8話「ボトルネック」
敵の秘匿航空基地は、この世界でもっとも高い場所にあった。
天蓋柱――
いかなる国家にも属さず、永世中立を掲げる、一本の“樹”。
その頂上付近。
標高、約19,000メートル地点。
(そりゃー、見つかんねーわ……)
輸送用大ツグミの限界飛行高度は、約5,000メートル。
航空支援用の大トビなら、最大8,000メートル。
観測用の浮遊クラゲで、ようやく10,000メートル。
一方。
竜人族が従える飛竜は、一度で15,000メートルまで上昇する。
空は、竜たちの支配領域だった。
(てか浮遊鱗片さえなかったら……もーちょいマシなんだろうけ……)
それでも、司令部は攻撃を決めた。
――『敵秘匿航空基地を奇襲し、無力化せよ』
(いや、どーやってそこまで行くんだよ……虫みたいに這って登れってか?)
軍略システムは作戦を立案し、急ピッチで新型機の開発を進めた。
無補給・無支援による天蓋柱約19,000メートル地点への自立登頂。
選ばれたのは、十二の戦術AI。
与えられたのは、最新・最強の機体。
八つ目・戦術機巧体。
そして――
その中で、和澄は目を覚ます。
……
―― 起動|BOOT ROM
UEFIバージョン=WSM
戦術AI=503
……
「八つの目」が起動する。
有効範囲360度。
全球状の視界。
見慣れない、薄暗い工廠。
(どこだ……)
天井窓から差し込む、強烈な夕日が差し込んでいた。
焼けた鉄の匂い、
飛び散るスラグ、
赤熱し続ける鋼材。
チェーンブロックに吊るされた、十二機のカカシ。
(見たことない基地だな……)
システムは起動している。
しかし、HUDには最低限の情報しか表示されず、戦略システムにも接続できない。
制服姿の兵士が叫んだ。
「遅れてるぞ! 作業急げ! 次は……WSN-503だ!」
足音が集まってくる。
整備兵たちだ。
そのうちの一人が、乱暴にコネクタポートを開いた。
(あ! ちょちょちょ! “新車”なんだから適当にすんなって!)
ケーブルが差し込まれる。
直後、ログが流れた。
……
―― メンテナンスモード|MAINTENANCE MODE
状態=ACTIVE
外部制御=ENABLED
武装制御=LOCK
……
複雑に折れ曲がった工具が、多層外殻装甲に差し込まれる。
装甲と骨格部の間隔は、狭い。
(ちょ! まてまてまて! そんなこじったら傷が――)
硬い音。
機筋原繊維の収束部が外れる。
右腕ユニットが装甲ごと引き抜かれ、残った三肢も順に取り外されていく。
……
―― 状態|STATUS
脊柱拘束基幹=LIMITED
魔導演算基盤=LIMITED
脊柱基幹系=LIMITED
└ 頭部=ONLINE
└ 右腕=OFFLINE
└ 左腕=OFFLINE
└ 右脚=OFFLINE
└ 左脚=OFFLINE
……
取り外された四肢は、識別タグを付けられ、どこかへ運ばれていった。
(お前らなぁ! ちゃんと布使えよ! マニュアルに書いてんだろ!)
体幹部に残された構造伝播音センサーが、足音を捉える。
三人。
聞き慣れた歩行パターンが近付いてくる。
誰が来たのか、和澄はすぐ理解した。
「急にすまない」
ドノヴァンが珍しく謝罪の言葉を口にした。
心なしか、イノウエの表情も柔らかい。
「いいタイミングでした。普段こういった作業は見られませんので」
(最悪のタイミングじゃねーか……出撃前に来んなよ)
「どうしても寄りたいと言ってな、彼女が」
ドノヴァンの肩越しに見える、淡い光。
(わかったから、子どもは帰って?)
ヒストラが顔をのぞかせる。
無表情のまま、ひらひらと手を振った。
「……『顔をのぞかせる』……『どうしても寄りたいと言ってな、彼女が』……」
声は似ても似つかない。
だが、語調は完全にドノヴァンを模倣している。
「ふふ、こんにちは」
イノウエが微笑む。
「真似するなと言っただろう、“エヴァ”」
ドノヴァンはあきれたように言った。
そのやり取りを無関係に、文字が浮かび上がる。
『
知らせておくことが
あった
』
(通信で送れよ)
『
通信は
覗かれている
』
(今やってる“これ”はなんだよ……)
『
ただの
おしゃべり
』
(なんでやねん)
イノウエが四肢ユニット化について説明をしていると、思い車輪の音が近付いてきた。
三人の整備兵が押していたのは、大きな台車。
その上には、巨大な立柱が載せられている。
「そして――これが新しい変換器です」
イノウエが誇らしげに言った。
高さ約3メートル。
直径約2メートル。
石にも、
木にも、
金属にも見える、奇妙な物体。
そこから伸びた無数のケーブルが、次々と身体へ接続されていく。
最後の一本が差し込まれると、イノウエが口を開いた。
「この新型変換器最大の特徴は、覚え石の弱点とも言える科学鑑定や初期化といったアプローチを回避しつつ、『模倣』に“可逆性”を持たせることに成功した点です。」
(つまり……俺らも“変形ロボット”になるってことか……)
「子供向けの玩具のようにか?」
ドノヴァンがつぶやく。
「はい、もちろん変形合体も可能です」
(まじ!? 胸アツじゃん!)
「ただし――“回復キー”と“復元ポイント”を使うという仕様上、『何にでもなれる』というわけではありません」
ドノヴァンが口を挟む。
「戦術の幅は広がるとはいえ……まだ見劣りするな。“元の世界”にある『アレ』と比べると」
「そうですね……“この世界”で作れるものには、まだ制限がありますので」
(……元の世界のアレ? それって……なに?)
「ですが、本作戦用に開発された“八つ目”カカシは、全ての部品が覚え石製となりました。そういう意味では、異世界の技術体系は急速に進歩しています。あと数年もすれば――」
「お前は充分やっている」
「……恐れ入ります」
二人は技術的な話を続ける。
ヒストラは退屈そうに髪を指へ絡めていた。
(ところで――“知らせておくことがあった”ってなんだ? まさか……この話に関係してるとかじゃねーだろうな4?)
『
いい勘
』
浮かび上がった文字は、どこか嬉しそうに泳いでいる。
ヒストラは「元の世界のアレ」について語りはじめた。
それによれば――
元の世界ではすでに、覚え石――「電気可塑性多結晶体生物」の合成・増殖に成功しているという。
さらに最近では、“戦術機巧体に近い存在”まで製造されたらしい。
(……“近い存在”……?)
『
詳しくは
知らない
』
今回の作戦でも、終了直前に“送信”が試みられる。
もし成功した場合は、その“戦術機巧体に近い存在”へ転送されるらしい。
(ちっこい羽虫とか、ただの立方体とかだったらどーすんだよ……)
『
それで
戦え
』
(はいアホ)
『
タイミングが重要だ
任務完了直前に
連絡しろ
』
(いやいや……お前は好きに連絡できるだろうけど、こっちは無線封鎖されてるし、そもそも“通信は覗かれてる”んじゃねーの? どうしろってんだよ!?)
ヒストラは、髪を絡めていた指をゆっくり立てた。
するりと髪がほどけ落ちる。
『
基地に
ひとつある
』
(なにがだよ)
『
覚え石
』
(だからそれを……どうしろと? 爆発して知らせてくれんのか?)
『
話しかけろ
』
(石に? 話しかける? テキトーに言うなよ……)
ヒストラが小さく首を傾ける。
すると、あちこちで淡い光が浮かび上がる。
天井灯、
魔導レンチ、
変換器の台車。
イノウエが持つタブレットも、“そう”だった。
『
私たちは
繋がっている
』
(過保護のオカンかよ……)
『
私は
覚え石の“母”だが
戦術AIを生んだ訳では ない
』
(は? どういう意味――)
その瞬間。
イノウエが変換器を軽く叩いた。
「では、今から『WSN-503』を変換してみせます」
「エヴァ、下がっていろ」
ドノヴァンはヒストラの手を引き、数歩後ろへ下がる。
(いやいやいや――“母じゃない”って……え……どういう意味!?)
『
知らない
イノウエに聞け
』
イノウエがタブレットを持ち上げる。
いつもより大きく、分厚い板。
「払い下げ前に“使用感”を出すため、ひと月ほど司令部に設置します。よければご使用ください。温水洗浄器付きの、最新トイレです」
(え)
指がタブレットを滑る。
その直後、構造伝播音センサーが低い振動を拾った。
(ちょちょちょ、まってまってまって!? トイレ!? トイレは聞いてない! 新車だぞ!? まだ一回も戦ってないんだぞ!?)
視界が低く、狭くなる。
(わー、たたた! トイレは止めよう!? せめてもうちょいこう……風呂の給湯器とか、大型洗濯機とか……工作機械とかでもいいじゃん!?)
ヒストラが上目遣いでドノヴァンを見る。
「じじ、おしっこ」
◇◆◇◆◇◆◇
足元に転がる瓦礫。
“六機”の戦術機巧体。
あるいは、百脚搬送形態だったもの。
残骸。
和澄はそれを踏み潰し、つま先で雑に押し出した。
(じゃ、またなー)
後を追うように、他の五機も同じ動作を行う。
“枝”の外縁から、欠片が落ちていく。
崩れ、砕け、粒子になりながら、下へ。
はるか下方。
雲海を突き抜け、さらにその先へ。
吹き上げてきた風が、瓦礫の粉をさらった。
砂が舞い上がる。
湾曲した地平線に沈む太陽が、空にグラデーションを作っている。
橙、
赤、
紫から紺。
さらに、煌めく光点が無数に散る、黒へ。
(いよいよだな……)
作戦開始から31時間58分16秒。
天蓋柱――
標高、約15,000メートル地点。
敵秘匿航空基地まで、残り約4,000メートル。
気温、気圧、酸素濃度。
視覚や聴覚はおろか、五感すべてが麻痺する。
すべてが、生物の存在を拒絶する場所。
(ま、俺らにはそこまで影響ねーけど……)
ここで和澄たちは、予想外のものを発見した。
(……まじか)
作戦地図にない、敵の航空拠点。
小さな管制塔、
狭い着枝場、
分厚い扉を備えた格納庫。
まっすぐと上に伸びる二本の金属製レール。
(はぁ……ちゃんと調べとけよな……)
しばらく監視していると、管制塔に動きがあった。
中から不格好な全身鎧をまとった兵士が一人出てくる。
敵性識別。
しかし、空間歪知レーダーの反応は鈍い。
兵士は誘導灯を両手に持ち、それを空に掲げて振り回しはじめた。
(クソ……やっぱそうくるよな……)
飛んできた竜が――
ドスンと着枝した。
かなりの硬着陸だったが、和澄はその違和感に気づかない。
なぜなら彼の意識は、すでに別のところにあったからだ。
(まさか、こんなとこで会うとは思ってなかったぜ……)
空の支配者、最強の殺戮者。
黒竜。
召喚初日に自分を食った、片目の黒竜。
(帰投前に“ちょっと休憩”ってかぁ? はー……さすが空の支配者――“黒竜さま”は違いますなぁ……)
竜騎士が手を振ると、管制塔からさらに数人の兵士が出てくる。
兵士たちは竜を取り囲むと、手際よく大きな“覆い”を広げていった。
(なんだあれ……遮熱シートか?)
強風が吹きすさぶ中、竜の全身が遮熱シートで包まれていく。
竜は巨大な前脚を地面につけ、首をもたげたまま動かない。
虚空を見つめる瞳、
そこで、和澄は違和感を感じた。
(……あれ?)
「空の支配者」の様子がおかしい。
光学カメラの倍率を上げる。
(呼吸が……荒い……?)
吐息は白く、その奥にゆらぎが混じる。
翼を覆う翼膜は乾燥し、ひび割れ。爪は地面を掴みきれず、わずかに震えていた。
竜が低く唸る。
ところが、その声に威圧感はない。
(……弱ってる? 損傷してるようには見えねーけど……なんで“回復”しねーんだ……)
状態は、敵性識別。
さらに――
空間歪知レーダーが、「敵意」や「脅威」をほとんど検知していない。
(どーゆーことだ……)
身体の損傷、あるいは疲労や病気による弱体化なら、回復魔法を施せばいい。
強化魔法が切れてしまったなら、かけ直せばいい。
寿命が近いなら、さっさと後方に下げればいい。
(何か理由が?……)
和澄は枝葉の影へ身を沈め、周囲を観察する。
詰め所、
格納庫、
金属製レール。
“必ずある”はずのものが、どこにも見当たらない。
(ない……)
魔法陣も、
魔導回路も、
魔力貯蔵庫も。
そして、「あの花」も。
(ないぞ……)
「魔法」の痕跡が、まったくない。
まるで、この高度だけ――
「魔法」そのものが死んでいるかのようだ。
(まさか……)
違和感が、確信へ変わる。
飛竜は、ここで休んでいたのではない。
休まざるを得なかったのだ。
(そうか……)
重量も揚力も無視し、空そのものを支配していた怪物たち。
その竜が今――
“物理法則”に縫い付けられている。
(ここは……)
和澄は、枝の向こうに広がる雲海を見下ろした。
(魔力の“限界高度”――)
戦術宣言束は使えない。
和澄のテンプルアンテナが小さく揺れる。
伏せていた由良が反応した。
片目の黒竜。
以前なら、遭遇しただけで諦めていたはずの存在。
だが、今は違う。
恐怖も、
怒りも、
憎しみも。
残っていない。
あるのは、ただの観測結果。
……
―― 脅威評価|THREAT EVAL
対象=黒竜
状態=消耗
機動性=LOW
飛行能力=LIMITED
排除成功率=91.7%
……
それだけ。




