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第10章:「マジックミラーの嘲笑」── パート3


受話器のスピーカーの奥から、微弱な交流電流のブーンという低周波音が絶え間なく鼓膜を震わせていた。


郡拘置所の通話監視システム特有のハム音だった。奥の管理室で、警備係がオープンリール式テープレコーダーの録音メーターを監視していることは、クリスにも、そして刑務手続きに詳しい神崎の側にも明白だった。一言でも直接的な犯罪の自白や教唆を口にすれば、磁気テープに物理的な波形として固定され、そのまま証拠物件として法廷に提出される。


クリスは黄色のリーガルパッドの上にパーカーのボールペンを構えたまま、受話器のマイクに向かって穏やかに口を開いた。


「神崎さん、お時間をいただき感謝します。……大学の判例研究ゼミで、大陪審の起訴状に記載された法医学的所見と、貴方が実践されていた野外訓練でできた身体的な痕跡の類似性を照合しています。客観的な記録を残すため、具体的な器具の扱いについて二、三お伺いできますか」


神崎は受話器を握ったまま、眉間に深い溝を刻んでいた。手首の鎖が棚板の冷たいステンレスに当たってカチリと鳴る。


「……学生のくだらんレポートに付き合っている暇はない」


神崎の嗄(か)れた声が、電話回線の狭い周波数帯域を通して耳に届いた。


「俺は誰も殺していない。弁護士が来れば、こんな茶番はすぐに終わる。お前がハリス議員の推薦状を持っていようが、話すことは何もない」


「ええ、もちろんその通りでしょう。無罪の推定は合衆国憲法が保障する最優先の権利です」


クリスは一切声を荒らげず、丁寧に相槌を打った。そして、膝の上のリーガルパッドにペン先で無意味な幾何学模様を淡々と描きながら、極めて抑制されたトーンで言葉を継いだ。


「ただ、私が興味深く思っているのは、鑑識報告書に記載された細部の『整合性』なのです。……例えば、被害者の手首を緊縛していた二分の一インチ径のマニラ麻ロープの結び目についてです」


神崎の視線が、アクリル板の向こうのクリスに留まった。


「マニラ麻は、湿気を含むと繊維が硬化し、結び目を解くのが極めて困難になる性質がありますね。特に、雨の夜の深い森の中では、ロープの張力が濡れた皮膚に容赦なく食い込む。……細い手首に三重に巻き、結び目を強く引き絞る際の手応え。麻のけば立ちが掌の皮膚を擦る感触は、登山用のナイロンロープを扱い慣れた人間にとっても、実に独特で手応えを得られる感触だったはずです。そうは思われませんか?」


神崎の呼吸が、微かに止まった。


受話器の向こうから聞こえるクリスの語り口は、教科書を引用する学生のそれと何ら変わらなかった。だが、その語彙の選択──「濡れた皮膚に食い込む張力」「結び目を強く引き絞る際の手応え」「麻のけば立ちが掌を擦る感触」。それは、単なる書類上の活字を読んだ人間の言葉ではなかった。暗闇の中で実際にロープを手に取り、生きた人間の手首に体重をかけて縛り上げた者だけが知る、生々しい触覚の記憶そのものだった。


「……何が言いたい」


神崎の声のトーンが、わずかに低くなった。


「次に、正門脇の屋外工具小屋についてです」


クリスは手元のペンを走らせる真似を続けながら、アクリル板越しに神崎の濁った瞳をじっと見つめた。


「あの小屋の土台は、カスケードの長雨で常に湿気を含んでいますね。入り口から入って三枚目の床板。あそこの釘が一本浮いていて、床下にはちょうど成人男性の腕が一本入る程度の空間がある。……錆びついたソケットレンチの工具箱の真下、冷たく湿った土の上に、何か小さな金属片──例えば、細いチェーンのついた十四金のペンダントなどを滑り込ませた場合、泥がクッションとなって金属音を立てずに底に沈む。あの床下の暗闇と湿り気は、誰にも見つからずに物を隠しておくには、実におあつらえ向きの場所でした」


神崎の心臓が、肋骨の裏で大きく脈打った。


(な……ぜだ……?)


神崎の背筋を、氷水を注ぎ込まれたような戦慄が駆け抜けた。

工具小屋の床下の状況。浮いた三枚目の床板。錆びたソケットレンチの工具箱の位置。

それらの極めて詳細な情報は、新聞やテレビの報道には一行たりとも出ていない。警察の発表は単に「正門脇の作業小屋の床下から遺留品を押収」としか報じていなかったのだ。なぜ、このポートランドの法学生が、現場の床板の歪みや、ペンダントを滑り込ませた際の泥の感触までを、あたかも自らの手で置いたかのように正確に描写できるのか。


「お前……」


神崎の唇が震え、受話器を握る指関節が白く浮き上がった。


クリスは神崎の動揺を余すところなく観察しながら、さらに静かに、核心に迫る言葉の針を刺し込んだ。


「それから、鉄条網の外側に広がる急斜面の直下──トビー少年が滑落したとされる、あの谷底の窪地についてです。あの地形は沢からの冷気が滞留しやすく、夜間は地表の泥の温度が著しく低下します。雨水に晒された二つの遺体が急速に体温を奪われていったあの場所は、カスケードの気候を隅々まで熟知した者でなければ選べない場所でしょう。……神崎さん、あの冷え切った泥の上に二体の人間が並んでいたという事実は、検察側にとって、貴方の活動拠点と直結する強力な状況証拠と見なされています


受話器から流れるクリスの声には、何の感情の昂ぶりもなかった。

だが、その一言一言が、神崎の頭脳の中で閃光のように炸裂していた。


ロープの結び目。

工具箱の真下のペンダント。

トビーが転落したまさにそのラインの真下に遺棄された二体の死体。


(こいつだ)


神崎の全身の血液が、逆流するように沸騰した。

目の前に座る、この仕立ての良いスーツを着た、清潔で、世間から「同情すべき模範青年」と称賛されている白人学生。

テレビのニュースで、不当捜査の犠牲者として切なげに微笑んでいたこの男こそが、人跡未踏の山奥の境界線に忍び込み、サラ・ジェンキンスの遺体を、そしてシゴキの手口を模倣したもう一体の遺体を泥の中に並べ、工具小屋の床下にペンダントを滑り込ませた張本人なのだ。


「……貴様が……」


神崎の喉から、肉食獣のような低い唸り声が漏れ出た。

受話器を持つ手が激しく震え、腰鎖がアクリル板の前の金属棚をガタガタと叩いた。


「貴様が……あの森に、死体を持ち込んだのか……!」


クリスはその言葉に対し、肯定も否定もしなかった。

彼は静かに受話器を耳から数センチ離し、通話が警備室のオープンリールにどのように記録されているかを注意深く窺っていた。


そして、クリスはリーガルパッドの上に置いていたボールペンを置き、アクリル板の傷の向こうにいる神崎猛の顔を、まっすぐに見つめ返した。


その唇の端が、ほんの数ミリだけ、極めて示唆的に、嘲弄を込めて歪んだ。

声には出さず、ただ視線と口元のわずかな筋肉の動きだけで、彼は神崎にメッセージを伝えていた。


──そうだ。俺がやった。すべて俺が仕組んだのだ、と。


その赤裸々な自白を宿した侮蔑的な眼差しを突きつけられた瞬間、神崎猛の脳内で、自制心を繋ぎ止めていた最後の鎖が、音を立てて千切れ飛んだ。



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