5話「ニんほ語」
生ぬるい風が温度センサーに触れる。
(え)
目覚めると、和澄はバスの中にいた。
後部ドア付近。
(は?)
視界の先に、運転席横で車内を監視している前方警戒。近接だった三機は、車体を取り囲み、並走している。
(ん? んんんん?)
通路を挟んで座るドノヴァンとイノウエ。
その後ろに、ヒストラ。
由良は車体中央で、近接を担当。
——最初から、そうだったかのような配置。
(えまってまって、なにこれ?)
タブレットを見つめるイノウエに、ドノヴァンが首を傾ける。
「分かったか?」
(うん。わからん!)
「はい、長官」
顔を上げるイノウエ。
「作戦データが上書き処理されたようです。司令部がルート変更の許可を出したようで……」
「なんだと?」
イノウエがタブレットを指し示す。
和澄も同じようにデータを参照する。
(え、そんなのあった? えまじ? なかったよな……)
——ある。
ルート変更、許可済み。
(あるやん)
納得しかける。
(いやいやいやいや……ないないないない! 絶対なかった!)
最後にデータを確認したとき、ルート変更の許可はなかった。
(えぇ……もしかして、不具合!?)
これまでに何度も破壊され、眠りについた。
そして、何度も目が覚めた。
だが、任務中に意識が途切れたことはない。
一度も。
それが、ヒストラと目が合った、その瞬間。
和澄は「自分」を失ってしまった。
あり得ないミス。
(ついにお払い箱の時期が来たか……戦術AIって廃棄されたらどうなるんだろ……)
診断プログラムを走らせるか、「爆弾娘」の脅威評価を行うか、優先順位が定まらない。
そのとき、視線に気づく。
誰かこちらを見ている。
不具合の張本人。
(はぁ……なんだよ……今、セカンドライフを考え中なんだけど?)
非追跡周辺野の中で、彼女は淡い光を放っている。
(てか……爆発すんじゃねーぞ)
ふと、既視感に襲われる。
視界の端が、わずかに歪む。
空間歪知レーダーが異常な動きを見せる。
(ちょちょちょ……まてまてまて……やめろやめろやめろ……)
文字が浮かび上がる。
『
須磨ない
渡しガヤッた
』
第一公用語でもない。
知恵人語でもない。
システム言語とも違う。
あの文字。
『
すまない
私がやった
』
(ああ……クソ……)
この後、起きることは想像し易い。
爆発、自爆。
和澄は瞬間的に戦術宣言束を飛ばそうと準備した。
(由良はイノウエに! 俺はドノヴァンを!)
しかしなぜか――
システムはそれを受け付けない。
(ッッッッ!? なんでやねんッ!?)
……
―― 被害評価|BATTLE DAMAGE ASSESSMENT
人員損失=3(KIA)
機体損耗=6 UNITS(DESTROYED)
―― 任務評価|MISSION EVAL
任務達成度=PARTIAL
損害許容範囲=EXCEEDED
……
爆発は起きず、予想していたログは流れなかった。
(……ん? あれ?)
爆発の兆候すらない。
(ふ……不発?)
空間歪知レーダーは沈黙。
敵意なし。
脅威なし。
ただし――発光現象は継続。
文字が浮かび上がる。
『
落ち着け
爆弾じゃない
』
(爆弾じゃ……ない? 爆弾が言う、それ? まぁ……爆弾じゃないなら、よかっ――)
和澄は無意識のうちに、その文字へ話しかけていた。
(って――おかしいおかしい! 誰!? なにこれ!?)
『
私は
ヒストラ
』
(え、え、えぇ!? どーゆーこと!?)
センサー、異常なし。
IFF、変化なし。
脅威判定、なし。
ログ更新、なし。
ステータスに目を通し、身体に異常がないのを確認する。
(……全機能、正常)
システムは、相変わらずパケットや通信を受け付けない。
和澄は「声」を封じられ、冷静になった。
(てかなんで……“会話”……できたんだ?)
この世界で、言葉を気にしたことなど、一度もない。
第一公用語も、
連合国語も、
土着語も。
どんな言語でも読める。
戦術AIとはそういう存在だ。
ログやパケットに“システム言語が”使われていることは知っている。
だが、「自分」の思考言語が何語なのかは、考えたこともなかった。
(……あれ? 俺って、何語で考えてんだろ……)
泳いできた文字が口を開く。
『
これは
ニんほ語
』
(なるほど、“ニんほ語”か……――って、勝手に入ってくんなよ!)
ふいに、テンプルアンテナがブルッと震える。
人間を不安にさせないための、意味のない待機動作。
普段なら誰も気にしない。
ところが――
由良も同じように、アンテナを震わせているのが見えた。
(え……まさか……)
アンテナが下がり。
先端と先端が「見つめ合う」
この身体に、“視線”など存在しないにも関わらず。
(もしかして……視えて……る?)
直感的にアンテナを「まじ?」と揺らすと、由良はアンテナを一度だけ下げた。
それが、答えだった。
(まじか……)
だからといって――
爆発の危険性がなくなったわけではない。
状況は不明。
過度な刺激は禁物だ。
和澄は、慎重に尋ねた。
(お前……何モンだ……)
『
私は
母
』
(は? 母? いやそーいうのはいいから……)
『
すべての
覚え石の 母
』
(まぁ……うん。……てか少なくともお前は人間じゃなく……覚え石ってことだな)
『
そう
私は ヒストラ
エヴァの 模倣品
』
(また意味わかんねーことを……エヴァ? そりゃ誰――)
そこで。
バスの速度が落ちてくる。
(ああ、クソ……最悪のタイミングだ……)
先行していた仲間からクリアリング完了の連絡が入る。
『
後で 話そう
』
(あ、ちょ、まっ――)
和澄は降車に備えた。
バスが停車し、扉が開くと、ムワっとした熱気が車内へ流れ込んできた。
前方警戒と由良が先に降車。
《クリア》
外周の三機は、それに合わせて隊形を再構築。
続いてドノヴァン、イノウエ、ヒストラ。
《クリア》
最後に和澄が降りると、バスは走り去っていった。
《アルファより全機。作戦を継続》
真昼の炎天下。
降り注ぐ熱線の下を歩く住人は少ないが――ゼロではない。
停留所周辺では、警察官カカシによる通行規制が行われていた。
突然足止めを食らい、不満の声を上げる住民。
「急いでるんだけど、早く通してくれない!?」
「またかよ!? さっさと終わらせろよ!」
「ママぁ~、もう行こうよ~」
警察官からの声。
「はーい下がってー! 危ないよー! 兵隊さんに撃たれるよー!」
(撃たねーよアホ……)
人が滞留し始める。
(これ以上集まってくるとまずいな……)
突然、ドノヴァンが前方の建物を指さした。
視線の先には――黒い鉄製の扉。
六階建ての外壁は色の違うタイルやモルタルで継ぎ合わされ、ところどころに銃痕を塞いだ跡が残っている。
HUDに詳細は表示されない。
表札も、看板もない。
住居か、それ以外かも不明。
「みんな行くぞ」
(行くぞ。じゃねーよアホ!)
すると――
戦略システムが建物の詳細を送ってくる。
(……“スィーク・シリントラム商事”……? 前に聞いたことあるよーな……)
イノウエはすでにヒストラの手を引き、歩き出していた。
(ちょちょちょ! まってまって、行くの!? まじ!?)
隊形が動き出す。
イノウエが尋ねた。
「長官。どういった施設です?」
(いや、知らねーのに行こうとすんなって!)
ドノヴァンは前を向いたまま答えた。
「言うなれば――初期の軍産複合体のようなものだ。各種資材の調達や、カカシの部品製造を担っている」
(え!? そなの!?)
「もしかして……“潜入作戦”を手引きした、例の現地協力者……」
「ああ。世界一の平和主義者が営む、“悪役企業”だ……」
ドノヴァンは黒い扉の叩き金を乱暴に鳴らし、監視カメラへ吐き捨てるように言った。
「スィークに伝えろ。ドノヴァンが来たと」




