8.早速ですが、問題発生です
五日目の昼過ぎ、馬車が大きく揺れて止まった。
窓の外を見ると、石造りの古い門が見えた。
門柱には風雪で削れた紋章がかすかに残っている。
壁はひび割れ、見張り台の屋根は半分ほど崩れていた。
その向こうに、灰色の空の下、低い建物が並んでいる。
煙は上がっているが、勢いが弱い。往来を歩く人の数も少なく、全体に色が薄い。
――フェルミア。北方辺境の拠点都市。
「……寒そうだな」
「見ただけでわかるんですね」
「流石にわかるだろ……これは」
馬車の外から、控えめに扉が叩かれる。
「アルト殿下。お迎えの者がきております」
侍従の声にうながされ、俺は渋々、外套をかき合わせて馬車を降りた。
足元の石畳は冷たく、空気は王都とは比べものにならないほど硬い。
吐いた息が白くなる。
すぐ後ろに降りたリリアが、さりげなく俺の外套の襟を直した。
「首元を閉じてください。風が入ります」
「母親みたいなこと言うなよ」
門前には十人ほどの出迎えが並んでいた。
疲れた顔をした役人たち。
くたびれた鎧の騎士。
年若い兵士。
そしてその中央に、一人の男が立っている。
年は二十代半ばほどだろうか。
飾り気のない軍装の上に厚手の外套をまとっている。
背筋は真っすぐだが、目の下には薄く疲労が滲んでいた。
男は一歩進み出て、膝を折る。
「お初にお目にかかります、アルト殿下」
声音は落ち着いていて、無駄がない。
「フェルミア防衛隊隊長、リカルドと申します。領主不在のあいだ、領内の治安維持と臨時統括を任されておりました」
ーー臨時統括。
つまり、現地で実際に全部回していた人間、ということだろう。
俺は一瞬で理解した。
この人はたぶん、かなり有能だ。
そして、この人ーーこの世界の社畜だな。
「……どうも」
俺も王子らしい顔を作って応じる。
「第五王子、アルト・レイヴェルトです。ええと……よろしくお願いします」
本当は「できればあまり仕事を増やさない方向で」と続けたかったが、さすがに初対面でそれは我慢した。
リカルドは顔を上げ、俺をまっすぐ見た。
その目には、歓迎と警戒と、そしてごくわずかな諦めが混じっているように見えた。
――なるほど。つまりこういうことだ。
”十二歳の子供なんかに期待していない”
たぶん、そう思われている。
「お疲れでしょう。まずは屋敷へご案内いたします」
ーーその時だった。
遠くで、鐘の音が大きく鳴り響いた。
短く、鋭く、街の空気を切り裂く警鐘だ。
出迎えの面々の顔色が変わる。
兵士の一人が駆け込んできて、息を切らしながら叫んだ。
「リカルド様!! 魔物の群れが――!」
空気が一変した。
リカルドは即座に振り向く。
「規模は!?」
「灰牙狼が十三! 小鬼が八! あと、後方に一体、角持ちがいます!!」
出迎えどころではなくなったのだろう。
騎士たちが一斉に走り出し、役人たちは青ざめたまま散っていく。
「……最悪だ」
到着早々、俺の安眠計画は魔物の群れに脅かされていた。
つまりこれは、俺の快適な生活圏への明確な敵対行為である。
ならば――
俺はため息をひとつつき、外套の袖の中で指を軽く曲げた。
その瞬間、すぐ後ろでリリアが小さく声を落とした。
「殿下」
「何?」
「……あまり、目立ちすぎませんように」
短い一言だった。
まったく、よくできた共犯者である。




