第7章:「裏切りの導火線」── パート4
カスケードの山並みへと近づくにつれ、夜気はジワジワと色濃くなり、ヘッドライトが照らし出す濃い霧がフロントガラスに迫り寄ってきた。
ダッジの車内には依然としてシンシアが好むバニラの芳香が満ちていたが、クリスの視線はすでにその緩い車内からきり替わり、これから仕掛ける周到な罠の配置一点に集中していた。
彼はハンドルを慎重に操作し、神崎アカデミーへと通じる泥深い林道の手前で、ダッジの速度を緩めた。
(ここから先は車では行かない)
クリスは林道の分岐点にある、踏み固められた岩肌の露出した硬い砂利の待避所に車を停めた、地面の土が水分を含んでどろどろになったぬかるみにダッジを侵入させれば、泥の中に細いタイヤの痕跡が深く刻まれてしまう。シンシアを完璧な「ブラインド」として維持するためには、彼女の車を一切の犯罪捜査の手がかりから遠ざけておかなければならない。彼はヘッドライトを真っ暗に消し、車のシートから降りた。
闇は、カスケードの原生林を分厚いカーテンのように塞いでいた。
クリスはダッジのトランクを開け、防水シートに包まれた「七人目の犠牲者」の細い身体を静かに抱きかかえて出した。トランクから搬出された死体は石のように冷たく、防水シートを通して彼の肩にずっしりとした物質的な重みを伝えてくる。彼は彼女を背負い、かつて下見の際に把握しておいた、獣道のような険しい急斜面へと足を踏み入れた。
濡れたシダやダグラスファーの枝が、クリスの顔やウールコートを鞭のように叩く。足元に敷き詰められた濡れた落ち葉の絨毯を踏みしめながら、彼は音を立てずに鉄条網の境界線へと近づいていった。
(あの場所にしよう)
彼は、アカデミーの敷地からわずかに外れた、切り立った崖下の鬱蒼とした窪地を見据えた。
神崎たちが前夜、トビーの遺体を運び出し、さらなる山奥へと隠蔽したその動きを、クリスはおおよそ把握している。彼はトビーが「転落した」とされる急斜面のほぼ同じラインに、この少女の遺体を配置することにした。
クリスは彼女を防水シートから引き出し、冷たい泥土の上に注意深く横たえた。
彼女の手首に刻まれた、太い麻ロープによる赤紫色の擦過傷。あるいは、背中や肩に施された丸太のシゴキによるものと寸分違わぬ打撲痕。それらが、カスケード濡れた夜気の中でありありと浮かび上がっている。
神崎たちがトビーの死をどれほど「脱走による事故死」と繕おうとも、この少女の遺体に刻まれた「同じ手口の虐待痕」が同時に発見されれば、局面は「神崎アカデミーにおける常態化したリンチと殺人」という痛ましい事件へと転化する。
クリスは彼女の髪を優しく整え、まるで慌てふためいた少女が、神崎の束縛から逃れようとして力尽きたかのような姿勢を作り上げた。
次に、彼はコートのポケットから、サラ・ジェンキンスの遺品である細いゴールドのペンダントを取り出した。
クリスは鉄条網の張り巡らされた神崎の敷地内へと潜り込み、ゲートのすぐ近くにある、訓練生たちが日常的に使用している木造の屋外用工具小屋へと足音を殺して近づいていった。
小屋の中は、古い油と錆びた鉄、そしてカビの生えたダグラスファーの臭いが充満していた。
彼は、棚の奥にある古い工具箱の影、錆びついたスパナやハンマーが乱雑に散らばる泥まみれの床板の隙間に、サラのゴールドのペンダントをそっと滑り込ませた。
(これで、神崎猛、お前の破滅は完成だ)
失踪した美女たちの遺体がすぐ近くから発見され、さらに神崎自身の工具小屋から、被害者の身の回りの品が発見される。これ以上の動かぬ証拠が他にあるだろうか。いかに神崎が英雄的人物であり、地元の保安官たちに顔が利こうとも、この歴然とした物証の連鎖から逃れることはもはやできない。
クリスは自分の作業に綻びがないかを暗闇のなかで細部まで点検し、腑に落ちたように頷くと、再び鉄条網の隙間をくぐり抜けて自分の車へと戻っていった。
ダッジの運転席に戻ると、車内の暖かいヒーターが、クリスの濡れた衣服を静かに乾かし始めた。
シンシアのバニラの香りが、彼の荒い呼吸を優しく落ち着かせていく。
クリスはエンジンを静かに始動させ、ライトを消したまま、硬い砂利の上を滑るようにして山を下り始めた。彼が今夜行ったのは、単なる遺体の遺棄ではない。それは、神崎猛、マッケンジー刑事、リポーターのケイト、そして世間の視線を、自らが仕掛けた狡猾な陥穽へと招き入れるための、不可欠な端緒への準備だった。
明日以降、ケイトのカメラと、マッケンジーのしつこさが、このカスケードの深い森に潜む捏造された遺物の存在を発見してゆくだろう。
クリスはバックミラーに映る暗い原生林のシルエットを見つめながら、暗闇の中で、達成感に満ちた笑みを深く浮かべるのだった。




