第5章:「スポットライトの魔力」── パート7
KPL-TVの第一スタジオに灯る何十本ものスポットライト。そのまばゆい光の海の中で、クリスの放つ言葉は、スタジオを、そしてテレビ画面の向こう側の視聴者を酔わせる「媚薬」そのものだった。
「マッケンジー刑事ですか?」
クリスはケイトの問いに対し、憤るどころか、楽しそうにクスクスと肩を揺らして笑った。その屈託のない無邪気な笑みは、張り詰めたスタジオの空気を一瞬にして和らげる魔法のような力を持っていた。
「彼は……そうですね、まるでモノクロの古い刑事映画から飛び出してきたような、ノスタルジックな方です。引退間近に、もう一度だけ正義の味方を演じたかったのでしょう。ですが、現実の世界は映画ではありません。自分が正義の味方になりたいからといって、ただ真面目に生きている学生を悪役に仕立て上げるのは、度が過ぎているのではないでしょうか」
クリスは悪戯っぽく肩をすくめて見せた。
そのユーモアを交えた痛烈な批判は、マッケンジーを「恐るべき強大な権力」ではなく、単なる「時代遅れで哀れな、退職前の老刑事」へと引き下げてみせた。視聴者はクリスのその機知に富んだ切り返しに、毒を含んだ痛快さを覚える。
「僕は、マッケンジー刑事を恨んではいません。彼は彼なりに、過去の栄光にすがりたいだけなのですから。……ですが、僕には守るべき未来があります」
クリスは、カメラのレンズをじっと見つめた。
彼の前に立つメインカメラの赤い「ON AIR」ランプが、彼の意志に呼応するように赤く輝いている。クリスは視線をカメラに固定し、テレビの向こう側で息を呑んで自分を見つめているオレゴン中の視聴者、特に若い女性たちに向かって、まっすぐに語りかけた。
「明日の世界を信じている皆さんに、僕は約束します。どんなに理不尽な暗闇が僕を襲おうとも、僕は絶対に屈しません。僕はこれからも法律を学び、僕たちの自由と、僕たちの未来を守り続けます。僕を信じて、待っていてください」
クリスは語り終えると、ふっと表情を緩めた。
カメラが彼の端正な顔立ちを捉えてクローズアップする、その決定的な瞬間。
クリスは、カメラのレンズの奥にいる何十万もの女性たちに向けて、ほんの一瞬、悪戯っぽく、そして親密な秘密を共有するかのように、左目で甘くウインクをして見せた。
それは重要参考人として警察にマークされていること、そして隣に座るケイト・コリンズすら目もくれないようだった。
それは、生放送の定石を破り、画面の向こうの女性たち一人ひとりの心臓を正確に撃ち抜く、完璧な「視聴者扇動の仕草」だった。自分を信じてくれる女性たちだけに向けられた、秘められた仕草。クリスはメディアを完全に手懐け、自らの狙い通りに操る全能感を、その一瞬の瞬きに込めたのだ。
(……なんて男なの)
ケイトは、自らの喉の渇きを潤すために唾を飲み込んだ。
彼女は自分の台本を握りしめ、次の質問を投げかけなければならない立場にあった。だが、彼女の指先は微かに震え、頭の芯がぼんやりと熱くなっているのを感じていた。
昨夜、ダイナーでマッケンジー刑事がヨレヨレのトレンチコートを着て放った警告が、彼女の脳裏をよぎる。
──「奴の仮面が剥がれ落ちたとき、最初に餌食になるのはお前だ」
確かに、この目の前にいる男は危険な香りを放っている。その洗練された美しさと、完璧なマナーの裏には、人心を掌握したがる不気味な暗闇が隠されているに違いない。
だが、ケイトの警戒心が警鐘を鳴らせば鳴らすほど、クリスの放つ魅惑的な「言葉の媚薬」が、彼女の防衛線をじわじわと溶かしていった。彼の声の響き、整った歯並び、そしてカメラに向かって放たれたあの甘いウインク。それらすべてが、ケイトのジャーナリストとしての冷徹な野心を、一人の「女」としての陶酔へと変貌させていく。クリスを罠にはめてスクープを奪うはずが、今やケイト自身も、彼のまばゆい光の海に溺れかけ、彼の無実を信じたいという衝動に駆られていた。
「ベネットさん……素晴らしい……素晴らしいご意見です」
ケイトは、自分でも気づかないうちに、台本にない称賛の言葉を口にしていた。
スタジオの副調整室では、ディレクターたちが言葉を失って画面を見つめ、フロアのスタッフたちもクリスの「ウインク」に息を呑んでいた。彼らは皆、自覚のないままに、クリスによる視聴者扇動のメッセージを電波に乗せて全米へと送り届ける「最大の加担者」へと変えられていたのだ。「ON AIR」の赤いランプが、まるで暗闇から獲物を見つめる獣の瞳のように、スタジオの片隅で冷たく輝き続けていた。




