第二十五話
実紅とともに竜胆迷宮へと来ていた。
俺は今日、いよいよ十階層に挑む。
……第十階層か。
実紅はここにくるまでずっと不安そうにしていた。倒して、彼女を安心させないとな。
ルフルに乗って移動しながら、実紅をちらと見た。
「十階層のボスはどんな魔物なんだ?」
「……人間よ」
人間。思わず俺は目を見開き、彼女を見てしまう。
「人型の魔物、じゃなくて……人間なのか?」
「私が見た限りではそうだったわ。どんな風に戦うのかは、見たことがないからわからないけど……大剣を背負っているわ」
この迷宮に挑んだ人自体が少ないと言っていた。
挑んだ人も最初の数階層で面倒になり、あるいは実力不足で二度と迷宮に足を運ぶことがなかったと言っていたらしい。
十階層のボスは人間か。
一体どんな風に戦うのだろうか? 話はできるのだろうか?
ルフルに乗って移動していくと、一時間とかからず十階層に到着した。
そこからは全員で慎重に移動していく。
「魔物は、いないみたいだな」
「ええ。ここには中ボスしか出ないわ。だから、ボスさえ倒せれば、休憩地点として利用することもできるわね」
そういう階層は他の迷宮でもある。稀に、魔物がまったくでない土地だ。
日本はもともと国土が大きくないこともあり、そういった土地は有効活用されている。
迷宮は各国の常識を色々な意味で覆していった。
まあ、一市民の俺はそれらの恩恵を受けてこそいるが、正直いって何がどう変わっていったのかまで、詳しく説明できるほどの知識は持っていない。
テレビの豆知識番組、みたいなので聞くと感心するようなことばかりだ。
しばらく歩いたときだった。人影を見つけた。
彼のほうへと近づくと、彼は驚いたようにこちらを見た。
「ここに人が来るなんて珍しいな? なんだ、デートか?」
ちらと、彼は俺と実紅を見てきた。……見えている、ようだ。それに実紅も驚いたようだ。
局所だけを守る鎧を身にまとった青年は、日本人らしさがない。外国人……ともまた違う雰囲気を持っている。
見た目はまるで、どこかの国の兵士――。それも古臭さはない。
彼の拍子抜けするような笑顔に、敵意は感じなかった。だが、油断はできない。
「えーと……あんたはボス、でいいんだよな?」
「一応そうみたい。オレはクラウス。おまえは?」
からっと笑う。……なんだか調子が狂うな。
「俺は鏑木健吾だ」
「カブラギケンゴ? 長い名前だな」
……間違いなく、日本人ではなさそうだな。
なぜか流暢に日本語を話しているのは、そう聞こえているだけかもしれない。
「ケンゴ・カブラギだ」
「はあ、なるほどなるほど。それじゃあケンゴ。おまえはどうして迷宮に潜っているんだ?」
「……ここにいる、実紅が見えているんだよな? 俺は彼女を助けるために、ここにいるんだ」
「へぇ……。そっちの嬢ちゃんは、ここの管理者か? ここまでしっかり具現化してるなんて、大層な魔力があるみたいだな」
彼は顎に手をあて、感心するように実紅を見ていた。
……迷宮の知識は持っている?
「けどなんでここにきているんだ嬢ちゃん。あんまりその体で迷宮のような魔力の濃い場所に来ない方がいいぜ。体消えちまうぞ?」
「え?」
クラウスの言葉に俺は驚いて実紅を見る。
実紅はしまった、という顔で俺と見つめあう。
「……どういうことだ?」
「なんだ、知らないのか? ……嬢ちゃんは、ケンゴが心配でここにいるのか?」
「……」
実紅は黙っていた。俺がクラウスを見ると、彼は首を振った。
「迷宮の守護者ってのは、魔力だけで生きているんだ。だから、魔力使えばどんどん寿命が短くなっていく。まあ、オレとケンゴは別の世界の人間みたいだからそこらへんの常識も違ってくるかもしれないけどさ」
実紅は、魔力を使いすぎれば消滅する? それじゃあ、これまで戦いで彼女が魔法を使っていたのも――。
実紅を見ると、彼女はそれを理解していたようで、ただ笑っているだけだ。
……なんだよ、それ。
それじゃあ、俺は今まで、彼女を追いこんでいたのか?
「……やっぱり、別の世界の人間なのか?」
彼の言葉で気になったものを拾っていく。
「さぁな。ただ、オレは異世界の存在ってのを知ってたからな? オレは、アルスフィアっていう世界で生まれたんだ。知ってるか?」
「……いや、知らない」
「じゃあ、やっぱり異世界だな」
あっけらかんという彼に、頭が痛い。異世界の存在はここ日本でも調べられていた。
迷宮やスタンピードは、異世界からの侵略の一つなのではないかと考えられてもいたからな。
彼の言葉のすべては、今異世界があるかどうかを調べている世界を驚かせるものだが……今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「霊体は、魔力を使うと消える、んだよ?」
「なんだ、こっちの世界でも霊体って言うんだな。ああ。そもそも、霊体ってのは魔力を多く持つものが使える力だからな。つまり、魔力だけで存在しているってわけだ。オレの知っている世界での知識だけどさ」
……さっきとほぼ同じ回答。
実紅は、俺たちの冒険にずっとついてきた。……どれだけ、寿命を削ってしまったのだろうか。
クラウスは背負っていた大剣を抜いた。
それから彼は、こちらに剣の先を向けてくる。
「出来ればお前たちの邪魔はしたくないんだ。オレも、誰かを助けたいってやつの気持ちは痛いほどわかるしな。……けど、悪いな。魔物として体が勝手に動いちまう」
そういいながら、彼は大剣をこちらに向ける。
「せいぜい、死なないようにな。オレも良い奴を殺すのは気分が悪いから」
頼む、とばかりにクラウスは笑った。
とても、これから戦う相手とは思えない言葉を吐き、彼が大地を蹴る。
一瞬で距離をつめられる。大剣が振りぬかれた。
間一髪、剣を割り込んで受けた。
めきめきっと骨がきしむ。油断していたわけじゃない。
ただ、視界で動く実紅をついつい意識してしまう。
「実紅っ! 下がっててくれ!」
「けど――!」
……くそっ。彼女に、魔法を使わせるわけにはいかない。
霊体として存在できなくなれば、実紅はどうなる? それこそ、本当に死んでしまうのではないか?
霊体は魂、とも言われている。もしもそれを失えば、実紅を助け出しても、体だけしかない可能性だってある。
そんなの、絶対にダメだ。
「次は上からくるぞっ」
クラウスがそういうと、本当に上から来た。
わかっていても、受け止めるので精一杯だ。
ゴブッチとスラスラがとびかかる。
それをクラウスはあっさりとかわした。俺のほうに脇から駆け込んできたルフル。俺はその背中をつかみ、クラウスの眼前から離脱する。
ルフルが加速する。俺はその加速を利用しながら、騎馬から攻撃でもするように剣を振りぬいた。
クラウスはそれをあっさりと受け止めた。
……やるな。かなり、強い。
クラウスの攻撃が加速する。
それでも、途中途中でクラウスは声をあげる。
「次は、左からだ」、「次は上段からだ」――。
そんなアドバイスを出してくるクラウスとどうにか打ち合う。
「……なあ、ケンゴ」
「なんだ……っ」
鍔迫り合いを行っていた俺に、クラウスが声をかけてくる。
起き上がったゴブッチたちがよろよろと立ち上がり、攻撃を試みるが、彼らでは――圧倒的に力が足りていなかった。
「なんで、誰かのために迷宮攻略しようとしてんだ?」
「好きな、人だから……だっ!」
俺の言葉に彼は満足そうに笑う。そう思うなら、手加減してくれよ……っ!
「そっか。オレも似たようなことがあったんだ。大切な友達が迷宮を封印して……でもオレは助けられなかった。助けに、行けなかった。色々な事情があったけど、何もできなかった」
彼の悲しそうな目が俺を見据える。だが、力はどんどん増していく。
そうして、クラウスは笑った。
「やっぱ……おまえを殺したくねぇわ。だから――逃げてくれ」
そういった瞬間。彼の体から強い魔力が吹き荒れる。
同時、彼の姿が消えた。右から影が迫る。それをなんとか剣ではじいた。
次の瞬間には、左から。
連続の攻撃を紙一重でさばいていく。
攻撃がかすり始める。痛みで動きが鈍り、彼に対しての対応が間に合わなくなる。
彼の一撃を受けた瞬間だった。ピキッという嫌な音ともに、俺の剣が根元から砕けた。
「マジか……っ」
「逃げろ、ケンゴ!」
眼前に迫ったクラウスの大剣。
そこに割り込んだのはゴブッチだった。
その身を犠牲に切り裂かれた。真っ二つになったゴブッチを俺は呆然と見るしかできなかった。
俺の体をスラスラとルフルが突進ではじいた。
「スラ―!」
「ウル!」
彼らが訴えるように叫んだ。
……わかっている。魔物たちの言葉の意味を理解した俺は悔しさをかみしめながら、脱出用魔石を取り出す。
実紅が、すっと俺のほうにやってきたのにあわせ、地面に投げつける。
煙があがると同時、俺は迷宮入り口までワープした。
……勝て、なかった。無力さをかみしめ、それを受け止めきれなかった。
新連載始めました!
下にリンク貼ってありますので、よかったら見てください!




