第7章:「裏切りの導火線」── パート1
受話器をフックに戻すと、深夜のホットライン事務所には、秒針が時を刻むチクタクという乾いた音だけが残された。
クリス・ベネットは、誰もいない暗い事務室の中で、自らの細い指先をじっと見つめていた。彼の表情には、先ほどまで電話の相手──神崎アカデミーのビリー──に向けていた、親身になって寄り添うような姿勢は微塵も残っていなかった。ただ、暗闇を凝視するそのガラス球のような瞳だけが、照準を定めるように静かに光を反射していた。
午前二時五十分。
クリスの脈拍は、これから始まる盛大な仕掛けへの興奮を前にしながらも、完全に制御された装置のように、低く、正確なリズムを刻み続けていた。彼の脳内は、これまでにないほど澄み渡り、明晰な思考回路がすさまじい速度で回転を始めていた。
「トビー・ジェンキンス……。そして、神崎猛」
クリスは、その二人の名前を、上質なワインをテイスティングするかのように、舌の上でゆっくり転がした。
ビリーがパニックになりながら受話器の向こうで吐き出した、断片的な事実。
トビーという喘息持ちの少年が、雨の崖から転落し、頭部を強打して即死したこと。ボスの神崎がそれを事故として直ちに報告せず、自らの名声を守るために遺体を山奥に隠蔽し、メディア向けには「単独脱走」という大嘘の公式声明をバラ撒いたこと。
そのすべてが、クリスの脳内で、違和感なく噛み合う好都合な状況となって再構成されていった。
(神崎先生。あなたは本当に、素晴らしく有能だ)
クリスは、自分の喉の奥から込み上げてくる意地の悪い称賛を抑えることができなかった。
すでに彼は、シンシアの車を使って、拉致したサラ・ジェンキンスの遺体をアカデミーの敷地境界の谷底へと遺棄している。ただ、それだけの下準備では神崎を完璧な真犯人に仕立て上げるにはまだ不十分であり、マッケンジーの関心をそちらへ引き寄せる、簡素な餌の域を出なかった。
だが、神崎がトビーの遺体を隠し、「脱走」を偽装したことで、クリスにつけ入る隙を与えてしまった。
ただサラの遺体が見つかるだけでは、神崎の弁護士たちが「誰かが敷地内に死体を捨てただけだ」と言い逃れする余地があったかもしれない。だが、神崎自身が「トビーは脱走した」と嘘の捜索願を出し、その一方でトビーの死体を山の中に隠しているという事実が存在する。この死体遺棄により、死体が二人同時に同じ区域で見つかることになれば、神崎を連続殺人へ関連付けることができる。
しかし、クリスの用心深さは、それだけでは納得しなかった。
(もっと強固な、決定的な物証が必要だ)
マッケンジー刑事のような執念深い猟犬や、裁判の陪審員たちを完全に納得させ、「神崎猛こそが真の連続殺人犯だった」と信じ込ませるためには、もう一つ、誰も覆せない決定的な証拠が必要だった。
それは、「殺害手口の完全な一致」だった。
クリスは、自分がこれまで殺害してきた犠牲者たちの手口を思い返した。彼はいつも、獲物の首に細いロープを巻き付け、彼女たちの瞳から光が消え去るまで、じわじわと時間をかけて絞殺してきた。その痕跡は、彼の芸術的な署名だった。
一方で、神崎アカデミーで行われている「シゴキ(虐待)」の手法はどうか。
クリスが以前、マイクロフィルムで調べた記事によれば、神崎は若者たちをロープで縛り上げてカスケードの急斜面を走らせ、水分を吸った重いダグラスファーの丸太を無理やり担がせて崖を登らせている。その過酷な「教育」の過程で、若者たちの手首や首元には、太いロープによる激しい擦過傷(ロープ痕)や、打撲による生々しい内出血の痕、そして肉体を極限まで痛めつけられたことによる筋肉の破壊が刻まれるはずだった。
クリスの唇が、暗闇の中でゆっくりと、妖しく弧を描いた。
「模倣だ」
彼は呟いた。
もし、クリスがこれから「新たな犠牲者(七人目)」を拉致し、神崎のシゴキの手口をそっくり真似て殺害したら、どうなるか。
犠牲者の手首を太い麻ロープで固く縛り上げ、何度も重い鈍器で殴打して全身に内出血を作り、神崎のアカデミーで使用されているロープの繊維をその傷口に擦り込む。そして、最後は首を絞めて殺害し、トビーの遺体が隠されているであろうカスケードの深い森に、遺留品と共に遺棄するのだ。
こうして加工された死体が、トビーの隠された死体と、先に遺棄したサラの遺体と同時に発見されたとき、警察の鑑識や法医解剖医は、どのような結論を弾き出すか。
答えは一つしかない。
> 「神崎猛は、表向きは『若者の更生』を謳いながら、裏では彼らを性的な、あるいはサディスティックな欲望を満たすための『シゴキの生贄』として虐殺していたのだ。彼が少年たちに強要していた過酷な訓練そのものが、彼の猟奇的な殺人手口だった。施設内で起きたトビーの死亡も、事故ではなく、彼のいつもの殺人ルーティンの一環だったのだ」
世論も、司法も、この圧倒的な訴求力から逃れることはできない。神崎がどれほど「俺は殺していない、これは事故だ!」と必死で吠えようが、彼自身がトビーの死体を隠し、嘘の脱走報告をしているという「紛れもない犯罪行為」が、彼のすべての弁明を「殺人鬼の卑劣な言い訳」へと塗りつぶしてしまう。
マッケンジー刑事も、テレビカメラを抱えて山奥に突撃しているケイトも、全員がクリスの描いた絵図の通りに動き、神崎を監獄へと誘うための忠実な手先となるのだ。
(そのために、次の獲物が必要だ)
クリスは椅子にもたれかかり、天井を見つめた。
すでに、ハリス議員の選挙事務所の周辺で、彼が目をつけ、ルートを洗っている若い女が一人いた。彼女の髪は豊かな栗色で、額の真ん中で均等に分けられている。クリスのお気に入りのスタイルだ。
マッケンジー刑事は、今夜もアパートの前にシボレーを停め、自分のフォードを見張っているはずだ。
だが、クリスにはシンシアという扱いやすいブラインドがいる。深夜、彼女のベッドから抜け出し、彼女のダッジ・セダンを借りれば、刑事の目を欺いて獲物を狩り、カスケードの森に罠を仕掛けることなど、赤子の手をひねるより容易いことだった。
クリスは、自らの頭脳がもたらした、この世で最も邪悪な「模倣の設計図」に、確かな、実を結ぶ予感がしていた。
彼はそっと立ち上がり、事務室の窓から、雨に濡れるポートランドの夜景を見上た。
「神崎先生。マッケンジー刑事。そして、親愛なるケイト。……舞台は整ったよ」
午前三時。
クリスの静かな囁きは、誰に聞かれることもなく、暗いオフィスの壁に吸い込まれて消えていった。




