第2章:北千住の冷たいガラス
第2章:東京拘置所の冷たいガラス
「俺はノエルを突き落としていない。信じてくれ、サユリ」
北千住の東京拘置所。
アクリルガラスの向こう側で、中村マサヒロはやつれ果てた顔をしていた。だが、その目はまだ、神谷町で権力を振るっていた弁護士の鋭さを失っていなかった。
「サユリ、俺の書斎のデスクの裏、3番目の引き出しの奥を見てくれ。暗号化されたディスクがある。あれには、エイミーと政府系ファンドが交わした、ノエルのシステムの『裏の売買契約書』が入っている。あれがあれば、俺は無罪になる。頼む、妻として、俺を救ってくれ」
サユリはアクリル板を見つめた。
夫の言葉には、自分への愛などひとかけらもなかった。あるのは、自分を「便利な道具」として利用しようとする傲慢さだけだった。
「わかりました」サユリは静かに言った。「調べてみます」
神谷町の自宅に戻り、サユリはディスクを回収した。しかし、その直後だった。
カチャリ、と玄関の鍵が回る音がした。
サユリは息を飲んだ。子供たちは実家に預けてある。誰も来るはずがない。
ドアの隙間から滑り込んできたのは、黒いウィンドブレーカーを着た見知らぬ男たちだった。警察の家宅捜索ではない。
彼らの目は、何かを「消去」しに来たプロの目だった。
サユリはディスクをポケットにねじ込み、マンションの非常階段を駆け下りた。神谷町の闇の中、冷たい雨が彼女の顔を叩く。背後から走ってくる足音が聞こえる。
地下鉄の神谷町駅へ飛び込み、滑り込んできた日比谷線に命からがら滑り込んだ。
窓ガラスに映る自分の顔は、恐怖で引き攣っていた。もう、引き返せない。




