第十五話 ユニークモンスター2
無理に、戦う必要もない。
まだ、勝てるかどうかもわからない相手だ。
「二階層に避難する……っ。スラスラ、時間稼ぎを頼む!」
「スラ!」
スラスラが弾丸のようにゴブリン――ハイ・ゴブリンとでも呼ぼうか。そいつにタックルをする。
それに合わせ、ハイ・ゴブリンは拳を振りぬいた。
スラスラはそれこそボールのように殴り飛ばされる。まだ、やられていないようだ。
ハイ・ゴブリンの動きがそれで一瞬止まる。
俺はスラスラとゴブッチをステータスカードに戻し、階段を駆けあがる。
「健吾っ、ハイ・ゴブリンが追ってきているわ!」
俺の背中に張り付いていた彼女が叫ぶ。
「マジかよ!? ……まさか、ハイ・ゴブリンは第四階層の魔物、か?」
迷宮の外に魔物はでない。だが、迷宮の階層を移動する魔物がいることはある。
本来よりも下の階層の魔物と遭遇し、命を落とした冒険者も決して少なくない。
「違うわ。第四階層はプラントしかでないわ。第五階層はゴブリンの亜種だけど……あれとは違うわ」
「くそっ。それじゃあやっぱり三階層で出現したユニークモンスターってことか……」
同じ階層に出現する魔物を敵と認識して襲い掛かるのが、ユニークモンスターの基準だ。ハイ・ゴブリンはまさにそれを満たしていた。
階段を登り切り、とりあえず二階層に上がる。
三階層で戦うよりは、二階層のほうがやりやすいだろう。……追ってこないのが一番だが。
スラスラとゴブッチを再び召喚すると、二匹とも戦闘態勢を整えていた。
「ゴブっ」
「スラ!」
「ゴブッチ、スラスラ。いつものようにやるぞゴブッチは危険と感じたら、すぐに閃光魔法石を使ってくれ。スラスラは仲間の防御と回復を優先に行動してくれ!」
「ゴブ!」
「スラ!」
二匹とも、すぐに理解して行動してくれる。
前に実紅が言っていたが、二匹の魔物がもっともすぐれているのは人間の言葉を理解し、実行することができるほどの知能を持っている点だった。
それは俺も同意だ。俺の表情や雰囲気から、危険な相手、というのを理解してくれている。最小限の説明で二匹はすぐに行動してくれるのだから、本当に助かる。
二匹が動いたところで、実紅も魔法の準備を行う。
もちろん俺に張り付いたまま。だが、感触はなくなっていて、いるかどうかも分からない。霊体はそういった操作までできるらしい。
彼女が近くにいる理由は簡単だ。仲間が増えたことで指示出しをする場面が増えてきたからだ。
だからこそ、俺にくっついて動き、彼女は常に周囲の状況を見て報告してくれる。
俺の死角も補ってくれるので、やりやすい。
ゴブッチとスラスラが攻撃を仕掛ける。
それに合わせ、俺も突っ込んだ……その瞬間だった。
ハイ・ゴブリンの胸が膨れあがる。人間でいう肺の部分だ。
そして――
「ガァァ!」
耳を割るような激しい音の咆哮が空気を震わせる。
いち早く動いたのはスラスラとゴブッチだ。野生の勘だろうか。
相手の咆哮が質量を持って襲い掛かる前に、俺の体を突き飛ばしてくれた。
遅れて咆哮による衝撃が駆け抜ける。
弾き飛ばされた俺だが、直撃ではなかった。
すぐに体勢を立て直す。
だが……そこにゴブッチとスラスラの姿がない。
先ほどの咆哮でハイ・ゴブリンの足元が捲りあがっていた。それほど強力な技だったのだろう。
直撃していたら、俺ももう動けなくなっていたかもしれない。
二匹は……俺を庇ってくれたんだ。
成長してからの二匹が、一撃でやられたことは一度もない。
それほどの、強者――か。
「健吾、逃げるべきだわ! あなたはまだ、このゴブリンには勝てないわ! ゴブリンやスライムよりも格上よ……っ。階級でいえばC級以上はある魔物よっ!」
……かも、しれない。
だが、逃げてどうするんだ? 第二階層までこいつは追いかけてきた。
わからないが、第一階層にまで来てしまったらどうする?
ハイ・ゴブリンが徘徊するようになってしまったら、俺はもうこの迷宮を突破できない。
問題はそれだけじゃない。
ハイ・ゴブリンはまだ進化するかもしれない。
さらに強い魔物になってしまったら、もう本当に俺にはどうしようもなくなる。
ここで逃げれば命は助かるかもしれない。
万全の準備を整えれば、勝てるかもしれない。
だが、その逆――先ほど予想した俺の最悪のパターンがすべて重なったら……もう二度と俺がハイ・ゴブリンを倒せる機会を失うかもしれない。
なら、ここで倒すしかない。
無茶は初めから承知だ。それでも、実紅を助けるために俺はここにいるんだ。
「実紅、こいつを倒さないと俺はおまえと結婚できないっ! だから、倒す!」
賢い実紅なら、それだけで理解してくれるはずだ。若干頬を染めながら、頷いた。
俺は息を吐き、その場で剣を構える。
持っている戦闘に使えるアイテムは閃光魔法石が一つ、爆弾魔法石が三つ、体力回復ポーションが五つ。
全部使ったら大赤字。泣きたくなるが、死ぬよりましだ。
ハイ・ゴブリンが大地を蹴る。その姿を改めて観察し、弱点を見つけることに努める。
手に持っているのは刀のようなものだ。見た目はゴブリンよりも一回り大きい。
落ち武者のような鎧まで身に着けている。ハイ・ゴブリンというよりは、武者ゴブリンとかのほうがしっくりくるかもしれないな。
ハイ・ゴブリンが刀を振りぬき、俺もそれに当てる。
学園で学んだ知識を総動員し、相手の力を利用するように力の加減を調整していく。
真向からの力勝負で勝負できるほど、俺のステータスは優れていない。
ハイ・ゴブリンの攻撃をさばききったところで、突っ込む。
もちろん、先ほど二匹を倒したスキルを警戒している。だが、使ってこない。
魔物たちだって無限にスキルが使えるわけではないはずだ。
魔力消費の多い技だったのかもしれない。油断はできないが、すべて警戒したまま戦えるほど俺は強者じゃない。
わかっていても、対処できない可能性がある。なら、優先するのは危険でも、スキルを使われる前に倒すこと。
ある程度のリスクを承知で、攻撃を行っていく。
ハイ・ゴブリンの一撃は重たい。だが、荒い。
刀を寸前でかわし、返しでハイ・ゴブリンの喉を狙う。
急所を狙った一撃はしかし、避けられる。
振り下ろすように足を切る。ハイ・ゴブリンの皮膚は堅く、なかなか思うように攻撃が入らない。
力を込めての一撃……それによって俺は一瞬ハイ・ゴブリンを見失うが、すぐに実紅からの指示が出る。
今なら例え、目を潰されてもハイ・ゴブリンの動きがわかる。
横に転がってかわし、追撃を後退して避けた。
「健吾、スライムが近くに来たわ」
実紅の冷静な声が、俺を落ち着かせてくれる。
スライムの鋭い突撃が、ハイ・ゴブリンの背中に当たった。
ハイ・ゴブリンはそいつを殴った。はじかれたスライムは、次に俺へと狙ってくる。
ユニークモンスターは、迷宮の魔物たちにも攻撃される。だからこそ、彼らは迷宮の魔物を倒し、進化しようとしているのかもしれない。自らの身を守るために。
そう思えば多少の同情が湧き上がる。だからといって、殺されてやるつもりはない。彼を倒し、その力を吸収するだけだ。そこは、俺だって同じだ。
隙だらけのスライムを倒し、一度呼吸を整える。ハイ・ゴブリンもまた、落ち着いた様子を見せていた。
そして、動いた。ハイ・ゴブリンが大地を蹴り、俺へと迫る。
攻撃をかわし、反撃を与える。
だが、ハイ・ゴブリンの動きが加速する。その速度に――俺はついていけなかった。
ハイ・ゴブリンの振りぬいた一撃を剣で受けたが、体勢が悪くはじかれた。
「く……っそっ!」
顔をあげ、俺はハイ・ゴブリンを睨みつける。
痛みにこらえるように、その場でうずくまるように、俺は演技した。
ハイ・ゴブリンは俺の様子を見て、いたぶるようにゆっくり近づいてくる。
あと、少し、あと少しだ。
多少の知能があることが、俺の演技に付き合うだけの余裕を持ったのだろう。
ハイ・ゴブリンが俺の近くまで来た瞬間に――俺は閃光魔法石を使った。
「がぁ!?」
ハイ・ゴブリンは声をあげ、両手で目を覆った。
しかし、遅い。ハイ・ゴブリンは目を押さえながら、刀を振り回すが、俺はその背後から剣を振りぬいた。
よろめいたハイ・ゴブリンへ剣の雨を浴びせる。
連続の刃がハイ・ゴブリンの体を傷つけていく……大ダメージって感じには見えないのだけが、俺を焦らせる。
ハイ・ゴブリンがよろめきながら、俺の位置を把握して反撃をしてくる。
すでにそこに俺はいない。息をひそめるように、最速の剣を叩きこむ。
今までの攻撃がまったく効いていないわけじゃない。
その証拠に、ハイ・ゴブリンの呼吸が荒れていく。
ハイ・ゴブリンの片目があいて、こちらを見た。
閃光魔法石の効果が、切れ始めた。これで、終わりだっ。
俺は持っていた爆弾魔法石をばらまきながら、後退する。それらに魔力を籠め、起爆する。
俺の魔力に反応し、魔法石が起爆する。
爆音とともに、空気が揺れる。
土煙が浮かび上がったそちらに視線を向ける。やったか……?
しかし、そこに影が見えた。ハイ・ゴブリンは肩で息をしながらも、まだ立っていた。
その両目には強い怒りが見て取れた。
「ガァァ!」
……今の、一撃でもダメ、なのか?
俺がもてる全力を注いだ一撃だ。
なのに……足りないのか。
持っているアイテムはすべて使った。
あとは、この剣で仕留めるしかない。
剣を握りしめるより先に、ハイ・ゴブリンが動いていた。
速い……っ。ここにきて、さらに速くなるのかっ。
なんとか反応してかわした。だが、次に振りぬかれた刀を避けきれない。
左腕を切り付けられた。かなりの力がこもっていたのがわかった。
幸いなのだろうか。斬られたのではなく殴られた、という痛みだった。
「ぐッ!」
あまりの痛みにむせる。目から涙が出てくる。たぶんだが、骨が折れた。ただ、この傷ならポーションで十分治せる範囲だ。
……だが、それを飲む暇がなかった。
ハイ・ゴブリンがもう一度俺との距離を詰めてこようとしたときだった。
ハイ・ゴブリンの体を火の渦が囲んだ。
「……実紅、っ」
「魔法の準備ができたわ。……あとは、私に任せなさい」
実紅が頼もしい笑顔とともに魔法を放つ。渦に飲まれたハイ・ゴブリンはそこから逃げようと動いた。
だが、火はそれを許さない。降り注いだ火が、ハイ・ゴブリンの体を焼いていく。
焼け落ちていく肌、必死に助けを求めるようなハイ・ゴブリンの顔に、先ほどとは立場が逆転したのだとわかった。
……助かっ、た。実紅の魔法が終わったときには、いつものように素材だけが残っていた。
俺は残っていたすべてのポーションを飲んだ。それでようやく腕の痛みも消えた。
結局、アイテムはすべて使ってしまったな。
実紅がいなかったら、死んでいたかもしれない……危なかった。
読んでくださって、ありがとうございます。
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