ブレンド
そのサラリーマンからは今夜は先日ほどの疲労感は見受けられなかった。やや余裕のある様子でメニュー表を眺めている。
「ブレンドをお願いできますか」
サラリーマンに言われてカフェマスターは微笑んで了承した。ブレンド、いくつかの豆を組み合わせ作る、その店の顔となるメニューである。奇をてらいすぎず、しかし、方向性を示さなければならない。それがブレンドである。
マスターはブレンド豆を定量、電動ミルにかける。どの豆もそうだが、ミルにかけられた瞬間の豆の香りは格別だ。マスターはうっすら微笑んだ。ペーパーを乗せたドリッパーにそれを入れ、適温のお湯を注ぐ。一旦蒸らし、さらにお湯を入れ、コーヒーの粉を膨らませる。出来たそれをコーヒーカップに注ぎ、サラリーマンの男性の前に差し出した。
「ブレンドです」
マスターがそう言うと、男性は軽くお辞儀をする。彼はコーヒーカップを手に取り、コーヒーを一口飲んでホッとため息をついた。コーヒーカップを置く。そしてネクタイを軽く緩めると席にゆったりと座り直して言った。
「マスターはもし異世界転生するならどんな話のどんなキャラクターになりたいですか?」
マスターはブレンドのようなその人の方向性が見える質問だと感じた。中指と人差し指をメガネの中央に添えて、直す必要のないメガネの位置をわざわざ整えながら考える。サラリーマンがさらに言った。
「悩みますか? じゃあまず主人公として転生したいですか?」
「そ、うですね、主人公はしんどいかもしれません。脇役としてメインキャラのサポートがしたいですね」
「と、すると……」
「ええと………………冒険者の集う居酒屋的なところのチーママになりたいです……」
「ああ、なるほど」
サラリーマンの男性はニコリと微笑んで相槌を打ったきり黙った。マスターは自身の渾身の答えに相槌一つだけで返したサラリーマンに多少の不満を感じる。オタク向けの会話を振っておいて相手のオタク度に引く反応に傷ついたのだ。そもそもわりかしいい線いった想像だと思うので引かれるようなところはないはずである。もしかして転生するなら女性キャラがいいという願望はアウトなのだろうか。
マスターは一瞬これらが頭をよぎり不安に駆られたが、気を取り直してサラリーマンの男性に聞く。
「お客様なら何になりたいですか?」
「そうですね。……そもそも他の世界からこの世界に転生しているパターンもありだなと思っています。今は普通のサラリーマンだけれど、実は、という具合に」
サラリーマンの言葉にマスターは合点する。この話がしたかったのだな、と。
「だとしたら、転生前のキャラはどんな人がいいですかね」
「えーと……大魔導師とか」
「ああ」
想像は自由だ。サラリーマンの転生前が大魔導師でも何の問題もない。この人は自分が大魔導師だった前世のすごい偉業を想像することで日々の疲れや仕事の苦しさを癒しているのだろう、とマスターは感じた。
微笑んでサラリーマンの男性に言う。
「お疲れでしたら白湯もいいですよ」
ケトルのコーヒー用のお湯を別のコップに注いで、マスターは男性に渡すのだった。




