第3話:法廷の狂犬と、裏の糸
第3章:法廷の狂犬と、裏の糸
サユリが逃げ込んだのは、新宿の雑居ビルにある、埃っぽい法律事務所だった。
「おいおい、大手の若奥様が、こんな薄汚いところに何の用だい」
パイプ椅子に深く腰掛け、タバコの煙を吹き出したのは、有吉マツコだった。かつて検察の上層部と大喧嘩して野に下った、刑事弁護のレジェンド。
サユリはテーブルの上にディスクを置いた。「マツコ先生。夫の事件、そしてこのディスクの裏にあるものを暴いてください。私は利益相反で動けません。でも、あなたならできる」
マツコはディスクを一瞥し、不敵に笑った。
「面白いねえ。エイミーの女狐と政府の役人どもが、若い天才の技術を分捕り合って、邪魔な弁護士をハメたってわけかい。よし、乗ったよ。法廷はアタシの独壇場だ。検察のクソどもをまとめて吐かせてやる」
その頃、いとうかよこは神谷町の代表室で、市川ノエルの会社「ノエル・システムズ」の資産を政府系ファンドへ強制移転するM&Aの書類を完成させていた。
「エイミー。中村サユリが動いています。マサヒロのディスクを持っている可能性が高いわ」
エイミー・クラリッツは、冷たい紅茶を口に含んだ。
「彼女を潰しなさい。利益相反の違反を理由に、弁護士資格を剥奪する申し立てを弁護士会に出すのよ。法廷に立たせなければ、彼女はただの無力な主婦よ」
第4章:神谷町のコンスピラシー(陰謀)
東京地方裁判所、刑事第17号法廷。
マサヒロの殺人未遂事件の初公判。検察側は、マサヒロとノエルが事件直前に激しく言い争う「音声データ」を提出し、圧倒的な優位を誇示していた。
傍聴席の最前列に、サユリは座っていた。彼女のスマートフォンには、ひとつのデータが届いていた。病院で極秘裏に意識を取り戻した市川ノエルが、サユリの必死の問いかけに応じ、残した最後の音声メッセージ。
『僕を突き落としたのはマサヒロじゃない。エイミーのファンドの人間だ。マサヒロは、僕を逃がそうとしていたんだ……』
サユリは、利益相反の壁を破るため、マサヒロの「刑事事件」ではなく、いとうかよこが進めていた「ノエルの会社の民事訴訟」のディスカバリー(証拠開示手続き)の権限を逆用していた。民事のルートから、政府ファンドとクラリッツ事務所の間で交わされた、事件当夜の『隠し資金移動のログ』を合法的に叩き出したのだ。
サユリは、傍聴席からマツコのタブレットへ、そのデータを送信した。
弁護人席の有吉マツコが、巨体を揺り動かして立ち上がった。その声が法廷に轟く。
「裁判長! 検察側が提出したこの音声データは、巧妙に編集された偽物だ! 真実のデータはここにある!」
マツコはサユリから送られたログと、ノエルの音声を法廷のスピーカーから響かせた。
「ノエル氏が突き落とされたまさにその瞬間、エイミー・クラリッツが顧問を務めるファンドへ、ノエルの口座から100億円の暗号資産が移動している! マサヒロ被告人は、この不正を止めようとして、身代わりにされたんだよ! 本当の容疑者は、検察の裏にいる奴らだ!」
法廷は蜂の巣をつついたような騒然となった。検事たちの顔から血の気が引いていく。




