第二十六話
竜胆迷宮を離れ、家へと向かう。
実紅とともにいつものように手を握って帰っていたが、今はその熱に申し訳なさを感じていた。
何も知らずに、俺は実紅に無茶をさせていた。
……そもそも、第十階層には勝つつもりで挑んだ。
実紅の不安を取り除くために。
俺は強くなったんだって、伝えたかった。
けど、結果はこれだ。まったく歯が立たなかった。
それでいて、これまで彼女に負担をかけていたことを知らされた。
「実紅」
「……なに?」
実紅はいつも以上の笑顔で俺を覗きこんできた。
……たぶん、俺を元気づけようとしているんだ。今の彼女にそんな笑顔をさせてしまっている自分に悔しさを覚える。
「ごめんっ。今まで無理させちゃって」
まずは、謝らないと。
俺が助けている気になっていただけだった。バカだ、俺は。
「いいのよ。嫌だったら私がちゃんと事情を説明していたわ。……それでも、あなたと一緒にこうして冒険者をしていたかったの。……あなたのお荷物にはなりたくなかったの」
実紅はそれをきっと本心で言ってくれているんだ。
……俺は短く息を吐いた。切り替えないとな。
「……それでも――。実紅はあとどのくらい霊体を維持できるんだ?」
「一年くらい? 十分でしょ?」
一年……何も十分じゃない。
霊体がなくなったらどうなるか……それは分からない。
普通に生きているのかもしれないが……分からないからこそ、これ以上の無理はさせられない。
「強いでしょ……十階層のボス。絶対、強いって思っていたのよ」
「そうだな。けど、次は負けない。一年……よしわかった! あと半年で迷宮を全部攻略する」
そうすりゃ、今まで負担をかけさせた分はすべてチャラになるはずだ。
俺が拳を固め、彼女に笑いかける。
くしゃり、と実紅の表情が崩れた。
「焦って挑むのだけは、やめて。今の健吾じゃ、勝てない。強くなる手段がないじゃない」
「けど」
「私は、今……とっても幸せなの。私のことを想ってくれる人とこうして、過ごせていることが。……好きな人と一緒に暮らしていることが」
彼女の言葉に頬が熱くなる。
けど、彼女が何を思ってその言葉を口にしているのかを考えた時、俺の体は急激に冷えていく。
「一年間だけでいいわ。……私と一緒にいてくれないかしら?」
実紅は俺の前に出て、すっと手を伸ばしてきた。
満面の笑顔で。
それに返事をすれば、きっと一年間。幸せに暮らすことができるだろう。
俺は彼女の手を無視して、その体を抱きしめる。
「一年じゃない! その先もずっと一緒だ」
「健吾……」
「俺はまだ強くなる。こんなところで諦められるほど、割り切れるほど賢くないんだよ」
強く、強く抱きしめる。服がぎゅっとつかまれる。実紅が顔を押し付けた場所が、じんわりと濡れた。その顔を見るのは、失礼だろう。
彼女の肩は震えている。
……消えるのは、怖いはずだ。それでも、実紅は俺のために力を使ってくれていた。
気づいてやれなかった。それは反省だ。けど、いつまでもウジウジ悩んでいる暇はない。
彼女の表情を晴れさせるには、行動で示すしかない。
クラウスを倒してな。
「とりあえず、家に戻って今日は休む。また明日、どうするかは考えていくつもりだ」
「……ええ、そう、ね」
家に戻り食事をしてから俺はベッドに入る。
実紅と一緒にいつものように横になったところで、実紅がすっとこちらを向いた。
「……抱きしめて、くれないかしら?」
「えと……あ、ああ」
頬を朱色に染めた彼女をぎゅっと抱きしめる。
……この温もりを失わないために、俺はクラウスを倒すんだ。
〇
次の日。
俺は家を出て学校を目指していた。
実紅は一緒じゃない。彼女はインターネットを駆使して、俺が強くなる方法を調べてくれるらしい。
……俺としても、そっちのほうがいい。彼女にはしばらく休んでいてもらう。
これから、どうしようか。そんなことを考えて歩いていると、何か頭に声のようなものが聞こえた。
……ゴブッチたちが騒いでいる気がした。彼らがそんな風に干渉してくることは今までなかった。
俺は人目につかない路地裏に入った途端、ゴブッチたちが現れた。
「ご、ゴブゴブゴブ!」
「スラスラ、スラ―!」
「ウルルルル!」
彼らが身振り手振りで何かを表現してくる。
……ああ、くそ。
滅茶苦茶アピールしてくる。
なんとなく、わかる。
「強くなろうとしてくれるんだな」
その瞬間みんなが首を縦に振った。
「……ありがとな」
俺は学校に、風邪をひいてしまったので、休むと連絡を入れた。
今まで欠席したことがなかったため、教師から特に追及されることもなかった。
俺はその足で迷宮に向かった。
一階層に降りたところで、魔物たちを召喚する。
「それじゃあ、さっきの通り俺が戻ってくるまでここで自由に戦ってくれ」
彼らが訴えていたのは、どこかに行く前に迷宮に自分たちを残してほしいというものだった。
……よくよく考えれば、それについては検証したことさえなかったな。
俺がいなくても、彼らだけで魔物を狩って成長できるのかどうか。
みんながそう訴えかけるのだから、たぶんできるんだろう。
魔物たちを迷宮に残した俺は、そのまま学園に向かった。
新しい武器を調達する必要があった。
……俺は剣に入っていた、Tsukasa、と彫られた文字を思い出し、学園の武器屋を見て回る。
しかし、ツカサの武器は他に見当たらない。
以前購入した武器屋で話を聞いてみると、ツカサは学園の生徒だそうだ。武器屋は事情を知っているようだが、詳しい話はしてくれなかった。
納品者の個人情報を教えないとか、色々事情があるんだろう。
この手になじんだ剣を、打ち直してほしかった。そのため、ツカサに会う必要がある。
ただ、学園にいきなり入るわけにもいかない。今の俺は学園生じゃないからな。
「雨宮? ちょっといいか?」
『なに?』
スマホで電話をした相手は雨宮だ。
「……ちょっと学園の生徒で会いたい人がいるんだ」
『どういうこと?』
雨宮に新しい武器が欲しいと事情を説明すると、彼女はすぐに了承してくれた。
冒険者通りでしばらく待つと、彼女がやってきた。
「久しぶり」
「ああ、久しぶり」
雨宮が笑いかけてきて、俺の隣に並ぶ。
「悪いな、いきなりで」
「今日は大丈夫。冒険者学科は、迷宮探索日だから」
「……そっか。いいなぁ、学校の授業で迷宮潜れるなんて」
「そう? 私は面倒だけど」
雨宮はいつも決まってそういう。彼女は現在レベル2まであがっている優秀な生徒だ。おそらく、同学年で見てもトップのほうだろう。
「雨宮、さっき言っていたツカサって人が誰かわかるのか?」
「たぶん。そういう変なことする変わり者がいるから」
生産者というのは基本的に武器屋に自分のことを話すそうだ。自分の武器や防具を買ってくれた情報が欲しいからだそうだ。
だが、ツカサはまったく話さなかった。それが、雨宮からすれば引っ掛かるようだ。
「……支援学科の人で、鍛冶ができるツカサは有名人だから」
「……そうなのか?」
「うん。性格に難ありだけど、かなりいい武器を作る人。……S級の冒険者からも仕事を頼まれたことがある人」
「え!? そんななのか!?」
「ただ、断ったけど」
「マジで!? 俺なんか絶対無理じゃないか!」
「それでも、頼みにいく?」
無理、だとは思うがやってみないことにはわからない。
「ああ、ダメでもともとな。……前使っていた剣がかなり手になじんだからな」
「そう……ていうか、冒険者通りに武器なんて出してたんだ」
雨宮はそれに少し驚いている様子だった。
俺は雨宮とともに、支援学科の校舎を歩く。
雨宮は、やはりみんなの注目を集めていた。
ツカサがいる教室に入る。今は休憩時間のようで、生徒たちは自由に動いていた。
「……おい、雨宮さんだ」
「今日も綺麗だっ……って男!?」
「ていうか、雨宮さんの隣にいる男ってもしかして――」
「あ、あいつうちにいた最弱の冒険者とか呼ばれてたやつじゃないか!?」
「そうだ。落ちこぼれの鏑木だ! なんでまたこんなところに……?」
「支援学科に移ったんだっけ?」
「いや、学校から転科勧められて、断って一般校に行ったとかなんとか」
ある意味、有名人だったからか、散々なことを言われている。
雨宮がそれらを睨みつけて黙らせる。懐かしいな、この感じ。
「あれが、近藤司」
雨宮が指さした先にいたのは一人の男だ。
大きなヘッドホンをつけ、つまらなそうに肘をついて外を眺めている。
彼は、周りなんてまったく気にならない様子だった。そんな彼のもとに、俺は近づいていく。
「何しに来たんだ? あの落ちこぼれ」
「……近藤さんに用事があるのか? あいつの作る武器は、その人の能力を引き上げるとかなんとか言われてるもんな」
「国からも生産を頼まれたらしいよな? けど、気分が乗らないからって作らなかったとか」
「そうそう。それで、国のお偉いさんから結構激しく怒られたらしいけど、なんていったか覚えてるか?」
「知ってる! 『気に食わないなら殺せば?』って返したんだもんな。それは困ると、向こうも黙って……あいつ自分の力わかってるからな。すげぇよあいつの度胸は……」
……近藤司、か。かなり厄介な性格をしている男みたいだな。
俺は彼の前に立つと、近藤はちらとこちらを見てきた。それでも無視だ。
「武器を作ってほしい」
「オレは気分が乗らない限り作るつもりはない。失せろ」
「あんたが、この剣を作った人か?」
俺が近藤に剣を向けると、彼はぴくりと反応した。
鞘から取り出し、へし折れてしまった剣を見て、驚いたように目を見開いている。
「そうだが。……なぜ、壊れている?」
「俺が戦った魔物に折られた。……そいつを倒すために、この剣を鍛えなおしてはくれないか?」
「……折られた、だと」
近藤がさらに不機嫌そうに眉を寄せた。
「オレは気分の乗ったときにしか剣は作らない。悪いが他の奴にあたりな」
「頼む! あんたの剣が一番しっくりきたんだっ。もう一度、。もう一度だけでいい!」
「うるさい」
「助けたい人がいるんだ! その人を少しでも早く安心させたいっ」
「最弱の冒険者。ある意味有名人だな、鏑木健吾。悪いが、雑魚に興味は――」
俺はばっと取り出したステータスカードを彼に見せつける。
彼はそれをまじまじと見つめていた。……最後の、切り札だ。
普通とは違う、異常にあふれたステータスカード。それに少しでも興味を持ってくれれば……。
「前よりは成長したはずだ。頼む……俺はどうしても、この迷宮にいる人を助けたいんだ。そのために、おまえの力を貸してほしい。……報酬は、今もっているものならなんでも払う」
「……」
しばらく、彼は俺のステータスカードを見て、それから立ち上がった。
「近藤っ!」
「司でいい。ついてきな」
「……え?」
「詳しい話を聞かせな」
「あ、ああ!」
近藤とともに俺は教室を出る。
廊下にでた瞬間、教室が騒がしくなったが、そんなこと気にしている暇はなかった。




