エスプレッソ
その日、サラリーマンの男性はメニュー表を眺めて何を頼むか迷っているようだった。しばらく悩んだのち、決心した様子でカフェマスターに言う。
「エスプレッソください」
「承知しました」
カフェマスターは恭しく返事をした。
エスプレッソ、専用のマシンで高圧をかけ抽出する濃い味わいで余韻の強く残るコーヒーである。
マスターはエスプレッソ用のマシンでコーヒーを入れた。マシンの音が夜の店内に響く。出来上がったそれをエスプレッソ専用カップで男性の前のカウンターテーブルに置く。
男性はエスプレッソを一口味わうと、軽く頷いて、カップをテーブルに置いた。ネクタイを緩め、一息つく。それから話を切り出した。
「もし、超能力が使えたら何を使いたいですか?」
この男性はこういう「もし」の話題をよくマスターに振ってくる。サラリーマンの男性の言葉にマスターは少し考えた。超能力といえば念動力やテレパシー、テレポート、時間操作などがメジャーどころだろう。カフェマスターは多少の思案ののちにこう言った。
「なんでも便利でしょうけれど特にテレポートは便利だと思いますね」
「テレポートですか」
サラリーマンの男性は怪訝そうにマスターに視線をやる。マスターが理由を話した。
「職場に手軽に行けたらありがたいなあと思ってしまいます」
「なるほど。でもテレポートって一番難しいんですよ。正確な座標に物体を出力するのがそもそも大変なんですよね。物がそこにあったりすると目も当てられない状態で出力されますし、しかも地球って動いているじゃないですか。そうなると座標設定がさらにややこしくて……ナンデモナイデス、スミマセン」
サラリーマンの男性は早口で喋りだした後、すぐに黙った。マスターはサラリーマンのテレポートへの詳しさに超能力マニアかと思いながら愛想笑いする。
「お客様なら何を選びますか」
「うーん、テレパシーですかね。人の心が読めたり、人に直接伝えたり出来たら便利かな、と」
「なるほど。やっぱりテレパシーってどの程度の深度で他人の思考に潜るかで心の読み込み方も変わるのでしょうかね?」
マスターは聞いてみた。創作物ではテレパシーがどの程度の強さかによって読み取れる範囲が異なるなどの設定がある場合が多い。脳内での言語化した言葉しか読み取れなかったり、深層まで読み取ってしまってその人と感情が同化してしまったり、などである。
「あー、そうなんですかね?」
テレパシーへの解像度は低いんかい。
マスターは脳内でつっこみながらズレたメガネの位置を整えた。
サラリーマンの男性はエスプレッソをもう一口飲む。エスプレッソは出されるサイズが少量であることが多い。その濃厚な味わいはコーヒーの通常量で味わうにはキツいものなのだろう。この男性のテレポートへの知識も少量でもエスプレッソのように濃厚な味わいだったが、とカフェマスターは思った。




