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第二十九話


 俺の一撃に、クラウスが足を止める。

 さすがのクラウスも攻撃を続けることはできなかったようだ。

 俺に斬られた場所を押さえながら、後退する。


「スライムの、鎧か」

 

 クラウスの視線は俺に向けられていた。先ほどクラウスが斬りつけた部位――俺はそこにスラスラをつけて身を守った。

 今の一撃は、スラスラが受けてくれた。もちろん、衝撃はあったが、斬撃が俺の体にまで届くことはなかった。

 例えるなら、防刃シャツのようなもの。刃は通さないが……それだけだ。


 衝撃は普通に届いた。骨にまで響く痛みはあったが、スラスラがポーションで回復してくれたので、痛みはすぐに引いた。

 だからこそ、できた反撃だった。


 ……元々、クラウスの連撃をさばききれるかどうかはわからなかった。

 保険として、スラスラにはアーマーのようになって攻撃を受けてもらうつもりだった。


 だが、そのスラスラは回復が間に合わなかったようで、すでに俺のステータスカードに戻っている。

 ……ありがとな。ここまで、支えてくれて。


 ルフルとスラスラがやられてしまった。

 ここからは、俺自身が彼を超えなければならない。

 大剣を背負いながら、クラウスが近づいてきた。


「もうやめて戻った方がいい。仲間はゴブリンが一匹、だけだろう」

「……そうかもな。けど、ここで戻ったら、俺はたぶん、おまえにもう一生勝てないと思う」


 打てるだけの手は打った。

 ここで、俺が倒さなければ……もうこの先の攻略なんて絶対できない。


「死ぬかもしれないんだぞ」

「大好きな女の子は、あと一年で死ぬんだ」

「……ケンゴ」


 実紅は、そんな覚悟を背負ったまま俺と一緒に戦ってくれた。


「その前に俺が、助け出すんだ! そのためにも、まずはあんたを超えるっ!」


 クラウスが大剣を再び構える。彼の表情は複雑そうに歪められていた。


「……そうか。なら、頑張ってくれ。オレの体だって無傷じゃない。あと、少しだ」


 クラウスが大地を蹴る。相変わらず、速いな……。

 これで、無傷じゃないって? バカげた身体能力だ。

 捌くので、急所にもらわないように避けるので精一杯だ。


 彼の攻撃はさらに激しさを増す。

 なんとかしないといけないのに、突破口が見えない。

 くそ……っ! 悔しさに任せての反撃は空を切る。クラウスが振り下ろした大剣に左腕を切られた。


 痛みに顔をしかめていると、ポーションが転がってきた。

 切れかかっていた左腕にポーションをかけるが、それでも足りない。

 俺は持っていたポーションをすべて取り出して、体にぶっかけ、飲んだ。


 それで、腕はなんとか治った。

 顔をあげる。俺が治療するための時間を稼いでくれたゴブッチが目の前で両断された。


「ケンゴっ! 逃げろ!」


 クラウスが叫び、近づいてくる。

 やっぱり、勝てないのか……? みんなが協力してくれたんだぞ。


 ここまでなのか? ここで引き返すしかないのか?

 ……もう、これは俺一人の戦いじゃない。

 みんなが実紅を助けようとしてくれたのに、なのに……っ!


 諦めきれるわけがない。

 ルフルが、スラスラが、ゴブッチが……みんなが俺のために、自分の体を犠牲に時間を作ってくれたんだぞ。


 拳を固める。体を起こし、クラウスの大剣に合わせて、剣を振り上げる。

 体が潰されそうになった瞬間だった。

 ちかちかと頭の中で何かが弾けたような気がした。反射的に左手を彼に向け、俺は魔力を込めた。

 

 そこから放たれたのは、液体による弾丸。

 それは、スラスラがよく使っていた技の一つだ。俺の手から放たれた弾丸が、クラウスの体をとらえ、吹き飛ばす。


 ……力が湧き上がってくる。

 カードに戻った仲間たちが、俺に力を貸してくれていた。

 今初めて、彼らの言葉のすべてが理解できた気がした。


 みんな、実紅のことを助けたい、その思いは言われなくてもわかっていた。

 ……ここで、俺が諦めるわけにはいかない。


 大地を踏みつけ、起き上がったクラウスの背後をとる。剣を振り下ろすと、彼はそれを避ける。

 だが、それより早く剣を振りぬいた。クラウスの体を切り付ける。反撃の一撃をかわし、剣を振り下ろしながら、クラウスの腕を噛みちぎった。


 ルフルの力だ。脚力と牙が鋭くなった。

 血を吐き出し、俺は剣を振り下ろす。受け止めたクラウスに、咆哮をぶつける。

 吹き飛んだクラウスがすぐに立ち上がり、その剣を光らせた。

 彼の速度があがり、俺に迫る。剣が振りぬかれる。


 はじいた次には別の場所から切り付けられる。

 相変わらず、速い。今の俺でも、まだ彼の速度に勝てない。


 だが、それなら――超えればいいっ!

 速く、もっと速くだ! クラウスの連撃に剣を合わせる。


 力ではじかれても、すぐに立ち直る。隙を、無駄をなくす。

 加速するクラウスより先を行く。一切の無駄をなくした一撃で、クラウスの剣をはじき上げた。


 クラウスがよろめき、隙だらけの体に剣を振りぬいた。

 クラウスがふらつく。さらに踏み込んで剣を振るう。


「やれ、ケンゴッ!」


 クラウスが叫ぶ。俺は自分の腕が悲鳴をあげるのを無視して、剣を振りぬいていく。

 休む暇など与えない。これが、最初にして最後のチャンスだ。

 上段から振り下ろした一撃を、次には振り上げる。


 顔を、腕を、足を、胴を、脚を。すべてを切り飛ばすように剣を振り続ける。

 今ある全力を! みんなから授かった力のすべてをっ!


「はあああ!」


 体が軽い。力が湧き上がる。最後の一撃――そう思いを込めて、振り下ろした。

 クラウスの体を斜めに切り裂くと、血が噴き出した。迷宮に倒れこみながら、クラウスはふっと口を緩めた。


「ちゃんと助けろよ」


 倒れた彼の体を、地面に縫い付けるように振り下ろす。

 十階層に静寂が生まれた。動かなくなったクラウスを、俺は乱れた呼吸で見るしかなかった。


「……クラウス」

「安心しろ……もう動けない」


 彼は少しだけ腕をあげ、そして笑った。


「おまえを倒したくはなかったよ」

「魔物なんだ、仕方ないだろ。ま、頑張れよ。おまえはオレを倒したんだ。誇りに思え」

「ああ、ありがとう」

「……おまえはすげぇよ。誰かを助けるために、命だって賭けられる。……頑張れ、よ」


 ふっと、笑ったクラウスの体が消え、あとには巨大な魔石だけが残った。

 彼の魔石を回収した俺は、くらりと眩暈に襲われてしまい、その場で倒れた。


 体を起こそうとしても、ダメだった。激しい疲労に襲われ、俺はその場で何度か呼吸を行った。

 くそ……もう動けない。

 十階層に魔物が出なくて助かった。俺はその場で、目を閉じた。





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