第9章:「カルトの生贄」── パート4
オレゴン州警察ポートランド分署の二階執務室は、昼過ぎのじっとりとした湿気と、ひしゃげた吸い殻の悪臭に満ちていた。
廊下を歩くマッケンジーの耳に、規則的なタイプライターの打鍵音と、交換台を通じた受話器の乾いたベルの音が届いていた。だが、彼が捜査課の木製ドアを押し開けた瞬間、フロアの空気はたちまちに静まり返った。
デスクに並ぶ同僚の刑事たちが、書類をめくる手を止め、あるいはコーヒーカップを口元に運んだ姿勢のまま、マッケンジーに視線を向けた。その眼差しには、同情も敵意もなかった。ただ、組織の意向に逆らい、公判維持を危うくした「厄介者」がどのような処分を受けるのかを、遠巻きに見届けるよそよそしい隔たりだけが漂っていた。誰も声をかけようとはしなかった。
「ジェリー。入れ」
突き当たりにある分署長室のドアが開き、ハーヴェイ・ルイス警部が手招きをした。
部屋に入ると、ルイスはブラインドを完全に降ろし、デスクの奥の回転椅子に深く腰掛けた。デスクの上には、クラカマス郡地方検察局の公用箋、そしてオレゴン州警察監察官室(内務調査課)の赤い受付印が押された書類が、クリップで留められて置かれていた。
「バレット副検事から、州警本部長宛てに正式な抗議書が届いた」
ルイスは低く、辛抱の滲む声で口火を切った。デスクの端にある安物の灰皿には、吸い殻が山盛りになっている。
「クラカマス郡の連続殺人捜査において、「管轄外のクラカマス郡の現場へ無許可で介入し、保安官事務所の鑑識作業と証拠保全の手順を不当に混乱させたという、重大な越権行為の申し立てだ」……それだけじゃない。今朝の十時、州議会のハリス議員の顧問弁護士から、州警本部長室に直接電話が入った」
マッケンジーは立ったまま、無言でルイスを見下ろしていた。トレンチコートの裾から、泥水が小さな染みとなって床の安リノリウムに垂れていた。
「ハリスの事務所は激怒している」
ルイスは人差し指で机を叩いた。
「お前が無許可で続けていたクリストファー・ベネットに対する尾行と監視記録だ。バレット検事からその話を聞いた弁護士が、違法捜査と人権侵害、職権濫用による民事訴訟を起こすと通告してきた。秋の市長選を控えたハリスにとって、事務所のボランティアである優秀な法学生が、老刑事の言いがかりによって名誉を傷つけられたという絵図は、警察予算を削る格好の口実になる」
「あいつらは事実を見ていない」
マッケンジーは掠れた声で言った。
「神崎の施設に証拠を仕込んだのはベネットだ。あいつのアパートの前を張り込んでいた夜、ベネットは別の車を使って──」
「もういい、ジェリー!」
ルイスが声を荒らげ、デスクを平手で叩いた。書類の束がわずかに跳ねた。
「物証があるのか? ベネットが車を運転していたという目撃者は? 現場に残されたタイヤ痕は? ……何一つないんだろうが! 神崎アカデミーの工具小屋から出たペンダントの鑑定書には、鑑識主任のサインが入っている。遺体のロープも丸太も、すべて神崎の施設のものと合致した。郡保安官も、州警察の現場捜査班も、検察局も、全員が神崎の犯行だと結論づけているんだ。お前一人の『勘』のために、なぜ州警察全体がハリス議員と検察局の双方から袋叩きに遭わなければならないんだ?」
ルイスは引き出しを開け、一枚の公文書を取り出した。青い活字で『無期限職務執行停止命令書』とタイプされている。
「本部長の決裁が下りた。本日付で、お前を無期限の停職処分とする。内務調査課が正式な聴聞会を開くまで、警察施設への立ち入り、捜査資料の閲覧、および本件に関する一切の公的発言を禁じる」
ルイスはマッケンジーの顔を見ようとせず、デスクの端を顎で指した。
「……身分証と銃を置け」
険悪な沈黙が、狭いオフィスを支配した。
換気扇が回る音だけが、遠くの唸り声のように聞こえていた。
マッケンジーはゆっくりと手を伸ばし、トレンチコートの内ポケットから、黒い革ケースに入ったオレゴン州警察の身分証を取り出した。真鍮の星型バッジは、長年の使用によって角が丸まり、メッキが剥げていた。彼はそれをデスクの中央に滑らせた。
続いて、右腰の革製ヒップホルスターのスナップボタンを外した。
引き抜かれたのは、銃身の短いコルト・ディテクティブスペシャル、三八口径のリボルバーだった。木製のグリップには、手のひらの汗と摩擦によって黒ずんだ艶がある。マッケンジーはシリンダーラッチを親指で押し、スイングアウトさせた。
カチ、という金属音とともに、シリンダーから六発の三八スペシャル弾が手のひらへ滑り落ちた。鉛の鈍い光を放つ弾丸を、彼はデスクの上に一発ずつ、等間隔に並べた。そして、空になったリボルバーを静かに置いた。
ルイスはそれらを一瞥し、溜息をつきながら引き出しの奥へと仕舞い込んだ。
「……荷物をまとめて、裏口から出ろ。表の通りには、神崎の逮捕を知った記者どもが集まり始めている。余計な口を利くなよ」
マッケンジーは何も答えず、踵を返して分署長室を出た。
捜査課の執務エリアに戻ると、若い巡査が一人、無言で底の深い茶色の段ボール箱を彼のデスクの上に置いて立ち去った。
マッケンジーは自分の椅子に座ることなく、淡々と私物を箱に詰め始めた。
欠けた取っ手を接着剤で修復した陶器のコーヒーマグ。
引き出しの奥に入っていた使い古しの虫眼鏡。
未開封のウィンストン二箱。
そして、私用の大学ノートが三冊。
ノートのページには、過去数ヶ月間にわたり、彼が個人的に書き留めてきた失踪者たちの情報が、びっしりと青いインクで埋め尽くされていた。リンダ・カーターの身長と最終目撃日時、サラ・ジェンキンスの車両が発見された州道九号線の詳細な見取り図、そしてクリストファー・ベネットの大学講義スケジュールとホットラインのシフト表。
彼はノートを箱の底に押し込み、その上に薄手のウインドブレーカーを被せて隠した。
周囲の刑事たちは、書類に目を落としたまま、誰一人としてマッケンジーと視線を合わせようとしなかった。二日前まで隣のデスクで煙草を吸っていた男が、組織の成員から外れた瞬間、最初から存在しなかった人間のように扱われていく。警察という官僚組織が持つ、機械的な排除の儀式だった。
箱を抱え、マッケンジーは静かに中央の通路を歩いた。
床板がきしむ音だけが、静まり返ったフロアに響いていた。
裏階段を降り、非常口の重い鉄扉を押して外へ出ると、不快な雨の混ざった風が彼の顔を打った。
湿った路地裏の駐車場。アスファルトの窪みに溜まった油混じりの雨水が、鈍い虹色の輪を作っている。
マッケンジーは、自分のシボレーの助手席のドアを開け、段ボール箱をシートの上に置いた。
金属の鍵を回して運転席に乗り込む。
腰のホルスターは空になり、胸ポケットにあったはずの重い革ケースの感触も消えていた。
法を執行するための権限、公的な身分、武器、無線機、同僚のバックアップ。そのすべてが、書類一枚の決裁によって剥ぎ取られていた。今や彼は、年老いて膝を痛めた、ただの無職の中年男に過ぎなかった。
フロントガラスの向こう、雨の降りしきる本部の通用口を、数台のパトカーがサイレンを鳴らして飛び出していくのが見えた。神崎猛の起訴に向けた、追加の家宅捜索部隊だった。
マッケンジーはポケットから折れた煙草を取り出し、マッチの炎を先端に吸い寄せて赤く灯し、熱い煙を肺の奥まで吸い込んだ。
煙が冷え切った車内に充満していく。
彼はエンジンキーを回した。スターターモーターが数回空回りしたあと、古いV8エンジンが重い唸り声を上げて始動した。
警察のバッジを失った猟犬は、ワイパーの軋む音を聞きながら、雨のポートランドの街へと、一人で車を滑り出させていった。




