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第8章:「沈黙の目撃者」── パート2


霧雨が、原生林の葉先から絶え間なく雫となって滴り落ちていた。


カスケード山脈の谷底へと下る急斜面は、前夜までの豪雨によって完全にぬかるみ、踏み出すたびに重い粘土質の土がブーツの底を掴んで離さなかった。


「おい、足元に気をつけろ! 滑落したら骨を折るぞ!」


黄色い雨合羽を着た山岳救助隊員の絶叫が、湿った空気の中に鈍く響く。


前方では、太い胴回りのブラッドハウンドが二頭、泥水を蹴立てて激しく息を荒らげながら、分厚い革のリードを力任せに引いていた。彼らの湿った黒い鼻梁(びりょう)は地表を這うように激しく動き、泥の底に沈んだ微かな「異臭」を貪欲に追跡していた。


ジェリー・マッケンジー刑事は、ヨレヨレのトレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま、隊員たちの数歩後ろを無言でついて歩いていた。彼の指先には、今朝から吸い続けている安煙草の灰と、染み込んだ冷たい霧雨の感触が残っている。


周囲の捜索隊員たちは、誰もが「脱走した哀れな少年」の捜索に全力を注いでいた。崖から転落し、どこかの倒木の下で寒さに震えているかもしれない十六歳のトビー・ジェンキンス。彼らを動かしているのは、遭難者を救助しようとする素朴な使命感だった。


だが、マッケンジーの胸の奥で蠢(うず)いていたのは、それとは全く異質な、予期せぬ出来事への警戒心だった。


(何かが引っかかる……)


神崎アカデミーの頑強な鉄ゲート。先ほど、捜索隊に温かいコーヒーを配りながら、深く頭を下げていた神崎猛の、あの見本のように整えられた哀悼の表情。そして何よりも、神崎の背後に立っていた少年──黄色い腕章を巻いたビリーの、怯えきった眼差し。


あの少年たちの目は、単に仲間が脱走したことを心配している者の目ではなかった。何かもっと取り返しのつかない、見るも無残な光景をその網膜に焼き付けた人間だけが浮かべる、憔悴と恐怖の色だった。


そのとき、前方を歩いていた警察犬が一頭、不意に足を止め、天を仰いで鋭い咆哮を上げた。


ウォーッ、ウォン、ウォン!


激しい吠え声が、谷底の大気を一瞬にして切り裂いた。犬は慌てふためいて泥を掻き、急斜面の底に広がる、ダグラスファーの枯れ枝と濡れたシダが密集する深い窪地へと、リードを引きちぎらんばかりに突進していった。


「見つけたぞ! こっちだ!」


保安官代理の一人が、泥に足を取られながら斜面を滑り降り、大声で叫んだ。


「ブッシュの中に倒れている! トビーだ! トビーを見つけたぞ!」


隊員たちが一斉にざわめき、窪地へと殺到した。

マッケンジーの心臓が、ドクンと跳ね上がった。彼はトレンチコートの裾を泥まみれにしながら、木々の枝を乱暴に払い、隊員たちの間を割って谷底へと駆け下りた。


「待て! 触るな!」


マッケンジーの濁った怒号が響き、隊員たちがたじろいで道を開けた。

窪地の泥土の上、濡れたシダの葉を掻き分けた隊員の懐中電灯の光が、そこに横たわる一つの肉体を白く浮かび上がらせていた。


だが──。


光の輪の中に現れたその姿を見た瞬間、捜索隊の全員が、喉から息を吸い込んだまま凍りついた。


横たわっていたのは、少年ではなかった。

泥にまみれた衣服。その隙間から覗く、細く白い脚。そして、額の真ん中で均等に分けられた、豊かな栗色の長髪。


それは、二十歳前後の、若い女性の遺体だった。


「な……なんだこれは……?」


クラカマス郡のバーンズ保安官が、泥まみれになりながら立ち尽くし、とんでもないものを見る目で呟いた。


「トビーじゃない……女だ……女の死体だぞ!」


隊員たちから、悲鳴に近いどよめきが上がった。

マッケンジーは膝を泥につき、無言で遺体の傍らにしゃがみ込んだ。


彼女の肌は土気色に変色し、すでに死後硬直が解け始めていた。だが、腐敗は進んでいない。ここ数日のうちに命を奪われた「七人目の犠牲者」だった。

そして、マッケンジーの鋭い眼光は、彼女の遺体に刻まれた、ひときわ目立つ特徴的な「傷痕」の一点へと吸い寄せられた。


彼女の細い手首には、太い麻ロープが激しく擦れ合って生じた、生々しい赤紫色のロープ痕(擦過傷)が深く刻み込まれていた。さらに、めくれた衣服の背中や肩の皮膚には、重い木材か丸太のような鈍器で何度も激しく打ち据えられたのであろう、広範囲の内出血(打撲痕)が黒ずんで浮かび上がっている。


マッケンジーの頭の中で、かつて調べた資料の記憶が、ファイアスターターのように火花を散らした。


(ロープ痕……丸太による殴打……)


それは、神崎アカデミーが「精神鍛錬」と称して少年たちに強要している、あの度を越した過酷なシゴキ(虐待)の手口そのものだった。


「マッケンジー……これはいったい……」


バーンズ保安官が蒼白な顔で尋ねてきた。だが、マッケンジーが答えるより早く、もう一頭の警察犬が、わずか十ヤードほど離れた急斜面の岩陰で、今度は甲高い、切なげな唸り声を上げ始めた。


クゥーン、クゥーン……。


犬は前足で地面を激しく掘り返し、濡れた土砂と朽ち果てたダグラスファーの葉をしゃかりきに跳ね飛ばしていた。その場所から、生温く、甘ったるい、強烈な腐敗臭が、霧の冷気の中に漂い出していた。


マッケンジーの背筋に、氷水を浴びせられたような戦慄が走った。彼は立ち上がり、足を引きずるようにしてその岩陰へと歩み寄った。


「ライトを照らせ! 全員、そこから離れろ!」


マッケンジーは手袋をはめた手で、犬が掘り返した窪地の濡れた落ち葉を、慎重に、しかし素早く払い除けた。


黒い土の底から、露わになったもの。

それは、数週間前に埋められ、激しい雨と湿気によって半ば白骨化し、皮膚が溶け崩れかけた、もう一つの遺体だった。


着古されたコーデュロイのジャケット。泥にまみれた襟元。そして、肉の削げ落ちた頭骨の周りに張り付いた、あの栗色の長髪。


マッケンジーの呼吸が止まった。

彼は震える手でトレンチコートのポケットに手を突っ込み、一枚のポラロイド写真を取り出した。雨に濡れ、角の丸まったその写真。そこには、オレゴン大学の図書館の前で微笑む、二十歳のサラ・ジェンキンスの姿があった。


写真の少女の顔と、目の前の泥の中で朽ち果てようとしている白骨化した頭蓋骨。


「サラ……」


マッケンジーの口から、掠れた呻きが漏れた。

間違いない。州道九号線で車を残して煙のように消え去った、あのサラ・ジェンキンスの遺体だ。


「保安官! コード・レッド(緊急事態)だ!」


マッケンジーは立ち上がり、呆然と立ち尽くすバーンズ保安官に向かって怒鳴りつけた。


「少年の捜索は中止だ! 今すぐポートランドの本部と鑑識班、州警察の機動隊を全軍呼べ! ここは家出人の遭難現場じゃない……シリアルキラーの死体遺棄現場だ!」


谷底に、周章狼狽が吹き荒れた。

無線機がけたたましく絶叫し、救助隊員たちが衝撃に顔を歪めて後退していく。


脱走少年の捜索という名目は、一瞬にして消し飛んだ。太平洋岸北西部を震撼させ、全米を恐怖の底に突き落としていた連続美女失踪事件の「墓場」が、今、神崎アカデミーの敷地のすぐ目の前で、白日の下に引きずり出されたのだ。


だが、その混乱の渦の中心で、マッケンジーの脳裏には、新たな疑念の刃が突き刺さっていた。


(なぜだ……? なぜ、遺体がここにある?)


彼はクリス・ベネットが真犯人だと確信していた。奴のアパートを見張り、奴の瞳の奥にある血に飢えた捕食者の匂いを嗅ぎ取っていた。

だが、目の前に横たわる犠牲者の手首には、神崎アカデミー特有の「ロープ痕」と「丸太による打撲痕」が、これ以上ないほど生々しく刻まれている。そして、遺体が遺棄されていたのは、神崎の領土のすぐ真下なのだ。


クリス・ベネットという殺人鬼の仕業なのか?

それとも……あの世界的な冒険家・神崎猛こそが、教育という美名の影に隠れて、この山奥で少女たちを嬲り殺していた、加虐趣味者だったのか?


マッケンジーは泥水の中で立ち尽くし、霧の向こうに聳え立つ神崎アカデミーの黒い鉄ゲートを見上げた。

遠く山麓から、何十台ものパトカーのけたたましいサイレンが、霧を切り裂いて近づいてくるのが聞こえていた。


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