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社畜転生〜転生したら第5王子だったので、ダラダラ過ごしたいと思います〜  作者: 桔梗


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6.あれ、これ仕事じゃない?

そう考えた瞬間、頭の中に、いくつもの改善案がすらすらと並び始めた。


寒冷地なら、まずは断熱だ。

屋敷の窓枠と壁の継ぎ目に薄い保温層を張る。

暖炉だけに頼るのではなく、熱を循環させる。

飲み水は浄化と加温が必須だし、食糧庫には保存結界をはらないとな。

寝具は絶対に最優先で改良しなくちゃいけないしーー。


――いや。


そこで俺は、はっと我に返った。


「ちょっと待てよ……」


「どうかなさいましたかな、殿下」


「これ、完全に仕事では?」


オズワルドが白髭を撫でながら、いかにも穏やかな顔でうなずく。


「ええ。実に立派な仕事ですな」


「やっぱりか!」


思わず声が裏返った。


危ないところだった。

あと一歩で、俺は自分から率先して面倒ごとへ突っ込むところだった。


元社畜の悪い癖である。

実に忌々しい呪いだ。


オズワルドは少しだけ肩をすくめた。


「ですが、快適な暮らしというものは、誰かが整えねば得られぬものでもあります」


「そんな真理っぽい顔で言わないでください。今、俺はかなり危ないところにいたんです」


「危ないと言いますと?」


「危うく、自発的に働くところでした」


「それはそれは、確かに危ういですな」


他人事みたいに言うな。


俺は額を押さえながら、廊下の窓の外を見た。


王都の庭園は、今日もよく整っている。

花は季節に合わせて植え替えられ、噴水は澄み、芝は短く刈られている。

あれだって、誰かが毎日やっているのだ。

俺が何も考えず昼寝できるのは、その誰かのおかげである。


(……うん。考えるのはやめよう)


感謝までし始めると、労働肯定派に堕ちる危険がある。


「とにかく!」


俺は姿勢を正した。


「行くしかないなら、被害を最小限に抑えます」


「被害ですか?」


「僕の心身と睡眠時間への被害です」


すると、オズワルドは満足そうにうなずいた。


「たいへん結構。それでこそ殿下です」


「褒められてる気がしないのですが……」


「褒めておりますとも、ええ」


その目が妙に楽しそうで、少し腹が立つ。


「ひと月あります。準備は十分になさるとよろしい」


「師匠」


「なんですかな」


「その“準備”って、具体的には何をすればいいのでしょうか?」


問うと、オズワルドの目が、すうっと細くなった。

あ、嫌な予感がする。


「そうですな。まずはフェルミアの気候、地勢、主要な街道、冬期の降雪量、魔物出現域、物流の停滞箇所、現地の人員構成、税収の推移、直近五年以内の被害報告、あと現管理官が残した書類一式をーー」


「……ちょ、ちょっと、待って!!」


「はい、なんでしょう?」


「それ、準備じゃなくて、もう仕事じゃないですか!」


即答した俺に、オズワルドはやれやれと言わんばかりに肩を落とした。


「殿下。敵を知らねば、快適な寝台も作れませんぞ」


悔しいことに、そこは全面的に同意だった。

かくして俺は、不本意ながら、ひと月のあいだでフェルミアに関する書類を叩き込まれることになった。


ーー結果から言う。フェルミアは想像以上に終わっていた。


冬は長いし、夏は短く、秋は一瞬で終わるため、農地は痩せ、暖房用の薪は不足気味。

街道は半ば崩れ、商隊は敬遠し、村は年々人口を減らしている。

さらに北の魔物の生息域が広がりつつあるのか、ここ最近の魔物の出現率が高く、魔物避けの結界もだいぶ弱っているらしい。


「……なんで、そんなところに人が住んでるんですか」


思わず漏れた一言に、オズワルドは文机の向こうで涼しい顔をした。


「故郷を愛しておるのでしょうな」


「……故郷……」


その一言に、胸が少しだけ軋んだ。

もう二度と戻ることのできない故郷、向こうに残してきた両親のことが思い出された。


書類を読み進めるうち、俺は少しずつ奇妙な感覚を覚え始めていた。


終わっている。たしかに終わっている。

だが、逆に言えば、やることがはっきりしているのだ。


大規模魔法で山を吹き飛ばせとか、巨大な魔物を一撃で倒せとかいう、無理難題を押し付けられたわけでもない。


気づけば、書類の余白に、俺は勝手に改善案を書き込み始めていた。


保温層を家屋単位ではなく、区画単位で張れないだろうか。

食糧庫に小型の保存結界を組み込めないか。

魔物避けの結界は、強度より維持効率を優先した方が現地では回しやすいのではないか。

冬の移動には、馬車そのものより積荷の防寒と揺れ緩和を先に整えるべきではないか。


「……殿下」


いつの間にか背後に立っていたオズワルドに声をかけられ、俺はびくっと肩を跳ねさせた。


「な、なんですか?」


「ずいぶんと熱心にご覧になっておいでですな」


「……僕は、ただ……行った先で寒いのも、食事がまずいのも、寝床が硬いのも嫌なんです。だから、その、仕方なく、最低限、快適にする方法を考えていただけで」


「ええ。ええ。存じておりますとも」


俺は別に領地の民を救いたいなどと、そんな立派なことは考えていない。


自分が寒いのも腹が減るのも嫌だから、それを避けたいだけだ。

だが、自分に必要なものを本気で整えれば、それは結局、そこに住む他人にも必要なものなのではないか。


(……いや、やめよう)


その思考は危険だ。


こうして準備のひと月は、思っていたよりあっという間に過ぎた。

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