使用人エリーゼは休暇に戸惑う
第一巻発売記念
『水場はあっちっち』にて、洗濯板でハイテンションになり、一人洗濯物を洗いまくってた使用人さんのお話です。
ぱちりと目を開け、若干ぼやけて見える見慣れた天井に瞬きを繰り返す。
微かに聞こえる小鳥の囀る声に耳を傾けていれば、段々意識もはっきりとしてくるもので。
少し固まっていた体を起こし、いつものようにベッドを降りて窓の方へと歩み寄る。
そしてカーテンを開ければ、窓の外には雲一つない快晴の空が広がっていた。
この様子なら今日は洗濯物が早く乾きそうだ。
そう思ったところで、昨夜上司から言い渡された命令を思い出し、小さく声が漏れた。
「んー……おはよぉエリーゼ。今日も早いわねぇ」
「おはようナタリア。後ろに寝癖が付いてるわよ」
「うそ!?」
窓からうっすら射し込む朝日を感じて目が覚めたのだろう。
後ろ髪を跳ねさせ、寝惚けた様子で私に声を掛けてきた同室のナタリアといつものように朝の挨拶を交わす。
ついでに寝癖のことを教えてやれば、ナタリアは慌てて後頭部に手を回していた。
「あれ、そういえばエリーゼって今日は休暇じゃなかった? もっと寝てなくて良いの?」
「そうなのよねぇ……」
手櫛でどうにかしようとしていたナタリアが、ふと気付いた様子で手を止め、私へと首を傾げる。
ナタリアの言う通り、私は昨夜、上司から急遽休暇を言い渡されており、今日は丸一日休みとなっている。
以前から時々上司から休暇について話はあったものの、人手が足りず忙しい今、体調不良でもなければ休暇なんて必要ない代物だ。
だから休暇なんて取らずに働いていたのだけれど、何やら新しい領主様から指摘があったそうで、何故か休暇を与えられてしまったのである。
聞けば洗濯板開発の褒美も兼ねているそうだが、そもそも私はお嬢様がお持ちになったあの道具を使ってみただけのこと。
だからわざわざ私だけ休暇を与えられるのは少々おかしな話だと思うのだが、どうやら前々から働きすぎだと思われていたらしい。
まぁ、確かにあの時は、ちょっと箍が外れてやり過ぎた自覚はあるけれども、それでもあれぐらい大したことはないはず。
だってこの城の人達って追い詰められたら大体ああなるもの。私だけじゃないもの。
それなのにこうして休暇を与えられたということは、やはりお嬢様の前でああなってしまったのが悪かったのだろうか。
お嬢様からすれば働き過ぎでおかしくなったと思ってもおかしくない状況だったと、今なら思う。
ゼフのことものすごく扱き使ったし、せっかくいただいた洗濯板も力を入れ過ぎたせいでちょっと削れちゃったし……一応やり過ぎた自覚はある。
そんなわけで休暇ではあるのだが、日頃の習慣だろう。
いつも通りの時間に起きてしまった私は、昨夜から悩んでいたことをナタリアへと問いかけた。
「ねぇナタリア、休みって何をしたら良いと思う?」
「そりゃあ、とにかく寝るでしょ」
「全く眠くない場合は?」
「……どうしようね?」
そう、休暇をもらえたのは有難い話なのだが、休暇なんて寝る以外にすることがない。
それなのに特に疲れが溜まっているわけでもないせいで、全くもって眠くないのである。
更に言えば平民が気軽に楽しめる娯楽なんてなければ、本を読むなんて高尚な趣味もない私には、時間潰しの方法すら思い付かなくて。
だから正直、休暇と言われてもやることが一切無くて困っている状態だ。
城下町に出かけてみても良いのだが、ゲーリグ城の使用人としてそれなりの生活をさせてもらっている身だ。
私服で出かけたとしても、身なりを見て余裕があると思われ物乞いされたり、金目のものを狙った者達から絡まれたりしかねない。
領主様が替わって城に変化がもたらされたように、城下町にも変化がもたらされているだろうけれど、一気に変わった城と違って城下町の変化はまだ緩やかだ。
先日も買い出しに出た使用人が町人に絡まれたと聞いているから、根本的なところはまだ変わっていないだろう。
誰か男性が一緒に出掛けてくれるなら話は別かもしれないが、こうも急な休暇ではそう都合良く手が空いている同僚なんて居るとは思えない。
そもそもどこも人手が足りていなくて忙しいだろうし……もうこっそり仕事してちゃダメかしら。
皆が忙しい中、一人だけ休むというのはなんとも気が休まらないものだ。
それならいっその事何かしていたいし、裏の方で働いていてもバレない気がする。
なんて考えたところでコンコンと叩かれた扉に意識を向けた。
「エリーゼ、いるー?」
「いるわよーどうしたのー?」
使用人達が起きる頃合いとはいえ、この時間に誰かが尋ねてくるなんて珍しい。
そう思いつつ扉を開ければ、早番だったのだろう。
既に身支度を終えているフィオーレが緩く片手を振って出迎えた。
「おはよー。はいこれ、お嬢様から贈り物ですって」
「お嬢様から?」
突然のことについ戸惑ってしまったが、差し出された淡い薄紅色の小さな包みと、小さく折り畳まれた紙を受け取る。
どうやらこの紙は手紙のようで、フィオーレに促されるまま開いてみれば、少し歪な幼い子供の字で伝言が綴られていた。
「もしかしてお嬢様からのお手紙?」
「……えぇ、そうみたい」
気になるけれど、人への手紙を勝手に読んではいけないと己を律しているのだろう。
少し離れたところからこちらの様子を窺いつつ、好奇心を隠さず聞いてくるナタリアに小さく頷く。
『私からの特別手当ということで、私が飲んでる紅茶の茶葉のおすそ分けです。
これからもたくさん働いてもらうことになるんだから、今日ぐらいはお茶でも飲んでゆっくり休んでね』
そう当たり前のように書かれた『これからも』という文字を、なんとなく指でなぞる。
きっと、今までのことを知らないから、何の躊躇いもなくそう書けるんだろう。
何も知らない幼子だから、こんな私にまで気を遣い、分け与えてくださるのだろう。
お嬢様が心優しい方だからというのはわかっている。
でも、何も知らずにいられることがほんの少しだけ羨ましくて。
――でも、それ以上に、これからのノゲイラを生きる子供達にはそう在ってほしくて。
「紅茶って、初めて飲むわねぇ……」
確かお茶には種類によって淹れ方があったはず。
厨房の誰かならお茶の淹れ方を知っているだろうか。
後で時間を見計らって聞きに行ってみようか。
そう、慣れない休暇の過ごし方を考えながら、私は華やかな香りを振舞う小さな包みを柔く撫でたのだった。




