第5章:「スポットライトの魔力」── パート3
KPL-TVのスタジオから放たれた電波は、ポートランド中のブラウン管テレビへと映り込んでいった。
画面の中で、完璧にセットされたブロンドの髪を揺らしながら、ケイト・コリンズがマイクを握りしめていた。その背景には、オレゴン大学の美しい時計塔が映し出されている。
『──太平洋岸北西部を震撼させている、若い女性たちの連続失踪事件。その暗い影が、今、私たちの最も身近なキャンパスにまで忍び寄っています。ですが、そこで行われているのは、被害者を弔うための捜査なのでしょうか。それとも、罪なき若者への理不尽な迫害なのでしょうか』
ケイトの声は、適度に抑制されながらも、視聴者の耳目をテレビ画面の映像に強烈に引きつける緊迫感を帯びていた。画面は切り替わり、小雨の中でインタビューに応じるクリスの姿が映し出される。
映像の中のクリスは、仕立ての良いブレザーの襟元を少しだけ濡らし、困惑と、そして傷ついたような哀愁を帯びた眼差しをカメラに向けていた。
『僕はただ、法律を学び、ボランティア活動を通じて地域に貢献したいと願っている一人の学生に過ぎません。警察が必死に事件を解決しようとしていることは理解していますが……物証も根拠もないまま、ただ「その場にいた」というだけで犯罪者扱いされるのは、本当に悲しいことです。ですが、僕はポートランドの市民の良識を信じています』
クリスの語り口は、穏やかで、極めて洗練されていた。それは、世間が想像する「卑劣な連続殺人鬼」の姿とは対極にある、高潔で美しい悲劇の主人公そのものだった。
再び画面がケイトに戻る。
『州警察のベテラン、マッケンジー刑事による執念の追跡。それが、狂気的な殺人鬼の正体を暴く名推理となるのか。それとも、退職間近の焦燥が生んだ、未来ある若者への残酷な冤罪劇となるのか。私たちは今後も、この事件を追い続けます。KPL-TV、ケイト・コリンズでした』
「ふざけやがって……!」
州警察本部の湿気た執務室で、ジェリー・マッケンジー刑事は手元に置かれた古いテレビのスイッチを乱暴に叩き切った。
ブラウン管の光が中心の一点へと収束し、不吉に消えていく。部屋を満たすのは、雨水を含んだカスケードの風が窓枠を鳴らす音と、マッケンジーの激しい呼吸音だけだった。
彼は握りしめた拳を机に叩きつけた。あまりの怒りに、こめかみの血管が青く浮き上がっている。
マッケンジーには、すべてが分かっていた。
あのクリスという殺人鬼が、自ら喜んでケイトという野心的なリポーターの懐に飛び込み、彼女を利用して自らの「無実のペルソナ(仮面)」を世間に配信させたのだ。クリスにとって、ケイトのカメラは自分を追い詰める凶器ではなく、自らの「美しき犠牲者」としてのイメージを固定するための最高の道具だった。
「あの小娘め……自分が何を垂れ流したか分かっていない」
マッケンジーは掠れた声で毒づいた。
メディアがこの一件を「不当な警察の横暴」「若き法学生への冤罪」として報じ始めたことで、捜査環境は一瞬にして最悪の泥沼へと叩き落とされた。一度、テレビを通じて「悲劇の英雄」としてのクリスが世間に定着してしまえば、警察は彼に対して公式な尾行すら行えなくなる。少しでもベネットの周辺をうろつけば、ハリス議員の事務所や大学の法学部、そして人権団体から「横暴な警察の嫌がらせだ」と激しいバッシングを浴びることになるのだ。
これによって、クリスの家宅捜索や車の検証を求める令状の請求は、事実上不可能になった。判事たちも世論の風向きを気にする。マッケンジーの孤独な追跡を阻むために、クリスは法律だけでなく、メディアという名の巨大な拡声器を自らの味方に引き入れたのだ。
マッケンジーは、机の上の灰皿に吸い殻を押し付け、コルクボードに貼られた被害者たちの写真を見つめた。
サラ・ジェンキンス、リンダ・カーター……。
テレビのまばゆいスポットライトの下でクリスが優雅に微笑んでいるその瞬間にも、彼女たちの冷たい身体はどこかの冷たい泥の中で朽ち果てようとしている。その惨たらしいコントラストに、マッケンジーの胃の底から酸っぱい液がせり上がってきた。
「ベネット……お前はどこまで社会をあざ笑う気だ」
猟犬の牙は、クリスが巧妙に仕掛けた「世論」というクリス擁護の壁に阻まれ、あと一歩のところで届かない。マッケンジーは深い焦燥感と無力感に包まらせながら、雨の窓の外を見つめ、より巧妙な、そしてより粘り強い手段を探り始めるのだった。




