第3章:「ハイウェイの泥水」── パート5
かつて、太陽が照りつける南部のルート66から逃れ、逃れて、たどり着いたのがこの冷たいオレゴンの雨の中だった。
泥の浮いた砂利道を歩きながら、ロキシーは自分の身体中に走る痛みに歯を食いしばっていた。ピックアップトラックのドアに叩きつけられた背中が、一歩踏み出すたびにズキズキと激しく痛む。レザージャケットの袖口は破れ、手のひらの擦り傷には雨水が容赦なく染み込んでいた。
だが、彼女のポケットの中には、あのカウボーイハットの男から奪い取った、濡れた数十ドルの紙幣がしっかりと収まっていた。
「ただいま、ジェシー」
トレーラーハウスの錆びた扉を押し開けると、安酒の匂いと、ストーブの温い空気がロキシーを包み込んだ。
ベッドの上で小さく丸まっていたジェシーが、ロキシーの濡れた姿と、頬についた乾いた血の痕を見て、悲鳴に近い声を上げて駆け寄ってきた。
「ロキシー! その顔、どうしたの……!」
「なんでもないわ。ちょっと林道で足が滑っただけよ」
ロキシーは不器用に笑い、ポケットから引き出した濡れた紙幣をテーブルの上に広げた。
「ほら、約束通り食べるものと、あんたのウォッカを買うお金よ。これでしばらくは安心よ」
ジェシーは、そのお金がどのようにして手に入ったのかを悟り、瞳に深い涙をためた。彼女は何も言わず、ただロキシーの泥まみれの首にしがみつき、激しく泣きじゃくった。ロキシーは彼女の細い背中を優しく撫でながら、安堵のため息を漏らした。どんなに肉体が傷つこうが、このジェシーの体温さえ手元にあれば、すべての苦痛は耐えられるものに変わった。
ロキシーはジェシーをなだめてベッドに戻すと、テーブルの上の古いポータブルラジオのスイッチを入れた。ジー、という激しいノイズを掻き分けながら、アナウンサーの乾いた、無機質な声が狭い車内に流れ込んでくる。
『……オレゴン大学二年のサラ・ジェンキンスさんが、州道九号線付近で失踪した事件について、ポートランド北分署は大規模な捜索を開始しました。捜査関係者によると、現場に残された車両の状況から、広域連続美女誘拐事件と同一犯による犯行の可能性が極めて高く……』
ロキシーは鼻を鳴らし、乱暴にラジオのスイッチを切った。
「馬鹿馬鹿しい」
彼女は煙草に火をつけ、紫煙を天井の雨漏りのシミに向けて吹き出した。
「都会の綺麗なお嬢様たちが、夜遅くに車を走らせて消えただけで、警察は大騒ぎだ。テレビも新聞も、あの子たちの名前を悲しそうに呼んでる。……笑わせるわよね」
ロキシーの目は、冷たく濁っていた。
「私たちみたいな底辺の女が、ハイウェイの路肩で男に殴られ、無理やり犯され、泥の中に捨てられて消えたって、誰も探しちゃくれない。警察も、世間も、ただ『ゴミが片付いた』としか思わないくせに。……都会の悲劇なんて、私たちには何の関係もない別世界の出来事よ」
「そうね……ロキシー」
ジェシーはベッドの中で、怯えたようにロキシーの手を握りしめた。
「私たちには、このトレーラーがあればいい。二人だけで、静かに生きていければ、それでいいの……」
「ええ、そうよ、ジェシー。誰も私たちの邪魔はさせない」
ロキシーは彼女の手を優しく握り返した。
だが、ロキシーはまだ知らなかった。自分たちが「別世界の悲劇」だと切り捨てたその事件の犯人──クリスという完璧な怪物が、いまや自分の知性で国家権力やマッケンジー刑事を翻弄し、神崎のキャンプを身代わりにするための「極上のゲーム」を完成させようとしていることを。
そして、言葉と演技で社会のすべてを支配したと思い込んでいるその怪物が、やがてこの暗い夜のハイウェイで、自分たちのテリトリーに迷い込んでくるということを。
ロキシーのバッグの底で、38口径の錆びついたリボルバーが、ただ静かに、その時を待つように冷たい光を放っていた。
トタンの屋根を叩く雨音は、二人を外界から拒絶するように、さらに激しさを増していった。




