4.元社畜、共犯者を得る
俺は一瞬で、頭の中の言い訳辞典を総動員した。
落ち着け。まだ終わりじゃない。
水晶がたまたま古かった可能性もあるし、たまたま手汗で滑った可能性もーー。
たまたま星の巡りが悪かった可能性だってーーなくはない。たぶん。
「……すみません。少し、力を入れすぎたのかもしれません」
ひどい言い訳だった。
自分でもそう思ったが、老教師はすぐには何も言わなかった。
割れた水晶を両手で持ち上げ、ひびの走り方をしげしげと見つめている。
やめてくれーー。
そんな真面目に観察しないでくれ。
雑に「よくあることですな」で流してくれ。
しかし願いも虚しく、老人は静かに目を上げた。
「……力を入れすぎて割れた、という壊れ方ではございませんな」
「そうなんですか?」
「はい」
即答だった。無情。
「外から圧がかかったなら、もっと不規則に砕けます。ですがこれは、内部に流し込まれた魔力が一点に収束し、耐えきれず割れています」
「…………」
「……つまり、殿下の魔力量がとてつもなく多いということですな」
ーー駄目だ。終わった。
俺の第二の人生、わずか六歳で崩壊の危機である。
老人はしばらく俺を見つめ、それから扉の方へ向き直った。
「誰も入れぬように。しばし席を外していただきたい」
控えていた侍女たちが一礼して下がっていく。
扉が閉まると、部屋はしんと静まり返った。
完全に密室だ。
追及か。あるいは「陛下にご報告申し上げます」という悪魔の宣告か。
俺は小さく息を飲んだ。
老教師は、割れた水晶を机に置いてから、ゆっくりと俺の正面に膝をついた。
「改めまして、私、宮廷魔法師のオズワルド・ベルネラントと申します」
名乗りまで丁寧に来た。
ーーこれは怖い。
「殿下はご自分の魔力量が多いことをご存知だったようにお見受けしますが、なぜ、隠しておられるのですかな?」
核心だった。
俺は少し迷った。
六歳児がここで「天才だと知られたら教育が増え、期待が増え、仕事が増えるからです」などと答えたら、それはそれで不気味だろう。
だが、相手の目を見ていると、下手なごまかしの方がよほど愚かに思えた。
「……面倒だからです」
「面倒」
「はい」
俺は膝の上で指を組んだ。
「僕がすごいと知られたら、みんな期待するでしょう?僕はそれが嫌なんです」
困った表情をよく作れていたと思う。
「そうでしょうな」
「期待されたら、勉強させられますし、訓練も増えます。僕は静かに過ごしたいんです」
言い切った瞬間、部屋が静まり返った。
ーー終わった、と思った。
ところがーー。
「ふっ」
老教師の口元が、かすかに歪んだ。
次の瞬間、堪えきれなかったように肩が揺れる。
「く、くく……はは……っ」
笑っていた。
白髭を震わせ、腹を抱えるほどではないにしても、明らかに心底おかしそうに。
ーーなんだこの人。怖い。
「……そんなにおかしいでしょうか……?」
「いえいえ。久しく聞いたことのない、実に誠実な答えでしたので」
「誠実……ですか?」
「ええ。王族の方々は、もっと大層なことをおっしゃるものです。国のため、人々のため、王家の誉れのためーーですが殿下は、面倒だから嫌だと仰った」
オズワルドは目尻の涙を指先でぬぐい、ようやく笑みを収めた。
「子供らしくて、正直で、大変よろしい」
褒められた気がしない。
だが、少なくとも即座に父王へ報告される流れではなさそうだった。
俺は胸の奥でそっと安堵した。
「では……父上には……黙っていてくださるんでしょうか」
「条件次第ですな」
ーー俺の安心を返せ。
オズワルドは姿勢を正し、先ほどまでの柔らかさをわずかに引っ込めた。
「王宮でその価値が知られれば、必ず目をつける者が出るでしょう。殿下は第五王子。王位から遠いがゆえに、都合よく使おうとする者もおります」
その言い方で、ようやく理解した。
この老人は、俺の魔法だけを見ているわけではないのだ。
……なるほど。ますますバレたくない。
「私としては、殿下が隠したいと仰る理由に、一定の理解はできます」
「本当ですか?」
「ええ。私もまた、宮廷という場所がいかに厄介か、長く見てまいりましたので。隠すなら、隠し通せるだけの制御が必要です。今日のように水晶を割っていては話になりませんよ」
ぐうの音も出ない。
「よって、私は殿下に二つのことを教えます」
人差し指が一本立つ。
「一つ。宮廷の目をごまかすための、出力の制限」
次に、二本目。
「二つ。隠したまま生き延びるための、本当の魔法の使い方」
俺は目を瞬かせた。




