第6章:「キャンプの綻び」── パート2
KPL-TVの地下資料室は、埃っぽい古紙とオゾンの匂いが立ち込めていた。
ケイトはマイクロフィルム・リーダーのレバーを回し、数年前の地方紙の記事をスクリーンに映し出していた。神崎猛。カラコルムの絶壁を制覇し、極寒のシベリアを徒歩で踏破した世界的な冒険家。かつて『ワールド・エクスプローラー』誌の表紙を飾った彼のポートレートは、精悍で気高く、いかにもアメリカ人が好む「フロンティア精神の体現者」そのものだった 。
しかし、その光に満ちた経歴の裏に潜む、わずかな「陰」の記事を、ケイトは手帳に書き写していった。
──『神崎アカデミーにて少年が脱走。地元の保安官事務所は「指導の一環」として事件性を否定』
──『過酷なシゴキに対する保護者からの抗議。しかし更生を望む親たちの圧倒的支持により立ち消えに』
(クリスの言った通りだわ。この山奥の檻の中には、確かに何かがある)
ケイトは資料を閉じると、迷いのない足取りで二階の報道フロアへと向かった。
「失礼するわ、フォスター」
彼女はデスクのフォスター(Foster)のオフィスへ、ドアをノックするのと同時に踏み込んだ。かつてなら、フォスターは安物のシガーをくわえたまま、彼女を「お天気お姉さん」として適当にあしらっていただろう。だが、ベネットの生放送インタビューで局史上最高視聴率を叩き出して以来、彼のケイトを見る目は一変していた。
「どうした、ケイト。次のペットショーの取材か?」
フォスターは灰皿にシガーを押し付けながら、どこか彼女の機嫌を伺うような冗談めかした口調で言ったが、その目には確かな敬意と、期待が宿っていた。
「いいえ、フォスター。もっと『骨のある』テーマよ」
ケイトは神崎猛に関する資料の束を、彼のデスクの上に叩きつけるように置いた。
「神崎アカデミー。あの大冒険家がカスケードの山奥で運営している、非行少年の更生施設よ。大自然での精神鍛錬という名目のもとで、実態は人権侵害が横行する『カルトキャンプ』。そこから脱走した少年から、悲痛なSOSの連絡が入ったの」
「神崎猛だと?」
フォスターは眉をひそめ、資料を手に取った。
「おいおい、ケイト。相手は世界的な有名人だぞ。彼が山奥で少々荒っぽいシゴキをやっているのは有名な話だが、親たちもそれを承知で金を払って子供を預けている。何の物証もないまま『人権侵害』などと突撃すれば、神崎の弁護士軍団に局ごと丸裸にされてしまうぞ」
「だからこそ、やり甲斐があるのよ」
ケイトはデスクに両手を突き、フォスターの目を真っ向から見つめ返した。
「世間が崇める『大冒険家』が、裏では無抵抗の若者たちを虐げる『サディスティックな暴君』だった──これ以上の刺激的なスクープが他にある? 私たちはベネットの件で、世間の『退屈さ』がどれほどメディアの報道に飢えているかを知ったはずよ。神崎の過去の虐待疑惑や、地元保安官との癒着。これらを徹底的に掘り起こせば、KPL-TVの名前はオレゴンを飛び出して全米に轟くわ」
フォスターはシガーの煙を細く吐き出し、ケイトの野心に満ちたぎらぎらとした瞳を見つめた。
「……脱走した少年からの連絡、というのは確かな情報源なのか?」
「ええ。信頼できる筋よ」
もちろん、それがクリスだとは口が裂けても言わなかった。
「神崎のアカデミーは完全に隔離された檻。外界の警察が手を出せないなら、私たちがカメラを持って乗り込むしかないわ」
フォスターはしばしの沈黙の後、下卑た笑みを浮かべた。
「人権侵害の虐待キャンプ、か。悪くない。大衆が飛びつきそうなテーマだ。……よし、やれ、ケイト。ただし、ただの噂話ではニュースにならん。神崎が若者を虐げている『決定的な証拠』を撮ってこい。できなければ、お前を二度と報道の現場には立たせん」
「約束するわ、フォスター。最高のフィルムを持ち帰ってあげる」
ケイトはオフィスを後にし、自分のデスクに戻ると、愛車のシボレー・ベガのキーを握りしめた。
(見ていなさい、神崎。そして、フォスター)
彼女は自分のポータブルレコーダーとスチールカメラをバッグに放り込み、足早に駐車場へと向かった。
雨上がりのカスケード山脈へと車を走らせるケイトの胸は、新たな特ダネへの興奮で高鳴っていた。しかし彼女はまだ知らなかった。自らが向かうその地獄の森の入り口に、すでにクリスが前もって隠滅した「最初の人殺しの物証」が埋められており、自分がその罠を完成させるための忠実な猟犬として送り出されたに過ぎないということを。




