第6章:「キャンプの綻び」── パート7
トビーの身体は、雨と血を吸い込んで、生きているときよりも遥かに重く感じられた。
カスケードの漆黒の闇の中、ビリーは二人の屈強なコーチと共に、トビーの遺体を担いで急斜面を登っていた。暴風雨が彼らの体温を容赦なく奪い去り、ぬかるんだ泥が足元をすくう。だが、ビリーの胸の奥は、これまでにないほど熱く燃え上がっていた。
(これは、ボスからの試練だ)
泥まみれのトビーの頭部から流れる血が、ビリーのウールコートの肩をじっとりと濡らしていたが、彼は不快感すら覚えなかった。
ボスである神崎猛は、あの世界的な冒険家は、他の誰でもないこの自分に、この最も「重い秘密」を処理する役目を任せてくれたのだ。親からも社会からも落伍者のように見捨てられた自分を、力ずくで立ち直らせてくれた神崎。その命の恩人から与えられたこの極秘の命令は、ビリーにとって、自分がボスの「真の子供」であり「最も忠実な信徒」であることの、聖なる証明に他ならなかった、
南の尾根にある、長年使われていないカビ臭い資材小屋。
三人はトビーの遺体を冷たい床に転がし、防腐用のカビの生えた防水キャンバスシートと、重い建築用木材をその上に乱暴に覆い被せた。暗闇の中で、トビーの白濁した目がシートの隙間から消え去るのを見届けたとき、ビリーは心の中で、重大な試練の第一歩が完了したことを確信した。
「次は宿舎だ」
ビリーはコーチたちを引き連れ、激しい雨のなかを宿舎のキャビンへと引き返した。
キャビンの中は、荒れ狂う風の音と、若者たちの怯えたような呼吸の音に満ちていた。
十数人の訓練生たちは、薄暗いランプの明かりの下、濡れた毛布にくるまって身を寄せ合っていた。彼らは皆、トビーが崖から転落した瞬間を目撃していた。そして、彼が二度と戻らないであろうことも、必然的に理解していた。
ビリーは扉を乱暴に蹴り開け、中へと踏み込んだ。
「全員、よく聞け」
ビリーは、腕の班長の黄色い腕章を誇らしげに指し示しながら、直立不動で震える若者たちを冷酷に見下ろした。その手には、神崎から手渡された太いダグラスファーの木刀が握られていた。
「トビーは今夜、過酷な訓練に耐えかねて、宿舎から単独で脱走した。嵐の深い森のなかで道に迷い、今も行方不明だ。……これから先、警察や誰かがここへ嗅ぎ回りに来て、お前たちに何か尋ねても、答えるべきなのはこれだけだ。もし余計な口を利いた奴がいたら、そいつはトビーと同じように、この深い山の中で『行方不明』になる。二度と家族に会えなくなってもいいなら、好きなだけ喋ればいい」
若者たちの顔から血の気が失せた。
「で、でも……」
一人の痩せた訓練生が、恐怖に震える声で遮った。
「僕たちは見たんだ。トビーが崖から転落するのを……ビリー、君が丸太を担がせて……」
その瞬間、ビリーは一歩踏み出し、手にした木刀でその訓練生の腹部を全力で殴りつけた。
空気が一気に吐き出されるような、鈍く重い打撃音とともに、訓練生が床を転がり、胃液を吐いてうめき声を上げた。ビリーはさらに彼の髪を引っ張り上げ、泥まみれの床にその顔を押し付けた。
「トビーは脱走したんだ。分かったか?」
ビリーの声は、全く容赦のない、無表情な怒りを帯びていた。
「誰も、何も見ていない。このアカデミーの外にあるくだらない法律や人権は、この森には存在しないんだ。ボスの『教育』の邪魔をする奴は、俺が徹底的に叩き潰す。……トビーは、どうした?」
ビリーが周囲の訓練生たちを、獲物を狙う捕食者のような目で見回した。
「……脱走、しました」
一人が、震えながら囁いた。
「聞こえないな」
「トビーは……トビーは勝手に逃げ出して、行方不明になりました!」
次々と、若者たちが震える声で同じ「嘘」を叫び始めた。キャビンを満たすのは、恐怖によって作り出された即席の隷従だった。だんまりを決め込む鉄の掟が、この湿気た宿舎の中にじめじめと構築された。
ビリーは肩に担いだ木刀をゆっくりと下ろした。その木刀が、急に耐え難いほど重く感じられた。
彼は無言でランプの灯を消し、宿舎の隅にある自分のベッドへと深く腰掛けた。暗闇が部屋を満たした瞬間、ビリーの両手は激しく震え始めていた。すぐ近くの毛布の中から、若者たちの怯えたような気配と、無言の冷たい視線が、暗闇をすり抜けて自分に突き刺さってくる。同じ部屋で夜を明かさねばならないという閉塞感が、ビリーの首を締め付けるようだった。
(俺は、トビーを死なせてしまった)
ボスを喜ばせたい、褒められたいという一心で、トビーの喘鳴を「甘え」と呼び、崖へと追い立てた。その結果が、あの資材小屋のキャンバスシートの下に眠る冷たい「死体」だ。そして今、自らの暴力で他の少年たちに嘘を強要したことで、彼は決定的に一線を越えてしまった。
もう、まともな人間には戻れない。落伍者の泥沼から自分を救い出してくれた神崎に縋るため、自分はさらに深く、光の届かない暗黒へと自ら足を踏み入れたのだ。取り返しのつかない罪の重さと、二度と元の世界へは引き返せないという暗澹たる未練が、ビリーの胸をジワジワと締め付けていた。




