第3章:「ハイウェイの泥水」── パート4
アスファルトの冷気は、底の薄いブーツを通り抜けて、ロキシーの骨の芯まで凍えさせようとしていた。
漆黒の闇の中、彼女は州道の路肩に立ち、親指を立てていた。通り過ぎる大型トラックのヘッドライトが、雨に濡れた彼女の顔を白く照らし、次の瞬間には泥水を浴びせて走り去っていく。顔を伝う冷たい雨水をレザージャケットの袖で拭いながら、彼女は左腕に抱えた古い茶色のレザーバッグを強く抱きしめていた。
バッグのファスナーに滑り込ませた右手の指先が、冷たく、ザラザラとした金属の質感に触れていた。
かつて、場末の質屋で生活防衛のために手に入れた、38口径の回転式拳銃。銃身は錆びつき、シリンダーの回転はひどく鈍かったが、それはこの世界の悪意から自分とジェシーを守るための、ロキシーの唯一の「牙」だった。
ヘッドライトの光が、彼女の手前で速度を落とした。
低く唸るエンジン音を響かせて停まったのは、くすんだ赤のピックアップトラックだった。運転席の窓が下がり、カウボーイハットを被った頑強な男が、煙草の煙とともに顔を覗かせた。
「乗るかい、姉ちゃん。この先のガソリンスタンドまでなら送ってやるよ」
男は親切そうに微笑んでいた。だが、その目はロキシーの濡れた身体を貪るように値踏みしていた。
ロキシーは何も言わず、助手席のドアを開けて滑り込んだ。
車内はヒーターの温風で満ちていたが、安物のコロンとウイスキー、そして男の体臭が混ざり合っている。
「どこから来たんだ?」
男はギアを入れ、トラックを走らせながら気安く話しかけてきた。
「この近くよ」
ロキシーは短く答え、視線を窓の外に這わせた。
男は世間話を続けながら、何度もバックミラーや横目でロキシーの脚や胸元を盗み見ていた。その瞳に宿る欲望の温度が、徐々に上がっていくのをロキシーは皮膚で感じていた。
トラックがハイウェイを外れ、街灯の一切ない寂れた砂利の林道へと不意にハンドルを切った。
「おい、道が違うわ。ハイウェイに戻して」
ロキシーの声に、男はそれまでの「親切な運転手」の顔をかなぐり捨て、下卑た笑みを浮かべた。
「いいじゃないか、少し寄り道しようぜ。タダで車に乗せてやったんだ、少しはサービスしてくれてもいいだろ?」
男はトラックを完全に停め、ヘッドライトを消した。車内は一瞬にして濃密な暗闇に支配され、激しい雨音が屋根を叩く音だけが響いた。次の瞬間、男の巨大な肉体が、獣のような勢いでロキシーに覆いかぶさってきた。
「さあ、おとなしくしろ!」
分厚い手がロキシーの襟元を掴み、服を引き裂こうとする。ロキシーの背中が助手席のドアに激しく叩きつけられた。男の鼻息が、ウイスキーの臭いとともに彼女の顔に吹きかかる。
だが、ロキシーは叫ばなかった。絶望もしなかった。ただ、彼女の右手が、バッグの奥深くへと滑り込んでいった。
指先が、あの錆びついた冷たい鉄にしっかりと絡みつく。
ロキシーは銃を引き抜き、男のむき出しになった脇腹に、銃口を全力で押し付けた。
暗闇の中で、カチャリ、と撃鉄を起こす乾いた金属音が響いた。
男の動きが、凍りついたように止まった。
「……動くんじゃないわよ、このクソ野郎」
ロキシーの声は、信じられないほど冷たく、平坦だった。
銃口から伝わる男の心臓の鼓動が、激しく早くなっていくのが分かった。男は両手をゆっくりと上げ、顔を引き攣らせた。
「お、おい、待て……冗談だ。冗談だよ。撃たないでくれ」
さっきまでの「略奪者」の顔は消え去り、そこには命乞いをする惨めな一人のオスがいるだけだった。ロキシーの唇が、軽蔑の笑みに歪む。
「財布を出しなさい。今すぐに、全部よ」
「わ、わかった。出すから……」
男は震える手でポケットから革の財布を取り出し、ロキシーに差し出した。ロキシーはそれを奪い取ると、銃口を男の脇腹に押し付けたまま、左手でドアのレバーを引いた。ドアが開き、冷たい雨の匂いが車内に流れ込む。
「二度と私の前に汚い面を見せないことね。次は、この安物の銃でお前の腹に風穴を開けてやるから」
ロキシーは男の顔面を泥まみれのブーツで力任せに蹴り飛ばし、車外へと飛び出した。
背後でトラックのドアを閉め、闇の中へと駆け出す。すぐにトラックのエンジンが咆哮を上げ、タイヤが砂利を狂ったように空回りさせながら、ハイウェイの方向へと逃げ去っていくライトの光が見えた。
ロキシーは雨の降る林道に立ち、男の財布から数枚の二十ドル紙幣を引き抜いた。
指が激しく震えていた。それは恐怖からではない。男の生殺与奪の権を、自分が握っていたという強烈な興奮と──そして、引き金を引かなかったことへの、奇妙な口惜しさからだった。
(私は、あいつを殺せた。いつでも殺せる)
バッグの奥に戻した錆びついたリボルバーは、彼女の皮膚を通して、まるで生きているように熱く脈打っているように感じられた。
ロキシーは濡れた紙幣をポケットにねじ込み、ジェシーの待つトレーラーハウスへの帰路を急ぐのだった。




