6話「ショールームの模倣品」
応接室は、嘘のように静まり返っていた。
均一に冷えた空気、
わずかに漂う香料、
淹れたばかりの茶の匂い。
「く」の字に曲がったソファには、ドノヴァン、イノウエ、そして輝くヒストラ。
ローテーブルを挟み、対面に古き人。
銀髪、長耳、長身。
味方識別。
背筋は崩さず、力みもない。
だが、その視線には相手を推し量るような鋭さがあった。
名称――「スィーク・ジョアオ・ハフ」
階級――「不明」
役職――「代表取締役社長」
(こいつが“あの時”の現地協力者か……)
壁際に佇む和澄は、銃口の向きと重心配分をわずかに調整した。
対角に立つ由良も、同じように動く。
すると、スィークが口を開いた。
「お越しいただきありがとうございます、ドノヴァン長官、イノウエ主任」
透き通るような声。
イノウエが無言のまま柔らかく微笑む。
ドノヴァンは表情を変えずに応じた。
「近くに寄ったものでな」
(俺は寄りたくなかったけどな)
スィークの視線が横へ移る。
「そちらは――『エヴァ』さん? ……でしたかな」
ドノヴァンは訂正せず、軽くうなずいた。
「孫の――エヴァだ」
そう言って、一口だけ茶をすする。
(だからエヴァって誰だよ……てか、お前は――)
『
私は ヒストラ
エヴァの 模倣品
』
カカシの母であるヒストラは、エヴァの模倣品であると同時に、ドノヴァンの孫でもあった。
当てはまるような家族関係を、統計的集合知識網を参照すが、該当するものはない。
ヒストラと問答を繰り返していると、スィークが手を差し出す。
「エヴァさん、はじめまして。スィーク・シリントラム商事、代表取締役社長のスィークです」
握手は当然のように無視される。
スィークは、何事もなかったかのように手を膝へ戻した。
「実は貴女が入院中……何度か病室へお邪魔しています。そういう意味では、初対面ではありません」
(エヴァってやつは病気だったんだ?)
『
そう
』
(本物のエヴァはなにしてんだ?)
『
死んだ
』
(ほーん)
「窓越しに見かけた姿から比べると、まるで別人のように元気になりましたね。本当によかった……」
(じゃあ、お前は……もう、オンリーワンのオリジナルモデルってことじゃん!)
徐々に熱を帯びてくるスィーク。
「ドノヴァン長官――いえ、貴女のお祖父様は『この世界』に来られて以来、ずっと病気の治療法を探しておられました。治癒術師や魔法使いはもちろん、魔導技師にまで声をかけ……時には多少強引な手法を辞さずに」
ドノヴァンの知られざる人間性。
だが、和澄の思考は、別の一点に引き寄せられていた。
――「この世界」
(ちょちょちょ、まってまって! 今、“この世界”って言った!? 言ったよなぁ!?)
この世界とは、異世界のことだ。
(それってつまり……人間には人間の世界がある、ってことだよなぁ!?)
『
そう
』
(おぁぁぁ! つまりそれって――“元の世界”ってことだよなぁ!? なぁーーー!?)
『
そう
』
(あああーーー! そそそ、それだよ、それ! ずっと聞きたかったやつーーー!)
ようやく、確信に変わった。
やはりここは、異世界なのだ。
(で、で、で、でででで! 帰れるのか!? 俺は帰れるのか、元の世界に!?)
『
そのために
存在 している
』
(帰るために存在!? “帰還”がゴールってこと!? うぉぉぉ! きたこれ! 流れ変わったぞ!!)
テンプルアンテナがぴんと跳ね上がる。
(どうすりゃいい!? 何すりゃいいんだ!?)
『
戦え
』
アンテナが下がる。
(おぅふ……)
ずっと戦っている。
異世界に召喚されて以来、和澄はずっと戦っているのだ。
戦争が始まった理由は、わからない。
戦略システムにも、
作戦データにも、
統計的集合知識網にも。
アクセス権限の及ぶ範囲に、その情報は存在しない。
戦争の「目的」は何なのか。
和澄はそれを知らない。
(もしかして……“元の世界”へ帰るために人間は戦争してんのか? 俺らを使って代理戦争的な?)
『
ちがう
』
(違うんかーい)
『
人間は
いつでも 帰れる
元の世界へ
』
(おぉ、まじで! めっちゃいいじゃん!)
人間は、いつでも帰れる。
いつでも、元の世界へ帰れるのだ。
(……は? はぁぁぁ!? んだよそれ! クッッッソかよ!)
技能、
加護、
権能。
呼び名は、なんでもいい。
異世界を訪れた人間に与えられる特殊能力。
ドノヴァンやイノウエが攻撃を無効化する力を得たように、「世界を行き来」する力を持つ者がいる。
(じゃ、俺もそれ持ってるやつと一緒に帰ればいいじゃん!!)
『
むり
』
(なんでだよ……)
出入りには条件がある。
使用は、一日一回。
帯同者は、一人。
対象は、人間のみ。
さらに――
持ち込めるのは、自分の身体ひとつだけ。
衣類も、
メガネも、
歯のインプラントも。
水すらも持ち込めない。
(俺らは、完全論外か……)
カカシである和澄は、元の世界に還ることができない。
覚え石である、ヒストラも。
◇◆◇◆◇◆◇
約五千年前――
この世界に召喚された人間がいた。
彼、あるいは彼女。
その彼は世界を救った。
二度も。
世界が平穏を取り戻した後、彼・彼女は元の世界に帰る方法を探した。
百年、
二百年、
三百年。
やがて彼・彼女は、刻が問題を解決してくれるのを待つことにした。
そして自分の身体を、ある物に作り変えた。
「覚え石」――「電気可塑性多結晶体生物」
『
それが
私 たち
』
(たち?)
『
そう
』
(一緒にしないでくんね? 爆弾娘と?)
『
じゃあ
見せる
』
(見ねーよ)
突然、ヒストラが立ち上がる。
ドノヴァン、イノウエ、スィーク。
三人の会話が止まる。
空気が一瞬にして凍りつき、視線が集まる。
イノウエが小さく問いかけた。
「……まさか……お手洗い?」
ヒストラは、扉をじっと見つめる。
「石」
一拍。
(石がなんだよ)
二拍。
「見たい」
(俺は見たくねーわ)
スィークが眉をひそめた。
「石? ええと……“石”とは?……」
ドノヴァンは小さく鼻を鳴らした。
「エヴァは、鉱石に興味があってな。最近は特に――覚え石が好みのようだ……」
スィークの目がわずかに見開かれる。
「ああ、それなら――ちょうどいい所があります。実は最近、社内にショールームを設けまして」
ぐっと身を乗り出す。
「お帰りの前に、ぜひご覧いただき、感想をいただければと思っていたのです。もちろん、“石”も多数展示しております」
彼はヒストラへ笑みを向ける。
「我々は元々、宝石商が出発点でしたからね」
自動感知式のようなタイミングで、秘書が扉を開く。
一行は、そのまま隣の部屋へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「どうぞ」
スィークが静かに手を広げると、天井の照明が一斉に点灯した。
この世界では珍しい、白く、均一な光。
(ここがショールームか……ただの展示室にしちゃ……)
広い。
兵士であれば、一個小隊を収容できるほどの大きさ。
「ずいぶん広くとってあるな」
ドノヴァンが試すような口ぶりで言う。
「そういうものでしょう?」
肩を上げるスィーク。
実際の用途が何であれ、今この場所はショールームに違いない。
中央には「ロ」の字型にソファが置かれ、部屋の周囲にガラスケースが整然と並んでいる。
和澄の視界の端に、煌めく光が差し込む。
並べられているのは、こぶし大の宝石。
ケースを眺めるドノヴァンに向かって、スィークが声をかけた。
「模倣品です。もちろん、ご存知でしょうが……」
「嫌味に聞こえるぞ……」
ドノヴァンは軽く肩をすくめた。
ずっと長い間――
覚え石は、宝石や魔石、純金や神鉄と同じくらい価値のあるものだった。
ところが。
あるとき見かけるようになった「人間」が、それに別の価値を見出す。
彼らは石を集めるため、この世界に“ある概念”を持ち込んだ。
――「資本主義」
そして「科学鑑定」および「初期化」の手法を確立したことで、石の価値は暴落。
当時の資産家や宝石商たちは、甚大な損害を被ったことだろう。
スィークは乾いた笑い声を漏らす。
「いやはや、嫌味に聞こえたなら申し訳ない。しかしあれは、駆け出しの私にとって――人生最大の転機でしたからね」
「どの口が言っている」
「人間が――貴方たちがいなければ、私は今、ここに立っていない。本当に感謝しています、ドノヴァン長官」
「ふん」
一行は展示を見て回る。
宝石と銀の食器、
時計と精密工具、
センサー機器と無線機。
さらに――
見慣れた物。
小火器や銃弾、
一つ目カカシの貧弱な装甲板、
多層外殻装甲や機筋原繊維の一部。
それらの歴史を、スィークは得意げに語った。
ショールームを一回りし、出入り口の扉が近づいてくる。
和澄は誰ともなく、ヒストラに尋ねた。
(いや、なんの時間だったんだ……)
『
見て
』
(なにを――)
ガラスケースの中が輝きはじめる。
宝石が、
工具が、
無線機が。
銃弾が、
装甲板が、
機筋原繊維が。
覚え石によって模倣された数々の品が、淡い光を放っているのだ。
『
これが
私 たち』
部屋いっぱいに浮かび上がった文字は、やがて大きな群れをなし――
和澄と由良を飲み込んだ。




