第3章:「ハイウェイの泥水」── パート2
ネオンサインの半分が切れた二十四時間営業のトラックストップ「レッド・イーグル」は、湿った革と、焦げ付いたグリドルの油、そして安物のシガーの煙が混ざり合っていた。
窓の外では、州間高速道路を走る車のヘッドライトが、雨に濡れたアスファルトの上をオレンジ色に滑っていく。オレゴンの容赦のない冷気が、ダイナーの自動ドアが開閉するたびに入り込み、店内の温い空気をかき乱した。
ロキシーは、スツールに深く腰掛け、スプーンで冷え切ったコーヒーの底をなぞっていた。
「よう、姉ちゃん。一杯奢ってやろうか」
背後から、脂ぎった太い声がかけられた。
振り返ると、黄色い歯を剥き出しにして笑う、肥大した肉体を持った長距離トラックの運転手が立っていた。ウールのシャツには長年の油汚れが染み付き、ビール腹がだらしなくベルトの上に乗っている。彼の背後からは、同じような目でこちらを値踏みしている仲間たちの下卑た笑い声が聞こえた。
彼らにとって、この寂れたハイウェイの溜まり場に立つロキシーは、心を持った人間ではなかった。ただ、一晩の退屈を凌ぎ、欲望を満たすためだけに存在する、意思を持たない「肉の塊」だ。
「一杯じゃ足りないわ。二十ドルよ」
ロキシーは、擦り切れた喉から低い声で返した。
男は鼻で笑い、彼女の頭からつま先までを、肉屋の品定めのような冷たい目で見つめた。
「十ドルだ。それ以上出すなら、ポートランドの小綺麗な娼婦を買う。お前みたいな、砂埃まみれの小汚い浮浪者を乗せてやるだけでもありがたいと思え」
ロキシーの胸の奥で、カチリ、と冷たい引き金が引かれるような音がした。だが、彼女の脳裏には、トレーラーハウスのベッドで寒さに震えているジェシーの顔が浮かんでいた。今夜、手ぶらで帰れば、ジェシーを飢えさせることになる。
「……わかったわ。裏のキャブ(トラックの寝台)へ行きましょう」
男は満足そうにロキシーの尻を強く叩いた。その下卑た肉の手の感触が、皮膚を通してロキシーの魂に泥を塗りつけるようだった。
大型トレーラーの狭い寝台スペースは、ビールの空き缶と、めくれたポルノ雑誌が散乱し、男特有の汗と頽廃の臭いが充満していた。
「おい、もっと笑えよ。死人を相手にしているわけじゃないんだ」
男はロキシーをベッドに乱暴に押し倒し、その重い身体を乗せてきた。男の息は、腐った肉のような悪臭を放っていた。
ロキシーは天井のシミを見つめながら、自分の心を肉体から完全に切り離そうとした。これは自分の身体ではない。ただの抜け殻だ。彼女はそう自分に言い聞かせながら、男の身勝手な揺れに耐えていた。しかし、男の欲望は容赦なく彼女の肉体を引き裂き、ただの道具として消費していく。
「おい、終わったぞ。さっさと降りろ」
わずか数分後、男は自らの欲求を満たすと、それまでの「愛想」を完全に脱ぎ捨て、ゴミを片付けるような冷酷さでロキシーを突き飛ばした。彼は財布からクシャクシャになった十ドル紙幣を一枚取り出し、ロキシーの濡れた顔に投げつけた。
「おい、これは十ドルだ。約束通りだな」
「……二十ドルって言ったはずよ」
ロキシーが服を整えながら低い声で言うと、男の表情が獰猛に歪んだ。
「うるせえ! お前みたいなゴミに十ドル払うだけでも施しだ。文句があるなら保安官でも呼ぶか? 不法就労の売春婦をどちらが先に豚箱に入れるか、試してみるか?」
男はロキシーの腕を乱暴に掴むと、トレーラーのドアを開け、彼女を雨の降る泥濘の中へと突き落とした。
ロキシーは濡れた砂利の上に激しく膝を打ち付けた。手のひらに、砕けたガラスの破片が刺さり、鈍い痛みが走る。男の乗ったトレーラーは、ディーゼルエンジンの黒煙を吐き出しながら、アスファルトの泥水をロキシーの顔に浴びせて走り去っていった。
ロキシーは泥まみれになりながら、砂利の上に散らばった十ドル紙幣を拾い上げた。
彼女は泣かなかった。涙はとっくの昔に涸れ果てていた。
ただ、彼女の胸の奥深くには、冷たい、黒い、溶けることのない憎悪の澱が、また一つ重く沈んでいくのを感じていた。
(男、男、男……どいつもこいつも、みんな同じだ)
彼らは自分を人間だと思っていない。ただの使い捨ての便器だと思っている。
ロキシーは立ち上がり、泥を拭いながら、自分の古いレザーバッグを強く握りしめた。バッグの底にある、あの冷たい38口径の金属。
(いつか、絶対に許さない)
彼女の胸に溜まった暗黒の澱は、もうすぐ溢れ出ようとしていた。その限界の淵で、ロキシーは牙を研ぎ澄ませながら、再びハイウェイの闇の中へと、ゆっくりと歩き始めるのだった。




