第8章:「沈黙の目撃者」── パート4
神崎アカデミーの中庭は、泥水を跳ね上げるパトカーのタイヤと、飛び交う怒号によって、混沌の極みに達していた。
鑑識のフラッシュが、陰気な霧雨の中で青白く明滅を繰り返している。正門脇の工具小屋からは、サラ・ジェンキンスの遺品である14金のペンダントが証拠品袋に入れられて運び出され、手錠をはめられた神崎猛は、激しい抵抗の末に州警察の大型バンへと力ずくで押し込められていった。彼がパトカーの鉄格子の向こうから放つ怒りの咆哮は、周囲の喧騒にかき消され、誰の耳にも届かない。
宿舎の軒下には、毛布を被せられた十数人の訓練生たちが、家畜のように一箇所に集められていた。彼らは皆、何が起きているのかも理解できず、銃を構えた保安官代理たちの厳しい監視の下で、ただ歯の根をガチガチと鳴らして震えていた。
その集団からわずかに離れた丸太の陰に、ビリーは一人、直立不動のまま立ち尽くしていた。
腕に巻かれた黄色い班長の腕章は泥に汚れ、ポケットに突っ込んだ両手は、耐え難い寒冷と恐怖のために痙攣するように震えていた。彼の視線は、赤色灯が反射する泥濘の一点に縫い付けられたまま、微動だにしなかった。
「……おい、お前だ」
低く、錆びついたようなかすれ声が、すぐ真横から降ってきた。
ビリーが弾かれたように顔を上げると、そこには、泥水を吸って鉛のように重くなったトレンチコートを着た男が立っていた。ジェリー・マッケンジー刑事だった。無精髭に覆われた疲弊しきった顔、そして何日も眠っていないことが一目でわかる充血した濁った瞳。だが、その瞳の奥には、獲物の臭気を決して逃さない老練な猟犬の、限りなく鋭い意志が宿っていた。
マッケンジーは、ビリーの腕の黄色い腕章を一瞥すると、顎で宿舎の裏手の暗がりを指した。
「俺と来い。話がある」
マッケンジーはビリーの肘を乱暴に掴むと、他の保安官代理たちの目が届かない、古い薪小屋の軒下へと彼を引きずり込んだ。軒先から滴る冷たい雨だれが、二人の足元の泥を打つ。
マッケンジーはコートのポケットから煙草を取り出し、風を遮りながらジッポライターの火をつけた。紫煙を一口吐き出すと、煙草を指に挟んだまま、ビリーの青白い顔を覗き込んだ。
「お前がこの連中のリーダーだな。腕章を見ればわかる。名前は?」
「……ビリーだ」
掠れた声しか出なかった。喉がカラカラに干からびていた。
「いいか、ビリー。時間がないから手短に言う」
マッケンジーは煙草を灰皿代わりに濡れた薪の束に押し付け、一歩間合いを詰めた。刑事の体から漂う安煙草と濡れた羊毛の匂いが、ビリーの鼻腔を突く。
「俺は、さっき手錠をかけられた神崎猛の顔を見ていた。あの男は、敷地の境界から二体の女の死体が出たとき、心底から驚いていた。動揺し、混乱し、未知の罠に突然足を掬われた無防備な人物のように怯えていた……あいつは尊大な暴君かもしれんが、あの死体について、実際に何も知らなかったんじゃないのか?」
ビリーの心臓が、ドクンと跳ね上がった。肋骨を突き破るような激しい拍動が耳の奥で鳴り響く。
マッケンジーはビリーの微かな動揺を見逃さなかった。彼はさらに身を乗り出し、低く、しかし鉄のような確信を込めた声で畳みかけた。
「あそこにあった二つの死体は、外部から運び込まれたものだ。一人は数週間前にポートランド近郊で消えたサラ・ジェンキンス。そしてもう一人は、殺されたばかりの女だ。手首にロープを巻かれ、神崎のシゴキに似せた打撲痕をつけられていた。……前日の夜、あるいは嵐の最中、この敷地の境界に近づいた不審な車を見なかったか? 見慣れないセダンだ。背の高い、小綺麗で、驚くほどハンサムな男が運転していたはずだ。……心当たりがあるな、ビリー?」
(……クリス・ベネット……!)
ビリーの脳裏に、昨夜の光景が鮮血のような鮮やかさで蘇った。
濃霧の中、音もなく現れたくすんだグリーンのダッジ・セダン。トランクから引きずり出された、髪の長い少女の冷たい肉塊。そして、車内の淡い明かりに照らし出された、あの彫刻のように整った白人青年の横顔。テレビの生放送で、数日前まで全米の女性たちを熱狂させていた、あの模範的な青年の顔──。
真相を叫びそうになる感情が、ビリーの喉元までせり上がってきた。
『違う! ボスじゃない! 真犯人はあのテレビの男だ! 前夜、緑のダッジでやってきて、死体を捨てて、工具小屋にあの金色のペンダントを隠したのは、クリス・ベネットなんだ!』
言わなければならない。今すぐこの刑事にすべてをぶちまければ、神崎は助かる。理不尽な連続殺人の濡れ衣を晴らし、ボスをあのひとりぼっちのパトカーの檻から救い出すことができる。
だが──その言葉を口から吐き出そうとした瞬間、ビリーの全身の血が、急速に冷めていった。
(……待て。俺はどうやってそれを無難に説明するんだ?)
もし、昨夜クリスを目撃したと証言すれば、警察は即座に問い詰めてくるだろう。
『なぜお前は、何のために深夜三時に、アカデミーの境界線の森を一人でうろついていたのか?』と。
その問いに答えれば、自分が警察に怪しまれてしまうかもしれない。
トビーの喘鳴。崖からの転落。割れた頭骨と、大量の鮮血。そして、ボスである神崎とともに、前夜遅くにトビーの死体を山奥の原生林へと運び、深い穴に埋めて隠蔽したという、自分自身の致命的な重罪。
真相を話せば、神崎は連続殺人の容疑からは免れるかもしれない。だが、その代わりに「トビー・ジェンキンスに対する過失致死、あるいは殺人、そして死体遺棄」という身に覚えがある悪事への鉄槌が、神崎とビリーの頭上に振り下ろされるのだ。
さらに、ビリーの脳裏に、かつて神崎が自らを泥沼から救い出したときに叩き込んだ、あの戒めの言葉がリフレインのように響き渡った。
『都会の警察や法律は、お前たちを切り捨てた薄情の塊だ。このカスケードの森の外にいる人間は、全員が敵だ。お前を真に人間として再生させたのは、この俺の掟だけだ』
ビリーにとって、神崎猛は単なる施設の長ではなかった。ドラッグに溺れ、親からも見捨てられ、廃人のように死にかけていた自分を力ずくで引きずり上げ、「奈落の底から這い上がる達成感」を与えてくれた、世界で唯一の絶対的な「神」だった。
その神が、自らの保身のために「トビーは脱走した」と嘘をつき、墓場まで持っていくつもりで沈黙を守っている。
それなのに、自分が外界の敵に口を割れば、トビーの死が白日の下に晒され、アカデミーは跡形もなくに崩壊する。自分もまた、ボスを裏切った罪深い廃人へと逆戻りしてしまう。
ボスの戒めを守るのか。それとも、外界の敵(警察)にすべてを委ねて成り行き任せにするのか。
二つの苦しい選択肢の狭間で、ビリーの精神は張り裂けんばかりに軋みを上げていた。奥歯を噛み締めすぎて、口の中に鉄の味が広がっていく。額から吹き出した脂汗が、雨水と混ざり合って頬を伝い落ちた。
マッケンジーは、ビリーの喉仏が激しく上下し、瞳の奥に凄まじい葛藤が吹き荒れているのを見逃さなかった。
刑事は煙草の吸い殻を泥の中に踏み消し、ビリーの両肩を鷲掴みにした。
「おい、ビリー! お前は何かを見たな? 知っていることを全部話せ! あの男がここへ来たのか!? 話せば、お前を守ってやる!」
マッケンジーの必死の懇願。それは、あと一歩でクリスという殺人鬼の尻尾を掴むことができるという、刑事生命のすべてを賭けた叫びだった。
だが、その「守ってやる」という言葉が、皮肉にもビリーの心の防壁を完全に閉ざしてしまった。
(守るだと……? 笑わせるな。誰も僕を守っちゃくれなかった。サンフランシスコの路地裏で死にかけていたとき、警察のお前らは僕を汚物のように蹴り飛ばしただけじゃないか。僕を守ってくれたのは、ボスだけだ!)
ビリーの瞳から、葛藤の色がすっと消え去った。
代わりに宿ったのは、外界を一切遮断した、神崎が植え付けた戒めが発現した「狂信」の色だった。
ビリーはマッケンジーの手を、泥まみれの腕で力任せに振り払った。
「……何も、見ていない」
その声は、驚くほど低く、乾いていた。
「嘘をつくな! お前の目は──」
「何も見ていないと言ったんだ!」
ビリーはマッケンジーを睨みつけ、吐き捨てるように叫んだ。
「前夜はずっと宿舎にいた! 車なんて見ていない! 見知らぬ男なんて、ここには誰も来ていない! ……あそこにあった死体もボスの仕業なのかもしれない、あの小屋にあったペンダントもきっとボスのものだ。ボスがやったんだろ! この山では、ボスの言うこと、やることが絶対なんだ。僕たち生徒は何も知らない!」
ビリーは自らの手で、神崎の喉元に決定的な刃を突き立てる言葉を放った。
トビーの死と隠蔽という秘匿したい自らの罪深い秘密を守るため、そして神崎の教えに従って外界の警察を拒絶するため、ビリーはクリスという真犯人の存在を完全に消し去り、すべての罪を神崎猛一人へと背負わせる道を選んだのだ。
「ビリー、待て! 考え直せ!」
マッケンジーが呼び止めるのも聞かず、ビリーは泥を跳ね上げて駆け出し、他の訓練生たちの群れの中へと逃げ戻っていった。震える背中を丸め、二度とマッケンジーと目を合わせようとはしなかった。
マッケンジーは、暗然たる霧雨のなかに一人立ち尽くした。
彼の握りしめた拳が、怒りと徒労感で小刻みに震えていた。
(……真相を知りながら、なぜ黙っている、神崎の逮捕を止められるのだが)
目の前にある唯一の突破口が、狂信という名の鉄扉によって固く閉ざされた瞬間だった。マッケンジーはやるせなく降り続くカスケードの霧雨を見上げ、クリス・ベネットという殺人鬼が張り巡らせた蜘蛛の巣が、ものの見事に狙い通りに獲物を捕らえてしまったのかを悟り、惨めな敗北のため息を吐き出すしかなかった。




