4話「ヒストラ」
和澄は探した。
あの花――
開花反応型爆弾を。
花は、すぐに見つかった。
森や川で、
街中の片隅で、
山積みになった屍で。
爪先ほどの魔力さえあれば、高山にも、砂漠にも咲くという、四季咲きの宿根草。
それが、花の正体だった。
(こんな身近にあんの!? てか花ってどこにでも咲いてんだな!)
しかし、花はただの花。
反応はない。
光ることも、語ることも、爆発することもない。
(ですよねー……)
本物の花では、だめなのだ。
偽物の花――覚え石でないと。
(そんなのどこにあんだよ……)
そうしている間にも、状況は刻々と変化する。
総起動回数が5,555回を越えた頃――
和澄は、また「先へ」進む。
六つ目・戦術機巧体へのアップグレード。
(えーと……何回目? ……3回……いや、4回目か)
視界が広がり、
権限が増え、
思考の届く範囲も拡張される。
周囲300度全球状の視界、
小隊までの指揮権と独自の裁量権、
戦略システムへの限定的アクセス権限。
その先にあったのは——
“存在の深化”ではなく、「繰り返しの洗練」だった。
任務はもはや、競技というより、作業に近い。
だからこそ彼は、同型機たちや由良と行う高難度・少数精鋭の任務に、熱を見出した。
そして、また――
和澄は目を覚ます。
……
―― 起動|BOOT ROM
UEFIバージョン=WSM
戦術AI=503
……
揺れる車体、
唸る排気音、
周期的に鳴る懸架クレーン。
装甲輸送車内には、六機のカカシ。
任務はここ十数回ほど代わり映えしていない。
(また知恵の街……最近ほんま多いな……)
人間が少しずつ増えるにつれ、与えられる任務は変わっていき、要人警護の任務が増えていった。
それが戦略的に何を意味するのか、和澄には分からない。
だが、任務に変わりはない。
(……ん?)
街の様子が変わっている。
(もしかして……また雰囲気変わった?)
少し前まで、通りには冷たい風が吹いていた。
今日は――何かが違う。
乾いた風が砂を巻き上げる。
気温40.5℃ 。
湿度21%。
太陽は真上。
(……季節の問題?)
違う。
折れた街灯は修復され、不自然な陥没は埋められている。焼け落ちた建物は撤去され、そこには小さな市場が出来ていた。
呼び込みの声、
行き交う人波、
並ぶ露店。
店主の一人が笑みを浮かべていた。
(あぁ! 復興してるってことか! そういや、店も車も増えてんな!)
車が信号で停車する。
服を着た「警察官」仕様のカカシが、交通整理を行っていた。
(ゾンビも、めっちゃ増えてんじゃん……)
機能不全を起こした戦術AIを改良した、遠隔操作で動く機巧体。
主たる操作者は人間。
その戦闘能力は低く、前線に出せるレベルではない。
ところが彼らは、どんなものにも“存在理由を見出す”という「力」を使うことができた。
それは、戦略システムや戦術AIには決して真似できない、すばらしい創造力だった。
(またやり直せるなら……次はやっぱ人間だよなぁ……)
信号が変わる。
車は総督府の置かれている建物へと向かう。
検問とバリケードを越え、敷地内へ入る。
元々図書館として使われていた、赤レンガ造りの建物。
左右対称に広がる翼棟と中央の高い塔。白い石の縁取りが全体に重厚な印象を与えている。
正面アプローチは素通りし、裏側の駐車場へ。
整然と並ぶ車両群。
正面とは対照的に裏側は装飾がやや控えめで、街を支える現場の空気が漂っていた。
無数の味方識別。
ゲートや塔、屋上には、五十機ほどカカシ。
搬入口付近の死角、
張り出し構造物の陰、
屋上設備の裏。
車が止まる。
懸架アームから降ろされると、同型機たちが「よぉ」とアンテナ立てた気がした。
(うーす。今日もよろしくなー)
任務は――いつもの要人警護。
合流地点へ向かうと、その対象が見えてきた。
人間が一人、二人――
……三人。
最初の二人は、“顔なじみ”。
つばの広い麦わら帽子をかぶった、グレースーツの男。
いつのまにか肩書きが変わり、“国防長官”となっていたドノヴァン。
サングラスをかけ日傘をさした、パンツスーツの女。
“主任研究員”となったイノウエ。
謎の“力”で物理・魔法攻撃を無効化する「無敵の人」。
(てかお前ら……そもそも警護とかいらんだろ)
そして、最後の一人。
それだけが、違った。
(おいおいおいおい……なんだなんだ……)
空間歪知レーダーが、見たことのない反応を示す。
灰色に沈んだ非追跡周辺野に、“光”が浮かぶ。
センサー、異常なし。
IFF、変化なし。
脅威判定、なし。
ログ更新、なし。
だが、何かが、おかしい。
明らかに。
(いやいやいや……)
淡い光を放つ、少女。
この場にいる人間は誰一人、その光を「視」ていない。
(えぇ……なにこれ……)
小さな麦わら帽子。
白いワンピース。
真っ白な髪。
虹色に輝く瞳。
視覚が、
聴覚が、
嗅覚が、
味覚が、
触覚が――
すべてが、吸い寄せられていく。
少女の名は、「ヒストラ」
◇◆◇◆◇◆◇
総督府付近では、検問が始まっていた。
魔力切れで地表まで落下してきた浮遊鱗片群を縫うように、監視用の小型機巧体が飛び回る。
警護対象が無敵の人であろうと、光を放つ人間であろうと、任務に変わりはない。
和澄は視察ルートをなぞり、戦術宣言束を飛ばした。
《アルファより全機。作戦開始》
裏口のゲートが開く。
《アルファ、前進》
六機のカカシが、三名の人間を囲む。
前方警戒が一歩先行。
近接の三機が、人間に触れられる距離を維持。
和澄は指揮機として全体を俯瞰。
後方警戒は、由良。
——その動きに、わずかな違和感。
(……どうした、由良)
すぐに修正。
隊形に乱れはない。
(なんだそりゃ……)
太陽を手のひらで遮り、ドノヴァンが目を細める。
「なるほど……散歩日和だな」
肌を焼くような熱気が、センサーにも伝わってくる。
「気温101°F、湿度20%。ここ一週間では、比較的涼しいほうです」
イノウエは日傘をドノヴァンに寄せた。
「いらん。一緒に入れ」
彼は首を横に振り、顎でヒストラで示す。
傘の下、影の中、少女は淡く光を放っていた。
その輝きは――覚え石で出来た、あの花を思わせる。
(こいつが例の“ヒストラ”か……)
以前、ドノヴァンとイノウエが口にしていた名前。
(たしか前は……三か月くらい眠ってるとか言ってたっけ?)
ドノヴァンが肩越しにヒストラを見た。
「近くを一周するだけだ。いいな?」
表情は変わらず、返答もない。
代わりにイノウエが答えた。
「喜んでいます、きっと」
「ふん」
「検査の結果、五感はすでに完全に機能しています。感情や人格については不明な点が多いですが、長官やご家族の顔を見た際、特定の脳波パターンが観測されており、何らかの記憶が呼び起こされ――」
ドノヴァンの片眉がぴくりと動く。
「簡潔に」
「我々は……成功したと考えています。『模倣』が」
一瞬の沈黙。
「……そうか」
イノウエは慎重に話を続けた。
今日になって初めて「成功」という言葉を使ったこと。報告書の完成は、まだ先だということ。「科学」にも「魔法」にも限界があること。
その話を聞きながら、和澄はヒストラに関する情報を更新していく。
――彼女は、ずっと眠っていた。
その期間は、二年に及ぶ。
(まぁ、それくらいなら……あり得る……のか? 寝てたらあっという間だしな)
――食事として“覚え石”を摂取している。
(え……まじ? 人間って石食うの? それって……石のままじゃないよな?)
だが――
ヒストラが放つ光には、誰も気づいていない。
(めちゃ光ってるやん!?)
和澄は、人間のことをよく理解できていない。
世界をどう感じるのか、
どのくらい眠るのか、
何を食べるのか。
光るのか、
光らないのか。
それすら分からない。
性別や年齢を見分けることは出来る。
だが、人間の「普通」が何なのかは理解していなかった。
(まぁ……そういうタイプの人間も――)
いない。
いるはずがない
(てか人間じゃねーだろ……お前……)
覚え石は、条件次第で近くの物体を模倣する。
本物そっくりに。
花を再現可能なら、人間も――
(こいつも……爆弾だ……)
覚え石で作られた新型爆弾は、外見と爆発力が一致しない。
むしろ、内部構造や意識レベルが複雑になればなるほど、威力は上がると言われている。
一輪の花ならワンフロア。
花束ならビル一棟。
花畑なら基地ひとつ。
では、ペットや人間なら。
(そーとーやばいぞ……)
万一に備え、周囲の状況を確認する。
司令部への報告、
爆発物処理ユニットの要請、
科学鑑定と爆発物脅威評価を行える場所。
警護ルートから安全域を洗い出す。
そのとき。
(うわっ、まじかよ!)
進路上の路肩に、乗合バスが停車していた。
窓には数人の乗客の影。乗務員がボンネットを開け、何か作業をしている。
(なんでこのタイミングで、そこに停まってんだよ!? 警察官はなにしてんだ!?)
パケットを飛ばす。
《アルファ1より全機。前方バス、前処理》
ふと、ヒストラが立ち止まる。
バスを指差し、無表情に、一言。
「乗る」
一拍。
(乗らねーよ、アホ)
二拍。
「乗る」
(だから乗らねーって、アホ)
ドノヴァンの頬が、わずかに緩む。
「なにを言い出すかと思えば……困ったやつだ」
(それな)
平静を装おうとした低めの発声。
それは、語尾にかけて数十ヘルツほど高くなり、抑えきれない明るさが混じっていた。
彼は――
喜んでいた。
わがままな孫に振り回される、祖父のように。
「ルート変更だ。いけるか、イノウエ?」
イノウエは首を横にふる。
「私の権限では出来ません。それに、司令部の許可も必要です」
(そーだそーだ! 無理なもんは無理って言おうぜ!)
「このまま進みましょう」
(とりま今は、爆弾娘を処理しねーと!)
先を急ごうと、イノウエがヒストラの背中を軽く押す。
「嫌」
手を払い、そのまま後ろを振り向く。
放たれた光が和澄を照らした。
(あ、まぶ……)
訴えかけるような上目遣い。
(は? なんだよ)
ルートの変更。
予定になく、許可もない行動。
“戦争の駒”ごとき、盤面は変えられない。
(てか俺に言ってもしゃーねーだろ。せめてドノヴァンに言えよ……)
ヒストラは、“視て”いた。
六つ目の奥、
多層外殻装甲の奥、
柱拘束基幹の奥。
さらに――その奥。
魔導演算基盤のどこかに存在する、「和澄」そのものを。
『
乗る
』
(だから乗らねーって、アホが)
『
ルートを
変更する
』
(は? なに言――)
……
―― 上書き処理|OVERRIDE
OVERRIDE FLAG=TRUE
拒否権限=NONE
遅延許容=0.00s
既存任務状態=SUSPENDED
―― 最優先任務登録|PRIMARY DIRECTIVE
任務コード=HQ_ROOT ACCESS
任務内容=CLASSIFIED
達成条件=MANDATORY
撤退条件=NONE
……




