第4章:「恋人のブラインド」── パート4
アパートの扉を開けた瞬間、クリスは室内に満ちる張り詰めた空気の歪みに気づいた。
シンシアは台所のコンロの脇で、両肩を小さく震わせながら立ち尽くしていた。彼女の端正な横顔は怒りと動揺で硬直しており、クリスが入ってきたことにすら、一瞬気づかないほどだった。
「シンシア、どうしたんだい?」
クリスは優しく声をかけ、コートをハンガーに掛けながら近づいた。
「そんなに震えて……何かあったのか?」
シンシアはクリスの姿を見ると、堰を切ったように彼に駆け寄り、その胸に顔を埋めた。彼女の細い手が、彼のシャツを強く握りしめる。
「クリス……ごめんなさい。私、本当に許せなくて……」
彼女は涙混じりの声で、先ほど起きたことを一気にはき出した。マッケンジーという名前の刑事が来たこと。クリスを連続失踪事件の犯人呼ばわりしたこと。そして、ハリス議員の名前を出して追い返したこと。
シンシアを抱きしめるクリスの口元に、冷たい笑みが浮かび上がった。
(よくやった、マッケンジー)
クリスは心の中で、老刑事の愚鈍な直情ぶりに深い謝意を捧げていた。
刑事の焦燥が、クリスにとっての重要なピースを完成させてくれたのだ。もしマッケンジーがシンシアに接触しなければ、彼女を能動的な「共犯者」に仕立て上げるには、もうひと手間必要だった。だが、刑事の無粋な「侵入」が、彼女の心に眠る最も強力な情動を刺激したのだ。それは、愛する者を守ろうとする、猛烈な「庇護欲」だった。
クリスはすぐに次の演技を開始した。彼はゆっくりと腕の力を抜き、絶望に打ちひしがれたように深くため息をついた。
「……やっぱり、君のところにも来たんだね」
「クリス? 知っていたの?」
シンシアが涙に濡れた目を上げて、彼を見上げた。クリスは悲しげに視線を落とし、力なく首を振った。
「君を心配させたくなくて、ずっと黙っていたんだ。マッケンジー刑事は……あの大昔の未解決事件に、何年もしがみついている偏執的な男なんだ。彼はもうすぐ定年を迎える。だから、退職前に大物の『シリアルキラー』を逮捕して、自分の手柄にしたいんだよ。その生贄として、僕が選ばれてしまったんだ」
「そんな……どうしてあなたが?」
「僕がボランティアをしているホットラインの事務所や、ハリス議員の選挙事務所が、偶然にも被害者の何人かが立ち寄った場所の近くだったからさ。それだけの理由で、彼は僕を犯人だと決めつけている。もし、僕が逮捕されたら……僕の法曹としての将来はすべて終わる。ハリス議員も僕を破門にするだろう。僕には、君と、僕たちの未来しかないのに……彼はそれを、すべて奪おうとしているんだ」
クリスの声が微かに震え、その瞳には悔しさと無念の色が確かに表現されていた。
シンシアの胸の中で、怒りと悲しみが爆発した。彼女にとって、クリスは社会の理不尽な暴力に晒されている、あまりにも無垢で、あまりにも脆い被害者だった。彼がどれほど血のにじむような努力をして法律を学び、他人のために生きてきたかを彼女は知っている。その彼の美しい未来が、一人の偏執的な老刑事の妄執によって潰されようとしている。
「そんなこと、絶対に許さないわ」
シンシアは、クリスの濡れたような瞳をじっと見つめ、力強く宣言した。その眼差しは、先ほどまでの怯えた少女のものではなかった。愛する者を守るためなら、世界中の何とでも戦うという、覚悟に満ちた眼差しだった。
「私が、あなたを守る。クリス。あの刑事がどんな罠を仕掛けてきても、私があなたの盾になる。昨日の夜だけじゃない。あなたが勉強していた日も、ボランティアをしていた日も、いつでも私があなたと一緒にいたと、警察にもハリス議員にも証言するわ。彼らがあなたをハメようとするなら、私だって手段を選ばない」
クリスは、彼女のその燃え盛るような狂信を目に焼き付けた。
(素晴らしい。実に見事な出来栄えだ)
彼は、シンシアのその絶対的な自己犠牲に、ゾクゾクするような知的興奮を覚えていた。
彼女はもう、クリスの嘘に騙されているだけの哀れな操り人形ではない。自らクリスを「匿い、偽証する」ことを進んで選択した、能動的なアリバイの防壁となったのだ。もし警察がマッケンジーの言葉を信じて自分を追及してきても、シンシアという清楚な市民の口から放たれる「アリバイの証言」が、国家権力を容易に沈黙させるだろう。
「ありがとう、シンシア。君がいてくれて、本当によかった」
クリスは、彼女を壊れ物を扱うように優しく、そして強く抱きしめた。
彼女の温もりは本物だった。だが、彼が感じていたのは、その胸の中で自分を守るための罠が完璧に作動したという、冷たい勝利の予感だけだった。




