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小説『名もなき荒野のブッシュ』 第1章:「猟犬と美しき獣」── パート5

深夜二時。ポートランド郊外を走る州道沿いは、深い闇と雨のベールに包まれていた。

道路の脇に、ヘッドライトを弱々しく点滅させた一台のセダンが停まっている。ボンネットからは微かに白い湯気が立ち上り、若い女性が途方に暮れた様子で、傘もささずにエンジンルームを覗き込んでいた。

「どうしてこんな時に……」

彼女の名はサラ。オレゴン大学の二年生だった。深夜のダイナーでのアルバイトを終えて帰宅する途中、オルタネーターの故障で立ち往生してしまったのだ。一九七四年のこの時代、通りかかる車を待つか、最寄りのガソリンスタンドまで歩いて公衆電話を探すしかない。

冷たい雨が彼女の栗色の長髪を濡らし、頬を伝う。寒さに震えながら彼女が立ちすくんでいると、闇の向こうからベージュのフォード・セダンがゆっくりと近づき、彼女の車の前に停車した。サラは身をこわばらせたが、運転席から降りてきた人物を見て、その警戒心は一瞬で氷解した。

降りてきたのは、息をのむほど整った顔立ちの青年だった。

さらに、彼の左腕は白いギプスで固定され、三角巾で首から吊るされていた。青年はひどく申し訳なさそうな、それでいて温かい微笑みを浮かべてサラに話しかけた。

「こんばんは。大変そうだね。僕が手伝えればいいんだけど、あいにくこの腕じゃタイヤ一本まともに持ち上げられそうにないんだ」

サラは思わず小さく笑ってしまった。青年の洗練された物腰と、怪我をしているという「無害さ」が、彼女の緊張を完全に解きほぐしたのだ。

「いいえ、停まってくれただけで感謝するわ。最寄りのガソリンスタンドまで乗せていってもらえる?」

「もちろんだよ。ただ、その前に少しだけ手伝ってもらえないかな?」

クリスは困ったように肩をすくめ、自分の車のトランクを顎で指した。

「大学の講義で使う重い憲法の資料の箱を、トランクに積みっぱなしなんだ。この片腕じゃどうしてもアパートに運べなくてね。もしよければ、僕の車の助手席までその箱を移動させるのを手伝ってほしいんだ。そうすれば、君を乗せるスペースができる」

「ええ、それくらいならお安い御用よ」

サラは疑うことなく頷き、彼の車の後ろへと歩いた。クリスは懐中電灯を取り出し、彼女の足元を優しく照らした。

「足元に気をつけて。この辺りは泥濘が多いから」

「ありがとう、優しいのね」

サラがトランクの中を覗き込み、重そうな木箱に手を伸ばした、その瞬間だった。

背後から、懐中電灯の光がふっと消えた。

「クリス……?」

サラが怪訝に思い、振り返ろうとした瞬間、彼女の視界は激しい衝撃とともに火花を散らした。クリスが三角巾の裏に隠し持っていた、重い真鍮製のタイヤレンチが、彼女の側頭部を正確に捉えていた。

サラは悲鳴を上げる間もなく、泥濘の上に崩れ落ちた。

クリスは無表情のまま、ギプスを外した両手で彼女の細い身体を軽々と抱き上げ、トランクの中へと押し込んだ。彼女の栗色の長髪が、トランクの淵から一筋だけはみ出している。クリスはそれを丁寧に中に押し込み、トランクの蓋を静かに、だが重々しく閉めた。

カチャリ、という金属音が雨音の中に消えていく。

同じ頃、オレゴン大学の東側駐車場から少し離れた路上で、マッケンジー刑事は自身のシボレーの中で眠気と戦っていた。

ダッシュボードの上には、何本もの吸い殻が山を成し、コーヒーの空き缶が転がっている。彼はクリスが再びこの周辺に現れると信じ、無許可の張り込みを続けていた。だが、深夜のキャンパスは静まり返っており、雨の音だけが車内を支配している。

不意に、車載無線機からザーという激しいノイズとともに、悲痛な音声が流れ込んできた。

『各局、こちらポートランド北分署。州道九号線付近で、二十歳の女性、サラ・ジェンキンスの車両が放置されているのが発見された。エンジンはかかったままで、本人の姿はない。付近の不審車両および不審人物の捜索を開始せよ……』

マッケンジーは息を呑み、無線機をひったくった。

「マッケンジーだ! 現場の状況は? 被害者の身体的特徴を言え!」

『栗色の長髪、真ん中分けのヘアスタイル。失踪したリンダ・カーターの友人のようだ……』

無線機を握るマッケンジーの手が、激しく震えた。

まただ。また奴に先を越された。

彼はクリスのアパートの方角を睨みつけた。だが、今の彼には何もできない。物証も、令状もない。あるのは、闇の中でまた一人、若い命が消え去ったという残酷な事実だけだった。

マッケンジーはギアをローに入れ、アクセルを強く踏み込んだ。タイヤが濡れたアスファルトを空回りさせ、鋭い金属音を響かせて暗闇の中へと疾走していく。

雨は激しさを増し、オレゴンの深い森と、そこに眠る無数の秘密をすべて洗い流そうとするかのように、降り注ぎ続けていた。

その雨の向こう、州境を越えた先には、かつて数々の未開の地を制覇した男が作った、もう一つの「地獄」が待ち受けている。

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