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第5章:「スポットライトの魔力」── パート10

深夜のポートランド北分署の一角。ジェリー・マッケンジー刑事は、暗いデスクのライトの下で、バーボンのボトルを傾けていた。


耳障りなノイズを立てる安ラジオからは、今日もあのクリス・ベネットの話題が流れている。


『──オレゴン大学の模範学生であり、今や若者たちの良心の象徴となったクリストファー・ベネット氏。ハリス議員の事務所には、彼を支持する有権者からの手紙が殺到しており……』


マッケンジーはボトルを叩きつけるように置いた。


テレビの生放送以来、街の空気は完全に変わってしまった。かつてマッケンジーが「不屈の猟犬」として追っていた相手は、今や「警察の横暴な捜査に立ち向かう象徴」へと偶像化されている。KPL-TVらメディアが煽った熱狂の前では、一介の刑事の存在など背景のモブキャラに等しかった。分署長からは「これ以上ベネットに近づけばバッジを剥奪する」と最後通牒を告げられ、同僚たちからも腫れ物を扱うような目で見られている。


マッケンジーは、引き出しからサラ・ジェンキンスのポラロイド写真を取り出し、じっと見つめた。


「すまない……」



彼の掠れた呟きは、雨音の中に虚しく消えていった。被害者への哀悼を尽くそうとすればするほど、殺人鬼の仕掛けた「世論」という見えない檻に、自分が閉じ込められていく。その底知れない無力感と絶望に、マッケンジーはただ、暗闇の中で拳を握りしめるしかなかった。


***


同じ夜、オレゴン大学の地下にある薄暗い資料アーカイブ室。


クリス・ベネットは、誰もいない静寂の中で、マイクロフィルム・リーダー(投影機)の前に座っていた。


機械がジーという静かなハム音を立て、緑がかった光がクリスの美しい顔を不気味に照らし出している。スクリーンに映し出されていたのは、数年前の古い地方紙のマイクロフィルム、そしていくつかの雑誌の記事だった。そこには、神崎猛(かんざき・たける)に関する記録がびっしりと並んでいた。


クリスは、かつて神崎が表紙を飾った冒険誌『ワールド・エクスプローラー』の複写を、指先で静かになぞった。


『カラコルム山脈の絶壁を単独無酸素で制覇。極限を生き抜く、世界の偉大な冒険家・神崎猛』


そして、彼の視線は、その後に書かれたいくつかの小さな「醜聞(スキャンダル)」の記事へと移った。


『カスケードの山奥に設立された更生施設「神崎アカデミー」。行き過ぎた暴力指導を巡り、地元住民から虐待の告発が相次ぐ。……しかし、裕福な親たちからの強い支持と神崎のカリスマ性により、警察の捜査は事実上の不起訴へ』


クリスの口元が、暗闇の中で冷たく歪んだ。


(神崎アカデミー。暴力、隔離、そして絶対的な支配。……完璧だ)


先日、シンシアの車でサラの遺体をあのアカデミーに隣接する谷底へ実際に遺棄したとき、クリスは直感的にそこを「完璧なブラックホール」として選んでいた。だが、こうして神崎の過去を詳しく調べるうちに、その直感は確信へと変わった。


あの場所は、外界の法律も届かない、ただ一人の暴君が支配する狂気の檻だ。もしあの山奥から「女子大生の死体」が出れば、世間も、警察も、そしてあの執念深いマッケンジー刑事ですら、即座にこう結論づけるだろう──「狂った冒険家が、自らの暴力指導(シゴキ)で行き過ぎて若者を殺し、死体を隠蔽したのだ」と。


神崎猛という過激な思想家は、自らの罪を塗りつぶし、マッケンジーの牙を完全に逸らすための、この上ない「身代わり(スケープゴート)」だった。


クリスは、マイクロフィルムのレバーを静かに回した。スクリーンに神崎の強面な顔写真が大きく映し出される。クリスはその写真を見つめ、自分が仕掛けようとしている「巨大なパズル」の美しさに、静かな興奮を覚えていた。


「神崎先生。あなたのその偉大なる『教育』を、僕のために役立ててもらうよ」


クリスは機械の電源を切り、暗闇の中に立ち上がった。彼の頭の中では、神崎を地獄へと引きずり下ろし、自分を永遠の「神」へと引き上げるための完璧なシナリオが、冷酷に、そして劇的に組み立てられつつあった。

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