格納庫に向かってアンカーを打ち込むと、ワイヤーは風に煽られ大きく流された。


(クソッ、風が強すぎる!)


格納庫が徐々に加速しはじめ、レールから飛び散る火花が遠ざかっていく。


和澄は小さくため息をついた。


(あんま気乗りしねーけど……しゃーない)


パケットを飛ばす。


《アルファ1より全機。回復キー入力》


そして。


《復元ポイント――“六脚移動形態《ゴキカブリ》”》


身体を構成する部品素材が、瞬時に結合を変えていく。


骨格が沈み、脊柱拘束基幹《スパインロックコア》が横向きに再配置され、多層外殻装甲《コンポジットシェル》が黒く膨れ上がる。


手脚が別れ、増殖する。


一本、

二本、

三本――


鋭い棘を持つ、六本脚。


人型の面影を残したまま、それは“何か別の生物”へ変わっていった。


鈍く光る黒い扁平紡錘形の身体。


前部に向かって、長く伸びた二本のアンテナ。


動くたび、カサカサという摩擦音が響く。


(この形態……移動にはいいけど、なんか違和感ありすぎるんだよなぁ……なんでだろ……)


五機の巨大な“ゴキカブリ”が、天蓋柱を這い上がっていく。


猛烈な速度で、重力を無視するように。


下方では――


離脱したアルファ3、「SON-079」――孫が、機体半身を奇妙な構造物へと変換していた。


まるで、生物兵器工場を有機的に圧縮したような異形。


「VZガス」生成形態。


(っぱ、生物駆除にはこれよ)


無色、無臭。ひと呼吸で激しい痙攣、弛緩性麻痺、および呼吸筋の麻痺による呼吸不全を起こし、一瞬で生物を死に至らしめる即効性ガス。


生成された神経ガスが、格納庫に流し込まれていく。


飛び出してきた兵士を、孫が一射。


(あっちはラクショーだな)


風がさらに強くなる。


空は暗い。


その向こうには、宇宙にも似た黒が広がっていた。





◇◆◇◆◇◆◇





標高、約16,000メートル。


ときおり激しく揺れながら、格納庫がレールを登っていく。不快な振動音が、構造伝播音センサーの奥で唸る。


金属外板を叩く強烈な風。吹き付ける風は低温というより、“欠落”に近かった。


空は、もはや“空”ではない。


熱も、音も、命さえも、削り取っていく。


その中で、五機のカカシは格納庫に張り付いていた。


構造同化迷彩により、遠目にはただの金属の歪みや凹凸にしか見えない。


(今んとこバレてねーと思うけど……)


和澄は外板越しに内部構造を探る。


竜、

竜騎士、

他に兵士が一人。


格納庫内部には、二つの生体反応がある。


そのどれもが極端に弱い。


まるで、長時間水中に沈められた生物のようだった。


(魔法の世界で“生きる”って、大変なんだなぁ……)


左側方。


アルファ4――「VIC-422」比丘《びく》が動く。


機体半身を変換した、異様な構造体。


無数の細管、

脈動するタンク、

絡み合う冷却管。


VZガス生成形態となっていた比丘が、排気口から退《ど》く。


和澄は小さくアンテナを上下させ、彼女を労った。


(おつかれー。後はまかせてくれ)


比丘の身体が崩れ、再構築されていく。


不要になった合成装置が圧縮され、代わりに膨張していく。


異様な筋束。


四肢が肥大化し、多層外殻装甲《コンポジットシェル》が裏返ると、その隙間から機筋原繊維《マイオフィラメント》が露出。


関節部から、刺突専用の補助骨格が生(・)え(・)て(・)くる。


増殖し、四つに分割されていく身体。


彼(・)女(・)は、これから“使い捨て”される。


敏捷性を犠牲に、対大型生物への瞬間火力だけを追求した、使い捨ての装備。


――「対竜戦用特殊装備《リュウゴロシ》」


最後に残った頭部でアンテナが「どう?」と揺れた。


(いいじゃん! めっちゃかわいいぜ!)


崩れた頭部が刺突ブレードへ変化していく。


《アルファ1より全機。特殊装備を装着》


格納庫はなおも上昇。


風速が増す。


比丘の皮(・)で身を包んだ、四機のカカシ。


アルファ1、WSM-503――「和澄」

アルファ2、URA-226――「由良」

アルファ5、WRI-733――「瓜《うり》」

アルファ6、XSK-733――「草佳《くさか》」


もはや、合図など不要だった。


(じゃ、行くとしますか)


突入。


格納庫側面が、赤く、小さく膨らむ。


次の瞬間、鈍く小さな破裂音が鳴った。


爆薬量は最小限。


振動のほとんどは制震サスペンションに吸収され、音も風に呑まれた。


開いた穴から噴き出した空気が一瞬で凍結し白い霧となり、それと入れ替わるように、四機が順に突入。


先頭《ポイント》の瓜《うり》が低く入り、銃口を左へ振った。


《アルファ5、クリア》


草佳《くさか》が近接《フロート》として、先頭の死角を補完。


《アルファ5、クリア》


指揮《リーダー》の和澄が突入。


《アルファ1、クリア》


最後に由良が即座に突入口を閉鎖。


《アルファ2、クリア》


すでに把握済みだったが、格納庫内は静まり返っていた。


(ちゃんと効いてるな……)


HUD中央。


ふ(・)た(・)つ(・)の、敵性識別(アカ)。


床に倒れ込んだ竜騎士。


片手で口を押さえ、壁に向かって手を伸ばしている。


その先にあるのは警報装置。


ログが流れる。


……


―― 生体反応|BIO SIGNAL

対象状態=CRITICAL

神経系=COLLAPSE

呼吸機能=FAILED


―― 任務評価|MISSION EVAL

対象脅威度=LOW


……


(まだ生きてんのかよ……)


竜騎士と目が合った。


(フツーの竜人と比べると、やっぱ竜騎士は頑丈だな……)


銃を下ろし、刺突ブレードを伸ばし――


首元を一閃。


転がった首が口を動かしたものの、ダイイングメッセージに興味はない。


今の和澄たちにとって重要なのは、ただひとつ。


格納庫中央。


横たわる、“巨大な影”。


浅く、短い呼吸。


ゆっくりと上下する黒い胸郭。


空間歪知(わいち)レーダーが捉える黒竜は、色も形も単純化され、出会った頃のような鮮(・)や(・)か(・)さ(・)を感じることはできない。


それでもまだ「敵意」や「脅威」は残っている。


召喚初日。


一つ目《バケツ》だった頃、空から降ってきた災難。


装甲ごと噛み砕かれ、暗闇の中で意識が途切れた記憶。


その相手が、今――目の前にいる。


恐怖はない。


怒りも、復讐心も、達成感すらも存在しない。


目の前にいるのは、ただの「目標」


それだけ。


(よぉ、久しぶり……)


黒竜がゆっくりと目を開く。


濁った金色の瞳。


開いていた瞳孔が、収縮する。


黒竜の喉が低く震えた。


威嚇。


あるいは、恐怖。


(お、まだ動けんのか。さすがだな)


竜が前脚に力を込める。


筋肉が軋み、

爪が床を削り、

巨大な身体が持ち上げようとする。


(そうはいかねーよなぁ!)


その瞬間、カカシが四散した。


床を蹴り、黒い影が一斉に竜へ殺到する。


対竜戦用特殊装備《リュウゴロシ》。


膂力と刺突能力だけを極限まで高めた、使い捨て外骨格。


両椀の刺突ブレードを螺旋状にねじったような、巨大な「釘」が黒竜へ突き立てられる。


ズンッ――!!


鈍い衝撃。


鱗が砕け、

肉が裂け、

分厚い筋肉を貫通する。


竜が唸る。


(おー、まだ元気あんの? すげーな?)


尾てい部。

腹。

翼基部。

首。


四本の釘が、黒竜を格納庫床へ縫い付けた。


黒竜が激しく暴れると、制震サスペンションが底付きし、格納庫全体が大きく揺れた。


(こらこら、大人しくしとけって――)


すでに警報灯は無効化してある。


ワイヤー射出。


複数のアンカーが庫内へ撃ち込まれる。


黒竜の身体が、さらに拘束されていく。


金属ワイヤーが軋み、床材が悲鳴を上げる。


まだ竜は止まらない。


残された片目には、怒りの炎がまだ灯っている。


(……しぶとすぎるだろ)


由良が前脚付近へ回り込み、さらに追加の拘束ワイヤーを打ち込む。


瓜《うり》と草佳《くさか》は、傷口にアンダーバレルを押し当て神経ガス弾を連射。


射出された注射弾が、むき出しとなった肉へ突き刺さる。


ガシュッ――


薬液注入。


薬液は細胞外基質を押し広げながら毛細血管や組織隙を浸潤し、標的となる神経線維の周囲を瞬く間に侵食していった。


神経遮断。


“痛み”と“苦しみ”がかき消されていく。


筋弛緩。


身体を動かすことができなくなる。


だが――


竜はまだ和澄を睨んでいた。


(……)


その目を見て、和澄は理解する。


これこそが「支配者」の――「殺戮者」あるべき姿なのだと。


魔力が尽きても、

空を飛べなくても、

身体が動かなくても。


ただ、目の前の者を殺すために生きている。


それは、少しだけカカシに似ていた。


(ま、だからなんだよって話だけどな)


和澄は突撃銃を構える。


HUDの補正はいらない。


機筋原繊維を固定。


(今日はちょっと、“運”悪かったな)


銃口を、眼球と鱗の隙間へねじ込む。


黒竜の瞳が、大きく見開かれた。


(ま、“次”に活かそうぜ)


引き金に触れる。


バァンッ――!!


重く、鋭い音。


SAR-10突撃銃が、殴られたように跳ねる。


発射された6.8×51mm弾は、硬瞬膜と眼球を貫き、視神経をねじ切りながら、頭蓋中心へと突き進む。


血液、硝子体、体液。


すべてを撒き散らしながら、弾丸が頭蓋内部へ侵入する。


黒竜が無言のまま絶叫した。


格納庫全体が震える。


だが、和澄は止めない。


銃声が連続する。


0.067秒ごとに1発。

毎秒約15発、約900RPM。


反動が断続的な波となって腕部装甲へ叩き返される。


銃声が積み重なっていく。


肉が裂ける音。

骨が砕ける音。

脳核を削る音。


黒竜の身体が痙攣する。


巨大な尾が床を叩き、拘束ワイヤーが悲鳴を上げ、格納庫の照明が明滅した。


それでも。


和澄は撃ち続けた。


まるで。


故障した工作機械のように。


感情もなく、躊躇もなく、ただ、確実に。


黒竜の生命機能を削り取っていく。


やがて。


竜の動きが止まった。


……


―― 脅威評価|THREAT EVAL

対象=黒竜

状態=KIA


―― 任務評価|MISSION EVAL

排除成功率=100%


……


HUD上。


敵性識別《アカ》が消える。


外板を風が叩く音が鳴っている。


格納庫の床には、大量の血と砕けた黒い鱗。


そして――


“空の支配者”だったもの。


和澄は、銃口から立ち昇る硝煙を見つめた。





◇◆◇◆◇◆◇





昇降機は金属製レールを掴みながら、なおも敵秘匿航空基地へ向かって上昇を続けていた。


標高約18,000メートル。


格納庫内部。


黒竜の死骸は、すでに原形を留めていなかった。


目の間に転がる、「希少《レア》素材」


(我ながら完璧な解体……)


鎧にも、盾にも使えるよう、大きく剥がされた皮。

部位ごとに、仔牛ほどの大きさに捌かれた四肢と胴体。


収納式天幕のように、美しく折りたたまれた翼。

一本づつ丁寧に抜かれた爪。

抜かれた角。


頭。


床一面に広がるそれらを、和澄は無感情に踏み越えていく。


《アルファ1より全機。投下用意》


《アルファ2、了解》

《アルファ5、了解》

《アルファ6、了解》


格納庫の扉が、ゆっくりと開いていく。


召喚初日、大ツグミが運搬する箱《コンテナ》から投下された光景が脳裏をよぎった。


(そういや……そんなこともあったなぁ)


次の瞬間。


格納庫から“何か”が、外へ落ちた。


風に巻かれながら、 暗闇の向こうへ消えていく。


皮。

腕。

脚。


続いて、翼。


爪。

角。

眼球。


そして――


真っ二つに切断された顔。


(おー、ちょっと散らばったか……)


空の支配者、黒竜。


その死骸を、和澄たちは外へ撒いた。


「素材」として。


まるで、戦果報告をばら撒くように。


あるいは、「死」を宣伝するように。


遥か下方、雲海のさらに下にある街は大騒ぎになるだろう。


(知らんけど)


黒竜の破片が落ちていく。


その後ろから、別の瓦礫が落ち始めた。


使い捨て外骨格。対竜戦用特殊装備《リュウゴロシ》。


あるいは、「VIC-422」

あるいは、比丘だったもの。


扉のすき間から、欠片が落ちていく。


崩れ、砕け、粒子になりながら、下へ。


(またなー)


扉が閉まると、格納庫に静けさが戻った。


ここにもう生物はいない。

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