第8章:「沈黙の目撃者」── パート3
カスケード山脈の鬱蒼とした原生林に、十数台のパトカーのけたたましいサイレンが反響していた。
赤と青の強烈な光が、神崎アカデミーの頑強な鉄ゲートを不吉に照らしている。ポートランドから緊急招集された鑑識班のバンや、州警察の特別捜査車両が林道を次々と埋め尽くし、規制線の黄色いテープが鉄条網の外側を瞬く間に封鎖していった。
「神崎猛! じっとしていろ!」
正門を力ずくで押し開け、執務室へと雪崩れ込んできたのは、顔面を蒼白にしたバーンズ保安官と、ショットガンを手にした州警察の捜査官たちだった。その後ろから、泥まみれのトレンチコートを着たマッケンジー刑事が、訝しげな目つきを放ちながら静かに部屋へと足を踏み入れた。
「保安官、これは何の真似だ」
デスクの前に立っていた神崎猛は、鋭い眼光で警察たちを睨みつけた。その表情には、世界的な冒険家としての威厳と、プライベートな領域を侵されたことに対する強烈な怒りが湛えられていた。
「令状もないまま、勝手に敷地へ押し入ることは許されんぞ。トビーの捜索はどうなった」
「その令状なら、ちょうど今手配した!」
バーンズ保安官は、焦燥と困惑が混ざり合った上擦った声で怒鳴り返した。
「神崎、よく聞け! 貴様の施設のすぐ裏手、境界線の谷底から、失踪していた若い女性たちの遺体が二体発見された! 一体は数週間前から行方不明だったサラ・ジェンキンス、そしてもう一体は、手首をロープで縛られ、全身を激しく殴打された真新しい死体だ!」
「……何だと?」
神崎の表情が、凍りついたように静止した。
雲行きの怪しさを察知したかのように、彼の強靭な肉体が一瞬だけ微かに揺らぎ、眉間に深い亀裂のような皺が刻まれた。
神崎の脳内を、これまでに経験したことのない猛烈な混乱が吹き荒れていた。
(女の死体……? サラ・ジェンキンスだと……?)
あり得ない。絶対にあり得ない事態だった。
神崎が昨夜隠したのは、訓練中の事故で崖から転落し、頭部を強打して死んだトビー・ジェンキンスという一人の少年の死体だけだ。そしてその遺体は、敷地から何マイルも離れた原生林の深部に、ビリーたちと共に深く埋めて闇に葬ったはずだった。
なぜ、敷地のすぐ裏の谷底から、女の死体が出るのか。それも、二体も。
極寒のカラコルム山脈の絶壁で、予期せぬ巨大雪崩に直面したときですら失わなかった神崎の冷静さが、足元から音を立てて崩壊していく。自分自身に身に覚えがない世間を震撼させる連続失踪事件の死体が、自分の喉元に突きつけられているのだ。
「馬鹿な……。そんなものは知らん! 誰かの企みだ!」
神崎の口から漏れたのは、彼らしくもない、動揺に満ちた叫びだった。
だが、その言葉は武装した捜査官たちには、罪を逃れようとする凶悪犯の苦し紛れの抗弁にしか聞こえなかった。
「全員、手を頭の後ろで組め! アカデミー内のすべての施設、宿舎、倉庫の家宅捜索を開始する!」
州警察の号令とともに、十数人の捜査官たちが宿舎へと突入していった。
隙間風の吹き込む粗末なキャビンから、訓練生たちの怯えた悲鳴が響き渡る。ベッドがひっくり返され、トランクがこじ開けられ、彼らが訓練で使用していたダグラスファーの丸太や、太い麻ロープが次々と「凶器の照合用」として押収されていく。
マッケンジーは、混乱する神崎の顔をじっと見つめていた。
(……こいつは、本当に知らなかったんじゃないのか?)
マッケンジーの鋭い観察眼は、神崎の動揺が演技ではないことを捉えていた。神崎の瞳に浮かんでいるのは、犯行者が追い詰められたときの焦りではなく、未知の罠に突然足を掬われた無防備な人物のような、面を食らったような慌てふためきぶりだった。
そのとき、外の敷地から鑑識官の鋭い叫び声が響いた。
「おい! こっちに来てくれ! 正門脇の工具小屋だ!」
マッケンジーとバーンズ保安官は、神崎を拘束したまま中庭を抜けて屋外工具小屋へと走った。
古い油とカビた木材の臭いが充満する小屋の奥。鑑識官の一人が、床板の隙間をバールでこじ開け、懐中電灯の光を当てていた。
泥まみれの床板の下、錆びついたスパナの影に、細い金属のチェーンが光を反射して鈍く輝いていた。
鑑識官がピンセットで慎重につまみ上げたのは、泥に汚れた、しかし間違いなく上等な仕立ての、14金の小さなペンダントだった。
「……これを見ろ」
鑑識官が息を呑んだ。
ペンダントの裏面には、小さく『S.J.』のイニシャルが刻印されていた。
「サラ・ジェンキンスの私物だ」
マッケンジーが低く、乾いた声で呟いた。
その瞬間、工具小屋の中の空気が、絶対零度へと凍りついた。
敷地のすぐ外に遺棄された二体の遺体。その手首に残された、アカデミーの備品と酷似する麻ロープの痕跡。そして、神崎猛の統治する領地の一部である工具小屋の床下から発見された、被害者の確定的な遺留品。
「神崎……貴様、生徒たちを立ち直らせると言いながら、密かにこんな猟奇的な真似をしていたのか」
バーンズ保安官の目が、軽蔑と激しい怒りに燃え上がった。
保安官はホルスターから手錠を引き抜き、神崎の背後に回った。
「違う! 俺は知らん! 誰かが仕組んだ罠だ!」
神崎は激昂し、手錠をかけようとする保安官の腕を振り払おうと暴れた。
だが、屈強な州警察官たちが一斉に神崎の太い腕を取り押さえ、泥まみれの床にその巨体をねじ伏せた。世界を股にかけた偉大な冒険家の顔面が、冷たい泥の中に無残に押し付けられる。
マッケンジーは、証拠品袋に入れられた金色のペンダントを見つめながら、拳を強く握りしめた。
2名の亡骸とペンダント、あまりにも容易に見つかり、あまりにも一目でわかる物証のために捜索隊のメンバーは気持ちを切り替え、神崎猛へと視線を向けざるを得なくなった。だが、その一目瞭然さこそが、マッケンジーにはしこりが残り、疑いの目を向ける格好の対象になっていた。
外では、遠くから近づいてくるテレビ中継車のけたたましいクラクションの音が、霧の立ち込めるカスケードの谷間に響き渡り始めていた。




