第三十話
なんだろうか。
体が揺らされている?
そういえば俺は――どうなったんだ?
クラウスと戦うために十階層に挑んで、それで?
確か、倒したはずだ。クラウスの魔石も回収して、アイテムボックスにしまったんだ。
ゆっくりと覚醒していった脳に従うように、俺は体を起こした。
目をあけた瞬間だった。そこにいたのは、実紅だ。間違いない、この可愛い人を見間違えることなんてない。
今にも泣きそうな実紅がそこにいて、俺は驚いた。
「どうしたんだ……?」
「どうした、じゃないわ! あなたの帰りが遅いから、もしかしたら迷宮に行っているのかもと思ったのよ……」
そしたら、俺が倒れていた、か。
十階層で戦ってからずっとここで寝ていたらしい。
どれくらいの時間が経ったかは分からない。……そりゃあ、心配するよな。また実紅に負担をかけるようなことをしてしまった。
「悪い、実紅……黙って十階層に挑んじまって」
「……心配、していたのよ。あなたが、戻ってこないから……」
死んだ、と思われていたのかもしれない。
涙ながらに胸を叩いてくる彼女に、俺は唇を結ぶ。
……泣かせてしまった。
俺は彼女の頬を伝う涙をぬぐうように、そっと触れた。バシバシとたたく力が強くなったが、俺はそれを甘んじて受け止めるしかない。
もう片方の手で、アイテムボックスにしまった魔石を取り出した。
他の魔石よりも一回り大きな魔石だ。
「これ、クラウスの魔石なんだ」
「……倒した、のね」
「ああ。みんなのおかげでな」
俺一人では絶対に勝てなかった。
みんなが力を貸してくれたから、クラウスを突破できた。
「……俺はまだまだ弱いよ。けど……戦えた。だから、必ず実紅を助け出す」
「……健吾」
「もちろん、実紅が消えちゃう前にな。ここからは、俺が一人で迷宮攻略をしていくつもりだ。もう、実紅に負担はかけない」
と、そういったときだった。
俺の周囲にゴブッチたちが現れた。
……彼らが再召喚できるってことは、それだけ眠っていたのか。
「ゴブ―?」
「スラ……?」
「ウルルル……」
三体がそれぞれ唸る。みんな、俺を責めるような目をしていた。
……そうだな。
「悪い、悪い。みんなも一緒だったな」
俺は一人じゃない。彼らがいてくれれば、きっと攻略できるだろう。
「……健吾」
じっと彼女はこちらを見てきて、ぎゅっと抱きついてきた。
多少の羞恥はあった。けど、俺はその体を抱きしめ返した。この感触とぬくもりを、絶対に失いたくはない。
「……私、まだ死にたくないわ」
「……そうか」
「今までは……正直いってどうでもよかったの。けど、あなたと出会ってから、私の考え方が変わったわ。……まだ、生きていたい。あなたと一緒に、これからも生きていきたいわ」
「そういってくれるなら、俺はどこまでも戦えるよ」
それだけ聞ければ、あとは十分だ。
ポーションでも回復しきれなかった体がわずかに痛む。
ゴブッチがポーションを渡してくれたので、ありがたく飲ませてもらった。
それを飲み終えたころには疲労以外の傷は治った。十分に眠ったと思っていたが、まだまだ体は重たい。
さすがに、これから十一階層に挑むだけの気力はわかない。
一度家に戻ろう。
「ルフル。それじゃあ、迷宮の外まで付き合ってくれ。……それと、今夜はうまいものでもみんなで食べような」
「そうね。腕によりをかけて作らせてもらうわ」
ゴブッチたちが目を輝かせ、ステータスカードに戻った。
道中、移動しながら俺はステータスカードを確認する。
鏑木健吾『竜胆実紅の敵にのみ使う』
レベル1
物攻G(18)物防G(19)魔攻G(17)魔防G(18)敏捷G(21)技術G(20)
スキル
『吸収:EX』
→『ゴブッチ レベル2』
→『スラスラ レベル2』
→『ルフル レベル2』
自分のステータスを見ても、驚きはなかった。
どこでレベルアップしたのかはわからない。けど、体が大きく変化したタイミングがあったからな。
ステータスはすべてレベル1になったことで、元の常識的な数値に戻っている。
だが、レベル0のときよりも体は軽くなっている。
ステータス的に見ると、弱体化しているように見えるが、表記に表れていないだけでステータスは前のものも引き継がれている。
レベルがあがればあがるほど、見かけのステータスだけで判断するな、と言われる。
それまでの積み重ねのことを言っての言葉なんだろう。
「よかったわね、レベルアップ」
背後からぎゅっと抱き着いていた実紅が、右肩から覗きこんできた。
「あれだけやらないと、限界って超えられないんだな」
「そこまで、苦労した覚えはなかったけど……あなたの場合、それだけ成長できたってことじゃない?」
……かもな。
レベルアップは人によってさまざま。なかなか上がらず苦労したが、強くなれたのならなんでもいいか。
そういえば、あのとき――。ほぼ無意識にみんなのスキルや似たような技を使ったが、あれはなんだったのだろうか。
もしかしたら、俺の持つスキル、吸収の効果の一つなんだろうか?
細かいことはまたあとで考えよう。
俺は首に回してきた実紅の手をそっと握る。
そうすると、実紅が俺に一度微笑み、さらに強く抱きついてきた。
ルフルに乗って迷宮の外に出る。もう夕日が出ていた。
……随分と長く中にいたようだな。
そこで一度魔物たちとは別れ、実紅とともに街を歩く。
まずはスーパーに寄って、それから――。
色々考えていると実紅がそっと体を寄せてきた。
夕日に染まる彼女の横顔はあまりにも可愛らしくて、俺はそっと実紅に顔を近づけた。
実紅もまた、俺の意図していたことを理解したようだ。目を閉じ、そしてお互いの唇を近づけた。
一度で、終わらせようと思った。けど、次は実紅だった。
間近で見るいたずらっ子のようにはにかむ実紅に、俺はたまらず、ぎゅっと抱きしめた。
改めて思った。
俺はこの子を絶対に助け出してみせるって。
こちらで一章終わりになります。
リアルが忙しくなってしまったこと、ちょっと行き詰っていたこともあって長くなってしまいましたが、一人でも楽しんでくれた人がいてくれたのだとすれば、嬉しい限りです。
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