コロンビア
その日、いつものようにサラリーマンの男性は夜間営業のカフェでメニュー表を見ていた。男性はマスターに注文する。
「コロンビアの浅煎り、お願いします」
「かしこまりました」
カフェマスターは頷いてコーヒーを作る。
コロンビアの浅煎りは、フルーツのような酸味と甘み、まろやかな味わいが特徴である。
ちなみに浅煎りはコーヒー豆の鮮度が美味しさに反映されやすい。そして焙煎の難易度も上がる。
マスターは浅煎りのコロンビアの豆を電動ミルに入れて粉にすると、ペーパーをかけたドリッパーに入れた。ケトルで温めた適温のお湯を入れ、蒸らす。しばらく蒸らしたらさらにお湯を注ぎ粉を膨らませる。
注いだコーヒーをコーヒーカップに入れて男性の前のカウンターテーブルに置く。
「どうぞ、コロンビアの浅煎りです」
マスターの言葉に男性は微笑んで頷き、コーヒーカップを持つと一口飲んだ。一度カップをテーブルに置く。サラリーマンの男性が言った。
「また、『もし』の話なのですが、マスターはこの世界が仮想世界で、世界の全ては誰かに観測されているとしたらどうしますか?」
「そうですね……どうもしないと思います。現状に満足しているので」
カフェマスターはメガネの位置を整えるでもなく耳のあたりのメガネのつるを撫でた。サラリーマンの男性は頷く。
「なるほど」
「お客様はどうしますか?」
カフェマスターが聞く。サラリーマンの男性は内心を吐露した。
「自分はどうにかしてその『誰か』から逃れたり、立ち向かったりしたいと思います。その……観測者がいるなら自分の思考も丸見えだと思うと恥ずかしいので……」
「なるほど。それはありますね」
カフェマスターは一応、同意の相槌を打った。本当は観測者のような上位存在に聞かれて恥ずかしい思考などカフェマスターにはなかった。上品ならざる妄想や卑しい思考も上位存在に観測されても恥ずかしいとは思わない。このサラリーマンの男性にはまだどこか青さがあるような気がした。
まさにコロンビアの浅煎りのような若々しい酸味のある話題ではないかとカフェマスターは思った。




