13.元社畜、魔物を従えました
もちろん、その場にいた全員が、俺と同じように前向きな気持ちになったわけではない。
兵たちの視線が、タロウに突き刺さっている。
ーー当然だ。
つい先ほどまで、こいつはフェルミアを襲った魔物の群れの一員だった。
家畜を奪われた者もいるだろう。
仲間を傷つけられた者もいるだろう。
家族を魔物に殺された者だって、きっといる。
そんな相手を、王都から来たばかりのまだ十四歳の第五王子が、いきなり「保護しようか」などと言い出したのだ。
客観的に見れば、なかなか正気ではない。いや、狂っている。
ーー俺でもそう思う。
「殿下」
リカルドの声は低かった。
さきほどまでより明らかに硬い。
「殿下のお気持ちは理解いたします。この魔物を、情報源として生かす価値があることも、否定はいたしませんーーですが、保護となれば話は別です。この街の者は、魔物に怯えて暮らしてきました。すぐに受け入れろとは口が裂けても、言えません」
リカルドはタロウを見た。
その目には、防衛隊長としての冷静さと、この土地を守ってきた者としての警戒があった。
ーー正論だ。
さっきまで襲ってきていた魔物を、いきなり「労働力になりそうだから、保護します」と言われても、困るに決まってる。
俺だって、上司にいきなり、「これまで営業妨害してきた会社と、これから共同事業をします」と言われたら、信用できないし、頭が痛くなるに決まってる。
「アルト様、現実を受け入れてくださいませ」
「……」
ーー面倒だな。
俺はただ、暖かい部屋で茶を飲み、菓子を食べ、毛布にくるまって、誰にも邪魔されずに眠りたいだけなのに。
俺はタロウを見下ろした。
タロウは、俺とリカルドの顔を交互に見ている。
名付けのせいなのか、俺の言葉を待っているようにも見えた。
「タロウ」
「ハイ!」
「声が大きい」
「ご、メン……」
「今から、俺が言うことを守れるか」
「マモ、ル!」
「じゃあ、まず」
俺は足元に転がっていた錆びた短剣を指さした。
「それを拾え」
兵士たちが一斉に身構えた。
リカルドの手も、剣の柄にかかる。
タロウは短剣を拾った。
「それを、自分の後ろに投げろ」
「ハイ!」
からん、と乾いた音がして、短剣が石畳に転がった。
「三歩下がれ」
タロウは三歩下がった。
「座れ」
座った。
「伏せ……いや、これは犬っぽいな……やめよう」
「ふ、セ?」
「いや、伏せはなしで」
タロウは中腰になりかけて、慌てて座り直した。
門前に、緊張と困惑の混ざった沈黙が落ちた。
少なくとも、今すぐ人を襲う気配はない。
老魔法使いが、震える手で杖を握り直した。
「……従属反応が、強く出ているようです……」
「従属反応?」
「……はい。魔物への名付けによって、命名者の魔力が核に刻まれたのでしょう。タロウは殿下の命令を聞かざるを得ない状態です」
「つまり、暴れる可能性は低いと?」
「ええ。少なくとも、殿下が禁じればーー」
なるほどーーそれなら話が早い。
俺はタロウを見下ろした。
「タロウ。今から言うことを守れ」
「マモ、る!」
「フェルミアの人間を傷つけるな」
タロウの胸元が淡く光った。
「傷、ツケ、ナイ!」
「勝手に街へ入るな」
「ハイ、ラ、ない!」
「リカルド隊長の指示に従え」
「シタ、がう!」
俺は咳払いをした。
「ひとまず……、タロウはどこかの倉庫にでも繋いでおいてください。詳しい話は、明日タロウから聞きましょう」
「……明日でよろしいのですか?」
リカルドが不安そうにアルトを見た。
老魔法使いも驚いた顔をする。
「今日はもう十分です!」
俺は真顔で言った。
リカルドが兵へ指示を出す。
「……タロウを地下倉庫へ連れて行け!見張りは必ず、数名つけるように!」
「はっ!」
ようやく場が動き出した。
タロウは兵士たちに囲まれ、地下倉庫へ連れていかれる。
その途中でタロウは何度も俺の方を振り返った。
「あるとさまー!おれ、働くー!」
「……」
門前に、困惑とも笑いともつかない空気が広がった。
俺は深々と息を吐いた。
「リリア」
「はい」
「早く眠りたい」




